第4話 不器用な少女
吉瀬真白は不器用である。
とは言え、その眉目秀麗な見た目と文武両道、何でもそつなくこなす様からは誰しも容易に想像はつかないだろう。森崎史郎を努力型の秀才とするならば、吉瀬真白は正しく天才と言うべき存在であり、事実、才能の塊であった。
幼少の頃から人目を引く美少女であった真白は、その金に近い茶髪と、青い瞳の見た目でハーフに間違われる事が多いが、正確にはイギリス人の祖母を持つクォーターである。
しかし、クォーターであれ天才であれ、子供の頃の彼女は、ごく普通の女の子だった。同じ年頃の子と一緒に遊びたいだけの只の女の子。普通と言ってしまうには、見た目にインパクトがあり過ぎたにしてもだ。
幼少時どうしても友達が欲しかった真白は、それなりに努力をしたものである。積極的にクラスメイトに話しかけては、その輪に加わろうとしたし、皆の役に立とうとクラス委員などになったりもした。
しかし、周りの子達は話しかければ応えてくれるものの、それ以上歩み寄って来る事は無く、真白ちゃんは凄いね、綺麗だねと他人行儀に言われるばかりで、どうしてもその距離を埋める事が出来なかった。
周りの子達にしてみれば、そのお姫様のような見た目に、どうしても現実感が持てなかったのだろう。更にそのお姫様は、勉強も運動も何でも出来る天才である。自分達とは明らかに違う特別な存在は憧憬の対象となり、子供達の間にはあっと言う間に見えない壁が築かれてしまった。
この壁を壊すのは容易ではなく、近づいても距離を持たれてしまうため、真白としては、どうしても受け身とならざるを得ない。しかし向こうから距離を詰めてくる事も一切無く、本人の意思とは無関係に綺麗だの賢いだの祭り上げられた結果、真白の友達作りは早々に頓挫したのだった。
ここで満足に友達一人作れない不器用な女の子、と決定づけるのは少々酷だろう。史郎のそれが先天的なものだとするならば、真白のそれは後天的なものであって、外的要因に至っては彼女本人に何の責任も無かったのだから。
しかし何でもこなせる天才児が、同じ年頃の子供相手に頭を悩ませる様は、どうひいき目に見ても不器用ではあったのだが。
孤高のぼっち状態の幼少期が終わり、真白が中学生になると、周りにある変化が起きた。良い変化では無い。人によっては喜ぶ者の方が多いのだろうが、真白にとっては大きな悩みの種となった。
真白に言い寄る男が増えたのである。
中学生になった真白は、まさに制服を着たお姫様だった。
伸びた身長の分、手足はスラリと長く、女性らしく丸みを帯びたスタイルは丁度良いバランスで綺麗に整った小顔を引き立てる。長い髪は艷やかに光を纏い、その青い瞳と共に彼女の顔を彩った。
教室の机で物憂げに外を眺めている表情など、十分に男子生徒の庇護欲をかき立てるもので、自分勝手な騎士道精神に駆られたナイト達が、果敢に姫の心を射止めようと無謀な挑戦に挑んだのだった。
”友達も碌にいないのに彼氏ってなに!?”
真白の心の声をよそに無謀な挑戦者達は次々と挑んできた。ある者は一目惚れだと言い、ある者はずっと前から気になっていたとのたまった。
こと恋愛に関して、真白が明確な判断基準を有していたかは甚だ疑問だが、もちろんお眼鏡にかなう者などいるはずは無い。
そもそも一目惚れとはどういうことだろう? 意味は分かるが訳が分からない。真白の理解している彼氏彼女の関係とは、すなわち将来の配偶者候補だ。
親兄弟よりも長い時間を共に過ごす大切な生涯のパートナーを、彼らは一目で見抜いたと言うのだ。大した慧眼である。もしくは、その大事な人を見かけだけで選んだと言うのだろうか? どちらにしても、そんな妄想じみた判断に真白が付き合う道理は一切無い。
ずっと前から気になっていたと言う連中もそうだ。そんな煮え切らない、不確かな理由で言い寄られても、こちらが迷惑なだけ、そんなに前から気にしてくれていたのなら、なぜ早くに友達に立候補してくれなかったのか? 配偶者候補は1人だが、友達なら100人いたって大丈夫なのに!
別の小学校の者はまだしも、同じ学校出身の男子に言われると、自分がぼっちだったのは、この連中のせいではないかと勘ぐりたくもなるのである。その清楚で穏やかな見た目とは裏腹に姫の心中は荒れに荒れた。
恋の告白とは、断る方の心にも決して少なく無いダメージを与えるものである。初めの頃の真白は、言葉を尽くして出来るだけ相手を傷つけないよう心掛けていた。しかしそれが連日ともなると精神も摩耗する。それも偽善だの、可愛子ぶってるだの、女生徒によるやっかみの陰口が耳に入った時点でとうとう限界を迎えた。
今にして思えば、既にこの頃から氷姫の真白だったのだろう。元から少なかった口数は更に少なくなり、言い寄ってくる男子生徒への対応も事務的で冷淡なものになっていった。
周りの者達が勝手に想像している通り、文武両道、品行方正、絵に描いたような優等生を演じていれば、自然に言い寄ってくる男は減っていく。自分が高嶺の花だと見せつけていれば、向こうの方から諦めてくれるのだ。
このように、真白本人に全く責任が無い訳では無いが、こと人間関係に対して運が悪いのも否めない。結局、良い出会いに恵まれないままに中学時代は過ぎていき、真白は対人スキルが壊滅的に不器用と言う、残念な美少女に育ってしまった。いわゆるコミュ障である。
その後、高校に進学した真白であったが、今さら新しい出会いを期待する訳も無く、今まで通り誰からも遠巻きに見られる生活を日々淡々と過ごすだけであった。
そんなある日、バス通学の車内で老人に席を譲っている男子生徒を見かけた。その老人には真白自身が席を譲ろうとしていたのだが、実に鮮やかに先を越されてしまったのである。
確か同じクラスの委員長だ。森崎史郎と言う名前をはっきりと覚えていたのは、今と同じ事が前にもあったから―――。
高校入学直後にあったホームルームで、クラス委員長を決める為の話し合い。入学早々に委員長など好き好んでやりたがる者もなく、誰も立候補せずにいるお決まりの状況が続いていた。
真白も率先してやろうとは思っていなかったが、不毛な居残りを続けるくらいなら仕方がない。と、手を上げかけたその前、先んじて一人の生徒が手を上げた。
手を上げるまで誰も注目していなかった一人の生徒、恐ろしく存在が希薄で目立たず、だらしなく伸びた前髪と不格好なメガネで表情すら分からない。正に絵に描いたような陰キャ。それがこの男、森崎史郎であった。
次回は序盤の見せ場ですのでイラスト入ります。次の週末にUP予定(多分…)




