第11話 不健全な関係
今日のお惣菜は、ベーコンとお茄子のオイスターソース炒め、小松菜の煮浸し、豆もやしのナムルだった。出口さんは小松菜の煮浸しをおともに、コークハイを傾ける。
小松菜は津々浦々で栽培されている、今や国民的なお野菜といっても過言ではないだろう。収穫量1位は茨城県なのだそうだ。大阪も10位以内に入っている。
江戸時代から栽培が始まり、名前の由来は発祥地でもある東京の小松川界隈。関東での収穫量が多いのはそれが理由なのだろう。
年中買い求めることができる小松菜だが、旬は冬で、これからどんどん美味しくなる。使い勝手のよい優秀なお野菜なので、「ウィスキーバー TOMO」でもよく登場するのだ。
ちなみに大阪が収穫量1位のお野菜は、春菊である。春菊は苦味が苦手な人も多いと聞くが、それはおそらく火の通しすぎなのだ。春菊はだし汁などにさっとくぐらして、しんなりしたらすぐに引き上げる。そうすると春菊の爽やかな甘さが堪能できる。生でも食べられるお野菜で、新鮮なものはサラダにしても美味しいのである。
「深ちゃんはね、多分ほんまに、松比良くんが好きやったと思うんよ。ファンとか推しって感情やなくて、お付き合いしたい、って感情」
出口さんの言葉に、保さんは「うん」と頷く。
「せやから、高校卒業しても忘れられへんかったし、今になってもあんなことができてまう。あたしね、それは深ちゃんのええとこでもあって、悪いとこでもあると思ってて」
「せやな」
出口さんはファンクラブの中にはいたけれど、意中の相手が保さんではなかったこともあって、客観的な目で深川さんたちを見ることができていたのだろう。
「あの、那津さんからは、深ちゃんたちってどう見えてました?」
話を振られ、那津は驚きつつも「そうですねぇ……」と記憶を掘り起こす。ついさっきのことだ。深川さんの、元木さんと姫路さんの表情の揺れ方は。
「確かに、深川さんはほんまに保さんのことがお好きなんやなぁって感じがしましたけど、元木さんと姫路さんには、そこまでの思いはなかったかな、ってわたしは思いましたねぇ」
「そうなんです。元ちゃんと姫ちゃんは、多分ほんまに推しの範疇やったから。今やったら、もちろん松比良くんが格好ええのは変わらんけど、そこまでやないと思うんです。実際深ちゃんが友永くんとのことを知って、あたしらに言うて、お店に行って友永くんに嫌がらせまがいのことしようって言うたとき、あたし、正直言うと、引いたんですよ。ちらっと元ちゃんと姫ちゃん見たら、やっぱり戸惑ってる感じがして。でも、誰も深ちゃんには逆らわれへんで」
出口さんが苦笑混じりに言うと、保さんは少し切ない表情になった。
「酷いこと言うけど、それは、ほんまに友だちやったんやろか」
出口さんの顔が強張る。それは、もしや図星なのだ。薄々感づいていて、それでも大切な絆だと思いたかった。15年ほどの間、大事にしてきたものだったのだ。
出口さんは泣きそうな顔になってしまう。
「やっぱり、松比良くんもそう思う……?」
「ごめんやで。でもな、確かに深川さんはグループっちゅうかファンクラブのリーダーなんやんな。それはそれでええと思うねん。リーダーシップとか、そういう気質の人やと思うから。でも、その人になにも言えんとか、そういうのは、なんか健全やないかなって思う」
「……まったくなんも言えんわけやないの。でも好きな人嫌いな人、そういうのが共通してへんかったらしんどいって感じかな。今は環境がそれぞれちゃうからそこまでやないけど、学生んときはね、情けないけど、悪口とかね」
出口さんは泣き笑いの表情になってしまっている。那津はそっとおしぼりを渡した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
出口さんはおしぼりで目元を拭った。那津はいたたまれなくなってしまい、思わず口を開く。
「これはわたしが思ってるだけなんで、聞き流してやってくださいね。わたし、言いたいことを言い合うっちゅうのも良し悪しやて思ってて。大事なんは、姿勢かなって。できるだけ傷つけんようにきちんと伝える姿勢、ちゃんと聞く姿勢、って言うたらええんかなぁ、えっと、結局は思いやりなんかも知れません。全部が全部、話せることやないにしても、自分の意思を伝えられる空気感、わたしは親しい人の間には、そういうのも必要なんやないかなって思ってます」
「ほんまに、そうですね」
出口さんはまたおしぼりで目を抑える。
「あたし、深ちゃんたちとちゃんと話をしてみます。今日のことで、もしかしたら聞いてもらえんかも知れません。そこで……そこで、もうこの関係を諦めるのか、食らいついてでも続けたいのか、考えたいと思います。だって、こんな関係、やっぱりおかしいですもんね」
「わたしは、出口さんがご納得できる形に落ち着けばええなって思います。でも、ご無理はせんでくださいね。保さんもお兄ちゃんもわたしも、月曜日以外はここにいますから。いつでも来てくださいね」
「ありがとうございます」
出口さんはふわりと可愛らしく微笑み、保さんが労わるようにその背中をぽんぽんとさすった。
そのとき、スイがひょこんと顔を上げた。じっと那津を見て。
「にゃおん」『ほんま、お人好しにゃ』
そう呆れたように言って、また猫かごに潜り込んだ。那津は意味が分からず、首を傾げたのだった。




