第14話 ずっと家族一緒に
那津がカウンタ席に座ると、スイがのそりと顔を上げる。するりと猫かごから出てくると、すいすいとカウンタを渡り、那津のところに来て丸まった。
「にゃおん」『やれやれやにゃあ』
那津はスイの背中をそっと撫でる。今日もありがとう、お疲れさま、そんな気持ちを込めて。
「当たり前やけど、スイはなっちゃんには懐いとるよなぁ。おれんとこにはなかなか来てくれんのに」
お酒の用意をしながら、お兄ちゃんが小さく拗ねたように言う。那津は「ふふ」と笑みをこぼす。
「でも、お兄ちゃんのことが嫌いやとか、そんなことはないはずなんよ。そのうち来てくれるようになると思うんやけどなぁ」
那津がスイの喉をくすぐると、スイはごろごろとその喉を鳴らす。
「にゃご」『ま、蛍次第にゃ』
那津から見たお兄ちゃんは充分なのだと思うのだが、スイの視点ではまだのようだ。厳しい。
スイにはスイの基準があるのだろう。それは那津には分からないところだが、那津にとっては大切なお兄ちゃんなので、いつかはもっと懐いてくれたら、と思っている。
そうしてスイとじゃれていると、お酒ができてきて、カウンタにみっつのドリンクが置かれる。保さんとお兄ちゃんの水割りのグラス、那津のハイボールのタンブラーだ。スイの前にはお水が入った小皿を置いてくれた。
「ありがとう」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「にゃ」『ありがとにゃ』
お兄ちゃんも客席に回ってきて、やはり保さんの横、那津との間に座った。グラスを手にすると、3人は自然にグラスを合わせる。かつん、と小さな音が響いた。
こくりとタンブラーを傾けると、しゅわっとした炭酸の爽快さと、「知多」が持つなめらかな香ばしさが流れてきた。
お仕事のあとのお酒は本当に美味しい。那津はいつも、お家に帰ったら缶ビールを開けるのだが、同じ炭酸だからなのか、疲れが癒されていく気がする。
那津は思わず心地のよい息を吐いた。
「お兄ちゃん、美味しい」
「よかった」
お兄ちゃんは那津に笑顔をよこしてくれる。那津はそれにも癒される。スイはぴちゃぴちゃとお水を飲んでいる。
那津の視線に気づいたのか、スイが顔を上げる。
「にゃ?」『なんにゃ?』
「なんでもないよ、ゆっくり飲み」
すると、またスイは小皿に頭を突っ込む。喉が渇いていたのだろうか。営業中にもお水はあげているのだが。
「……なっちゃん、おれのお願い、聞いてくれへんか? 重いかも知れんけど」
「なに?」
那津がお兄ちゃんの顔を見ると、心なしか硬くなっているような気がした。那津は思わず背筋を伸ばす。
「なっちゃん、これからもずっと、おれと家族でおってくれるか?」
思わぬことを言われ、那津は思わずきょとんとしてしまう。
「そんなん、当たり前やん。なんで今さらそんなん」
那津がこともなげに言うと、お兄ちゃんはほっとしたような表情を見せた。
「おれにはさ、保もおるけど、保は家族とかそんなんやなくて。やっぱりなっちゃんがおらんとあかんよなって。スイと、ふたりと1匹で、これからもおりたいんよ」
それは、那津には願ってもないことだ。だが。
「……保さんは、それでええんですか?」
「もちろん。ぼくは相手が嫌やて言うてんのに、無理強いするほどあほやないつもりやで。こうしてほぼ毎日、ここでこうして会えるだけで充分なんやわ」
保さんは穏やかな笑顔でそう言う。愚問だった。お兄ちゃんが那津にこんな話をするということは、保さんとはとっくに話し合い済みで、保さんは納得しているということだ。
「将来、なっちゃんが結婚とかするときには、そりゃあ家を出るやろ。でもそれまででもええから一緒におりたいんや」
那津はまだ、お兄ちゃんと一緒にいてよいのだ、いられるのだ。それは那津にとって、これ以上なく嬉しいことで、幸せなことで。
那津には結婚願望がないし、誰かを好きになったり愛したりすることも想像できない。お兄ちゃんが那津から離れない限り、那津はお兄ちゃんと一緒にいられるということだ。
ブラコンと言われてもよい。那津にはまだお兄ちゃんが必要なのだ。
「うん。わたしは、ずっとお兄ちゃんと一緒におるよ。もちろんスイもね」
すると、スイが小皿から顔を上げ、「にゃおん」と鳴いた。
『仕方ないにゃね』
ちょっと呆れたようなスイの声が、那津の頭に流れ込んでくる。那津はくすりと笑みをこぼし、スイの頭を優しく撫でた。
「ありがとう、なっちゃん、スイ」
そういって柔らかく笑ったお兄ちゃんの笑顔はとてもきれいで、那津は柄にもなくどきりとしてしまったのだった。




