第2話 生徒会室にて
「だ―か―らぁ――、ここの記入が抜けてるでしょう!? これを受理して迷惑すんのはあたし達なの! あ た し 達ぃ! これ以上仕事増やしてどうすんのよ!」
到着した生徒会室のドアの前、ドア越しに聞こえる女生徒の大声に氷姫が思わず立ちすくむ。すでに慣れている史郎は、それには構わず軽くドアをノックした。
「会長、森崎です」
「おお! 森崎か、入ってくれ」
おそらく生徒会長の声だろう。明朗な声で入室を促される。
「失礼します」
躊躇う事無く足を踏み入れる史郎であったが、生徒会室はカオスに満ちていた。
「お疲れ、史郎君、床の紙踏まないように気を付けてね」
「森崎ぃ! 神妙に手伝うですよ!」
「あああぁ―――っ! 聞いてくれよ森崎ぃ―!」
一斉にまくし立ててきたのは現生徒会メンバーだ。
「……まあ見ての通りだ。手伝ってもらえれば助かる」
呆れがちに口を開いたのが生徒会長の木場和博である。明朗快活を絵に描いたような好男子で、いわゆるカリスマ生徒会長というやつだ。
「お願い史郎君、恩にきるわ。こいつら使えなくて困っていたの」
こちらは副会長の堀美琴。扉の外まで聞こえていた声の主が彼女だ。黒髪美人のいかにもな大和撫子で、氷姫こと吉瀬真白と並ぶ二大美少女として、校内で抜群の人気を誇っている。
「頼む森崎、堀先輩を止めてくれ! スパルタが過ぎるんだよぉ!」
「目立とう精神と、その場のノリだけで、生徒会入りした自分の判断を悔やむことね。下手したら今日も日が暮れるわよ。泣きついてる暇があったら手を動かしなさい」
「働き方改革って、どこの国の話だっけ?」
「少なくともこの学校の話では無いわね」
「ひどいっ! 先輩は鬼です!」
副会長と不毛な言い争いをしている男女は、会計の横尾と書記の藤井だ。どちらも1年生なので、史郎達とは同学年である。この他にも庶務として二人の生徒会役員がいるのだが姿が見えない。よく見ると隅の机に突っ伏しているのを発見した。まあ生きてはいるのだろう。
案の定と言うか余程の仕事量のようだ。学園祭絡みで各方面から提出された書類の山、生徒会主催のイベント事の企画立案、挙句の果てに各学年クラスからは、要望と言う名の苦情までも寄せられる始末だ。それら諸々の処理が追い付かず、飽和状態でこの有り様である。
机の上のみならず床にまで散乱した書類らしき紙屑、飲み終わった後に放置されたコーヒーの空缶、さすがに生徒会長と副会長の2人は落ち着いたものだが、その他のメンバーは目が死んでいた。
初夏の体育祭と秋の学園祭、この時期の生徒会は修羅場である。
手伝いに関して、この事あるを予想していた史郎には特に否やは無い。気になる事と言えば入り口前で立ち尽くす少女の存在だ。
「わかりました、手伝います。 吉瀬さん、ここまで付き合ってくれてありがとう。聞いての通り、先に帰ってもらって構わないから」
史郎は後ろを振り返って、義理堅くも事の経過を見守っていた氷姫に声をかけた。不思議そうに生徒会室を見つめる彼女は、特に気にした様子も無く、可愛らしい小顔を傾げるだけである。
しかし、これには室内が過剰反応した。
「き、吉瀬真白!?」
「吉瀬さん!」
「氷姫!? な、なんで!?」
さすがは有名人、大した反応である。
しかし当の本人は言われて帰るでもなし、そのまま生徒会室に入るとつかつかと書記である藤井の前まで歩き、口を開いた。
「訂正を」
「―――はい?」
よく通る凛とした声と、目の前に迫る美少女の顔。意味の分からない藤井は瞬時に凍り付いた。
「私は姫と言う身分ではありませんし、自身の青い目を理由に氷と揶揄されるのも好みません。先ほど氷姫と言ったのを訂正してください」
どうやら彼が口走った氷姫のNGワードが気に障ったようだ。美少女に詰め寄られ、理解が追い付いていなかった彼の口は、数秒のフリーズを経てようやく動き出す。
「……ごめんなさい、吉瀬さん」
謝罪の言葉に小さく頷いた氷姫は、史郎の方を振り返ると、これまた予想外の言葉を口にする。
「私も手伝うわ」
「………そう、助かるよ」
意外と気が強そうな氷姫である。かろうじて絞り出した感謝の言葉に史郎は自分で安堵した。
「うそ!? 吉瀬さんも手伝ってくれるの?」
「やったー! って、だけどいいの?」
「本人が言ってるんだから、いいんだって、ねぇ吉瀬さん?」
学校一の美少女の参入に、にわかに活気づく生徒会。賓客のようにわやわやと机に迎えられる氷姫を横目に、副会長の堀が史郎にそっと尋ねる。
「ええっと、史郎君、聞きたいんだけど、二人はどうゆう関係?」
「……クラスメイトです」
返答に時間を要したのは癪だが、それ以上でもそれ以下でもない。
「少し、間があったわね」
「そういう所、良くないですよ」
「あっはは、ごめんごめん、だって史郎君が女の子をつれて来るなんて、おおよそ画期的なことだからね」
「ついて来たんです。それに、本当に同じクラスってだけですから」
クラスメイトには違いないが、それすら疑いたくなるほど二人の関係性は薄い。
「とにかく、忙しいのなら早く指示を出して下さい。いったい俺は何を手伝うんですか?」
「ふふ、露骨に話を逸らしてくれるのね。まあ確かに今はそんな余裕も無いか、丁度いいわ、その手に持ってるの予算の書類でしょ? 他にもわんさか来てるから、それを処理してよ」
「まあ、予想はしてましたけど」
要は自分で持ち込んだ予算案を、自分で承認して良いと言う事だ。あてにもしていたし都合も良いが、部外者を信用し過ぎではないだろうか?
