第9話 ずっと家族だから
「一緒にって、なんで?」
お兄ちゃんの率直な疑問に、お祖父さまは「うん」と神妙な顔で頷く。
「蛍は今、那津さんと暮らしてるんやろ?」
「そやけど」
「言っちゃあなんやが、蛍と那津さんは実のきょうだいやない。蛍は確かに中身は女かも知れん。でもな、やっぱり一緒に暮らすんは不自然やて思うんや。それやったら、血の繋がったわしらと暮らすんはどうかと思ってなぁ」
那津は思わず背筋が冷える。まさか、お兄ちゃんと離れることになるのか……? するとお兄ちゃんは考えることもせず。
「いや、悪いけど、それはないわ」
ばっさりと言い切った。
「祖父ちゃん祖母ちゃんも家族やけど、おれはなっちゃんとスイと、これからも一緒にいたいんやわ。せやから祖父ちゃんたちとは暮らせんわ」
「そうか……」
お祖父さまはがっかりとうなだれた。それでもどこかすがるような顔になって。
「わしらももう長くないから、少しでも一緒におれたらって思ったんやけどな。もちろん身体にガタがくるようになったら、施設なりなんなりに行くつもりで、蛍に迷惑かけるようなことはせん。それでもあかんか?」
「うん。言うたやろ? なっちゃんたちが最優先なのは揺るがんて。せやからおれは、なっちゃんたちと離れるつもりはないんやわ」
お兄ちゃんは申し訳なさげな顔になりながら、そう言った。那津は安堵する。お祖父さまには悪いが、那津もお兄ちゃんから離れるつもりはなかった。
それでも、それでもお兄ちゃんがご祖父母と暮らすことを選んでいたら、きっと那津は笑顔で見送るのだろう。それがお兄ちゃんの意思だから。そして毎日スイにすがって、寂しく暮らすのだと思う。
だがお兄ちゃんは即座に断ってくれた。それは、お兄ちゃんが何よりも那津たちを大切にしてくれていることの表れのような気がする。
「けど、那津さんがこれから先、結婚とかすることになったら、嫌が応にも離れることになるやろ。そのとき、蛍はどないするんや」
「どうもせんよ、ひとり暮らしするだけや。まぁ、そんときに祖父ちゃんたちが施設とかに入ってへんかったら、一緒に暮らそか。ま、先のことは分からんわ」
お兄ちゃんはあっけらかんと言う。お祖父さまは「そうか……」と小さく息を吐いて目を細めた。
「分かった。でももし、気が変わったりとか、他にも変わったこととかあったら、教えてくれ。わしら、いつでも待ってるから」
「おう」
お兄ちゃんはにっと笑う。よかった、那津はまだ、お兄ちゃんと一緒にいられるのだ。確かにいつまでなんて分からない。それでも。
「にゃふ」『ふん』
スイが呆れたように鼻を鳴らす。まるで那津の心を見透かしているようだ。自分でも、お兄ちゃんに依存していることは分かっている。だがこれでも、那津はお兄ちゃんの幸せを願っている。だからお兄ちゃんが那津といたいと言ってくれるのならそれに従うし、離れたいと言うのなら受け入れる。
それでも、那津にはスイがいるのだから。
大丈夫、なのだ。
その日の帰り道、那津の隣でうつむいたお兄ちゃんがぽつりと言う。
「ごめんな、なっちゃん、祖父ちゃんが嫌なこと言うたな」
「ううん、全然」
お祖父さまの気持ちは理解できる。きっと長年離れていた分、一緒にいたい気持ちが強いのだ。お祖父さまひとりで来店していたので、お祖母さまには内緒なのかも知れないが、多分お祖母さまも一緒の思いなのだろう。
だが、お兄ちゃんは那津とスイと一緒にいることを選んでくれた。嬉しさがじわじわと胸に広がっていく。
「おれにとって、確かにジジババも家族なんやけど、今はなっちゃんとスイがいちばん近い家族やて思ってるから。確かに血は繋がってへんかも知れんけど、それを言うたら夫婦かて血の繋がらん家族や。それにおれは、家族の形は血縁だけやないって分かってるから。おれら、両親の再婚から、支え合って家族やってきたんやから」
「うん」
気遣って、思いやりあって、4人と1匹からふたりと1匹になっても、那津たちは家族を続けてきた。それは自信を持ってよい。堂々としていればよい。
確かにお兄ちゃんと那津は、本当のきょうだいではないのかも知れない。けど、那津にとっては自慢のお兄ちゃんだし、那津もそうありたいと思っている。
お兄ちゃんと那津、そしてスイは、これからも家族であり続けるのだ。




