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第8話 優しい人たち

「お腹いっぱいやけど、かぶも食べたいわぁ」


 お祖母さまはにこやかにそんなことを言う。


「頼んだらええがな、わしも一緒に食うから」


 お祖父さまはそう言ってくれた。端々にお祖母さまへの優しさがうかがえる。やはり不器用だなとは思うのだが。お祖母さまはずっとにこにこしていた。


「ほな、那津(なつ)さん、かぶと厚揚げのやつ、お願いできる?」


「はい、お待ちくださいね」


 那津はかぶと厚揚げの煮物を小鉢に盛り付ける。


 かぶは厚めに皮を剥き、縦に6等分にし、一口大にカットした厚揚げとともに和風のお出汁で煮る。もちろんかぶの葉も使う。彩りになるし、栄養もたっぷりだ。


 ちなみにかぶの皮は、明日のお惣菜の一品になる。塩こんぶと合わせて浅漬けか、ナムルか、きんぴらか、カレー炒めか。それは明日の那津の気分次第だ。


 他のお惣菜よりお安く提供できるので、人気の一品になるのだ。


「はい、お待たせしました」


 小鉢に盛ったかぶと厚揚げの煮物を出す。お祖母さまは「ありがとう」と嬉しそうだ。


 きっと、お祖母さまのこの笑顔に嘘偽りはないのだと思う。お祖父さまと一緒にいることも、お祖母さまの癒しになっているのだと思う。


 羨ましいな、那津は素直にそう思う。このふたりはお祖父さまが主導していると見せかけて、実は対等なふたりだな、と感じる。


 信頼関係があるから、長く一緒にいられる。長年培ってきた絆がある。


 那津には結婚願望がないが、そういう相手がいることは好ましいと思うのだ。


 きっと、今の那津にとっては、お兄ちゃんとスイがそういう存在なのだ。かけがえのない家族で、失いたくない。


 お兄ちゃんには保さんがいるから、これから先、どうなるのかは分からない。お兄ちゃんは保さんを家族として見られないと言っていたが、人の心はうつろうものである。そのときになればお兄ちゃんは言ってくれるだろうし、きっと那津も覚悟ができる。スイとふたりで生きていくことを。




 ご祖父母は2時間ほどゆっくりし、帰っていった。お兄ちゃんはご祖父母に(たもつ)さんを紹介しなかった。お祖母さまならともかく、お祖父さまは同性の恋人がいると聞けば、きっとそれまで以上のショックを受ける。お兄ちゃんにもそれが分かっていたのだろう。


 那津も、いたずらにお祖父さまを驚かせる必要はないと思っている。お祖父さまがお兄ちゃんの事情に納得ができたら、打ち明ければよい話だ。


 やがて、閉店時間になる。片付けを終え、那津はお兄ちゃんと並んで帰途に着く。スイが入った猫かごはお兄ちゃんが抱えてくれている。もう24時に近く、空は真っ暗だった。ちらほらと小さな星が見える。


「お祖父さま、ええ人やね」


「そうか?」


「うん、わたしはそう思う。また交流が復活してよかったなって、思う」


「なっちゃんがそう思うんやったら、そうなんやろうな」


 暗がりでも、近くにいるから分かる。お兄ちゃんは穏やかな顔をしていた。


「もちろんお祖母さまも。ええご夫婦なんやなって思うわ」


 那津が言うと、お兄ちゃんは小さく息を吐いて。


「なっちゃんは、ほんまにええ子やな」


「え?」


「だって、主に祖父ちゃんが、おとんとお母さんの再婚を反対した理由を知ったうえで、そう言うてくれるんやから」


「だって、お孫さんについてはともかく、お父さんを思っての理由やったから。お父さんを置いて逝かへん年齢の人って。わたしそれ聞いて、愛情深い人なんやなって思った」


「なっちゃんは、人をよう見すぎやわ。そんなええもんかな、あれ」


「うん、きっと、ええもんやよ」


「そっか」


 お兄ちゃんは優しく言って、空を見上げた。


 あの優しい人たちが、お兄ちゃんのご祖父母でよかったと、心から思う。再婚をきっかけに関わりは絶たれてしまったが、きっとお兄ちゃんの誕生からそれまで、たくさん触れ合ってきたのだと思う。だからお父さんもお兄ちゃんも、すてきな人に育ったのだ。


 那津は、そんなお兄ちゃんの妹として、ふさわしい人間になれているだろうか。ふとそんなことを感じ、不安がよぎったのだった。




 数日後、開店してすぐの、お客さまが保さんだけの「ウィスキーバー TOMO(トモ)」に、お祖父さまがひとりでやってきた。


「いらっしゃい。ひとりなんて珍しい。いや、珍しいんか?」


 お兄ちゃんの疑問に、お祖父さまは「まぁ」と曖昧な返事をした。


「ちょっと話があってな。お湯割り頼むわ、薄めで。帰って母さんのめし食うから」


「了解。ちょっと待ってな」


 お兄ちゃんは耐熱ガラス製のマグカップに「角瓶」を入れて、熱いお湯を注いだ。コースターと一緒に出し、追って、豆皿にクリームチーズを一欠片、出した。


「サービスや。これぐらいやったら腹にたまらんやろ。空きっ腹に酒はようないからな」


「ありがとうな」


 お祖父さまはクリームチーズに添えた小さなお匙で少量を口に入れ、「角瓶(かくびん)」のお湯割りを含み、「ふぅ」と息を吐いた。


「で、話って?」


「ああ、(ほたる)、おまえ、わしらと一緒に暮らさんか?」


 お祖父さまのその言葉に那津はぎょっと驚き、保さんも目を見張って視線をよこし、お兄ちゃんは「え」と呆気に取られたのだった。

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