第5話 友達の距離
夕暮れ時、薄暗い道を並んで歩く男女の影が一つ。生徒会での手伝いを終えた、森崎史郎と吉瀬真白である。
副会長の堀に言われるまま、真白を送って帰る事になった史郎だが、なにせ相手は学校一の美少女だ。降って湧いた幸運を神に感謝するべきなのかもしれないが、彼の頭の大部分を占めていたのは困惑だった。
「吉瀬さんは、バス通学だったよね?」
「ええ、森崎くんもでしょ? 同じバスでよく見かけるもの」
「………」
おかしい、バスの車内で何か目立つような事をしただろうか? 意外な言葉に、史郎は我が耳を疑った。
「よく見かけるよ、森崎くん」
真白からのダメ押し、聞き間違いにはしてくれないらしい。
「目立ってるつもりは無いんだけど」
「この前、お年寄りに席を譲ってあげてたでしょう?」
「……驚いた、よく見てるね」
「ええ、迷惑だった?」
「いいや、ただ出来るだけ目立ちたくないんだ」
「目立ちたくないなら行動しなければいいのに。森崎くんって矛盾してる?」
「まあ、自覚はあるんだけどね」
自覚があるのは、それを気にしていたからだ。
「ごめんなさい、私意外とおしゃべりね。少し控えるわ」
史郎がいくら女性に慣れていないとは言え、相手に気を使われるのは本意では無い。
「いや、こっちこそごめん。そもそもが慣れてないんだ。女の子と話すのに」
「そう…なんだ…、私もね、慣れてないの、男の子。こんなに話したのも初めてかも…」
そう言って黙り込む真白。なんとなく甘い空気なのは気のせいだろうか? 少し気まずくなったのか会話も途切れ、そのまましばらく歩くとバス停に到着する。幸い二人の乗る便まではあまり待たなくても良いようだ。会話も無いまま待つこと数分、定刻通りに到着したバスに二人は乗り込んだ。
真白の好きな場所に座ってもらおうと、彼女の後にバスに乗り込んだ史郎であったが、真白の座った席を見て思わず立ちつくす。彼女の座ったのは、二人掛けの窓側の席。隣の通路側の席は空いたまま、真白は視線で史郎に着席を促した。
「どうぞ」
「……どうも」
とにかく基本スタンスとして断れないのがこの男である。大人しく真白の隣に腰を下ろすが、座った瞬間、肩と肩が触れ合いかねないその距離に史郎は戦慄した。
そもそもバスの席など狭いものだ。密着とまではいかないものの、十分に相手の体温を感じられる距離に、真白からはなんだかいい匂いまで香ってくる。校則で香水の使用は禁止されているから、彼女が普段使っている石鹸かシャンプーの匂いだろう。と言うか、同年代の女の子にここまで接近して、あまつさえ匂いまで嗅いだのは初めてである。これでは変態ではないか!? 友人の早川にも散々感情の存在を疑われている史郎だが、何事にも例外は存在するらしい。彼は内心の動揺を真白に気付かれぬよう必死に表情を取り繕った。
史郎とて男である。どんなに朴念仁を気取っていようとも、美少女の隣に座れば意識もするし、緊張もする。先程の生徒会室でも隣に座ったが、あれよりも確実に距離が近い。逆に自分は臭くはないのだろうか? 圧倒的に経験値の足りない頭が埒もない事を考える程に彼は混乱していた。
「森崎くん」
「な、なに?」
ふいに声をかけられて、やはり臭かったのかと声がこわばる。
「私といて、退屈じやない?」
「退屈? なんで?」
体臭の話では無い事に安堵する史郎であったが、真白の問いかけに首を傾げた。学校一の美少女との相席に退屈を感じる要素などあっただろうか?
「私、話が苦手で、会話も続かないし…」
「そ、それはお互い様だし、全然退屈じゃないよ」
自信無さげな真白に対して、史郎は両手をぶんぶん振って否定する。
「本当に?」
「本当、だから安心していい」
史郎としては驚くべき事だが、真白本人に対して、緊張したり動揺したりはするが、不思議と嫌な気持ちは無い、むしろある種の好ましささえ感じている。
「おしゃべりな人との話だけが面白い訳じゃないよ。吉瀬さんは口数は少ないかもしれないけど、しっかりと相手の話を聞いているし、口にする時は慎重に言葉を選んでるよね?」
ほんの少し間を置いた史郎は、そのまま柔らかく言葉を続ける。
「優しいんだ、吉瀬さんは」
史郎が口にした瞬間、真白が大きく目を見開いた。
「…………あ…りがとう」
史郎が言った事は、いつも彼自身が気を付けている事だ。不器用な自分は、せめて無害でありたいという彼なりの処世術である。
真白との会話で感じたのは、少しそれに似た思いやり。常に相手を気遣い、自分が言い過ぎたと思った時は直ぐに謝ってこちらの様子を伺ってくれる。だからこそ、会話が途切れても焦らずに待っていられた。
考えてみれば誰からも愛される学校一の美少女が、そこまで相手を気遣うのもおかしな話である。意外と彼女も不器用なのかもしれない。
そういえば、さっきから真白の顔が赤い気がするのは気のせいだろうか?
「あの、森崎くん…」
「なに?」
「わ、私達って、友達かしら?」
「友達?」
この予想外の話題は、史郎を大いに困惑させた。
「いきなりでごめんなさい。急に聞かれると驚くわよね…?」
「それは確かに驚くけど、正直、俺なんかが吉瀬さんの友達を名乗るのはおこがましいかな」
「謙遜? 森崎くんって自己評価が低いと思う」
少し頬を膨らませた真白が、可愛らしく抗議をする。
ん? 可愛らしく? 頬を膨らませて?
え~と、彼女の表情はこんなに豊かだっただろうか? 史郎の知っている吉瀬真白は、氷姫と言われる程にクールビューティーで有名なのだ。付き合いが浅く、遠巻きに見るだけの史郎の記憶にも、こんなに可愛らしく表情豊かな彼女は見た事が無い。
「自己評価が低いかどうかは分からないのだけど…」
「低いわ!」
驚きは尚も止まらない。思わず発した大声に、周りの乗客は怪訝な視線を向け、真白自身も困惑して口を押さえた。
「ご、ごめんなさい。私、ちょっと変だわ…」
口を押えていた両手で、今度は赤くなった顔を隠す真白。
「うん、とりあえず友達の話だよね、俺の認識に間違いが無ければ、こうして一緒に帰ってる時点で、友達だと思うよ」
「本当に!?」
「う、うん…」
史郎の言葉に前のめりで確認をとる真白。今までにも無い至近距離で見る彼女の顔に、史郎は間抜けな返事しか返せない。丁度その時―――。
キキィ――――ッ!! 「きやっ!」
タイミングが良いのか悪いのか、バスがブレーキを踏み、前のめりの姿勢だった真白は、そのまま前に倒れそうになる。とっさに反応して支えようとした史郎の試みは正しく報われ、真白は史郎の腕の間にすっぽりとおさまった。
これは、やばいかも……。
考えるより先に行動した結果、学校一の美少女を抱きしめてしまっているこの状況。とりあえず落ち着こうと試みるが、その破壊力足るや史郎の想像を遥かに超えるものだった。
真白の可愛らしい小顔は史郎の顔の真横にあり、表情こそ見えないが、彼女の息づかいがダイレクトに伝わる距離に一瞬思考が止まりかける。
鼻先をくすぐる髪の毛と首元からは先程の甘い香りが漂い、更に制服越しに感じる彼女の身体は信じられない程にきゃしゃで柔らかく、少しでも力を入れたら壊れてしまいそうだ。くらくらする思考の中で吉瀬真白と言う少女は、スポンジケーキで出来ているのではないかと彼は本気で疑った。
「き、吉瀬さん、大丈夫?」
「う、うん、ありがとう…」
顔を真っ赤にして、そそくさと自分の席に戻る真白。
「ごめんなさい。友達……なのに、早速迷惑をかけて」
「大丈夫だよ吉瀬さん、友達……なんだから気にしなくても」
「うん、そう…ね、す、すごいのね友達って」
なんとなく友達の距離感がバグってる気はするが、史郎は藪をつつくような真似はしなかった。
自分の胸を軽く押さえ、気分を落ち着けようと深呼吸をする真白。年相応にくるくる変わる表情はとても可愛らしく、目の前の見たことの無い真白と、それを好ましく見ている自分両方に史郎は驚きを隠せない。
短い深呼吸で気持ちを落ち着けた真白は、史郎の方を向くと、まだ赤みの残る顔でふわりと微笑んだ。
「改めて、よろしくお願いします。森崎くん」
そう言って微笑む真白の顔は、決して氷姫ではない柔らかな暖かみに溢れ、眩しいものでも見るかのように史郎は目を細める。
ここで気の利いた言葉を言えれば大したものだが、いかんせん不器用で鳴らす彼の事だ。役目をさぼりがちな口から出た言葉は、やはり芸の無いものだった。
「こちらこそよろしく、吉瀬さん」
とりあえず冒頭の一区切りがつきました。以後は週一のペースで更新させていただきます。