「あ、そうそう、承認用の印鑑はいつもの所だから勝手に使って」
「この学校の生徒会は、もう少しセキュリティについて考える必要があると思いますが?」
「いまさらだねぇ~」
笑いながら書類の束を投げる堀副会長。受け取った束の厚さに顔をしかめる史郎であったが、空いた席に腰掛けると、直ぐに作業の準備を始めた。
「その書類、半分私がやってもいいかしら?」
「いいけど、そっちは大丈夫?」
手伝いを申し出たはずが、何故か賓客のように持てなされていた氷姫が仕事を要求してきた。
「森崎、よければ彼女はそちらで頼む。注意力散漫で、こいつ等が使いものにならん」
「ええぇーっ! それは無いですよ会長ー!」
「私も、もう少しお肌の秘密を聞きたいですぅー!」
本人は良かれと思ったことが、必ずしも良い方に転がるとは限らない。学校一の美少女の存在は、この場合に限って劇薬となってしまったようだ。
机に突っ伏していた庶務の二人も、氷姫の存在に息を吹き返しはしたが、その接待ばかりをして、肝心の仕事がはかどってない。
姫を持ち込んだのが自分である以上、責任は取らなければならないのだろう。
「えっと…… うん、ありがとう。よろしく頼むよ」
「ええ、どういたしまして」
短い会話を終えると氷姫は史郎の隣に座る。先程と同じように黙々と作業を始めた二人であったが、史郎は少し違和感を感じていた。隣に座った氷姫との距離が近いのである。
この生徒会室には生徒会長個人の机の他は、会議用の長机が幾つか並べてあるのみだ。一つの長机には椅子が3つ設けられ、普通に三人が座る事が出来る。長机の端に座っていた史郎としては、彼女は空いている別の机の椅子か、同じ机でも真ん中の席を空けた端の席に座ると思っていた。しかし氷姫が選んだのは普通に史郎の隣の椅子である。それも何故か史郎の席に寄せて座ったように見えたのは気のせいだろうか?
先程の教室では隣同士の机はしっかりとした距離で離れていた。あえてそれを引っ付けようともしなかったし、またその必要も無かった。それが一体どうしてこうなっているのか?
「ちょ、ちょっと、森崎! 吉瀬さんに近すぎないか?」
これに反応したのは書記の藤井だ。彼のみならず、生徒達の氷姫への関心の高さは大したものである。しかし、これに反論したのも彼女であった。
「あら、私からこの席に座ったと思ったのだけど、違ったかしら? それに彼と同じ書類を処理しているのだから、隣に座った方が効率が良いと思うのだけど?」
「それは……」
至極真っ当な論法で黙らされた彼だが、当然不満は残る。
「は―い は―い、せっかく綺麗な女の子が手伝ってくれているのに、何なのこの空気? 仕事も止まってるし、これじゃあ吉瀬さんが生徒会を手伝ってくれる事は、今後二度と無いわねぇ」
「「「――――っ!!」」」
堀副会長のこの発言は、正に魔法の言葉であった。学校一の美少女の来訪を一度で終わらせてなるものかと、末端役員達は目の色を変えて仕事に取り掛かり、作業は急ピッチで回り始める。
氷姫は確かに劇薬だった。
そして順調に作業が回り出してしばらく、木場会長が史郎に問い掛けた。
「森崎、ちょっと相談いいか?」
「何です?」
「2-1と2-4の出店がどちらもメイド喫茶で困っているんだ。生徒会としては、どちらか片方は、別のものをやってくれと頼んでいるんだが、言う事を聞かなくてな、お前、どう思う?」
史郎は書類の手を休め、少し考え込む。
「いっそのこと2クラス合同でやってみたらどうです? 今さら別のものを考えても時期的に厳しいですし、合同であれば経費も削減出来ます。さらに同学年であれば、変な上下関係も生じないですしね。会場には比較的大きな家庭実習室を充てれば大丈夫でしょう」
「なるほどな、メイドの衣装もあそこなら作り易いか…。よしありがとう、それで説得してみよう」
明快に代案を提示する史郎。それを興味深げに聞いていたのは氷姫だ。視線は手元の書類に向けたまま、史郎にだけ聞こえるようにつぶやく。
「すごいのね」
朴念仁を自認する史郎でも、美少女に褒められると照れる。
「うちのクラスでもメイド喫茶の話があったからね、その時に考えていたんだ。結局ボツになったけど、だから直ぐに思い付いたわけじゃない」
実のところ、メイド喫茶の話がボツになった一番の理由は氷姫にある。誰もが期待したメイド衣装を着ることに、彼女が難色を示したからだ。クラスの男子達の熱は一気に冷めてしまい、結局他の出しものに決まったのである。
「仮にそうだとしても、あなたはもっと評価されていい」
「そうかな? 分相応だと思うけど」
「いいえ、不相応ね」
吉瀬真白が氷姫と呼ばれる理由の最たるものは、感情の稀薄さにある。冷たいと評されても仕方ないほど感情を表に出さないのだ。しかし今の彼女の声には若干の不満が感じられた。俺は彼女を怒らせたのだろうか?
氷姫に謝るべきかそうでないか、史郎が的外れな事を考えている間にも順調に作業は進み、日が暮れる前には目標ノルマを達成する事が出来た。
これには木場、堀、両会長もご満悦だ。
「皆お疲れ様。今日ぐらいは早く帰って、ゆっくり休んでくれ」
「「「ふあ~~い」」」
頑張った反動で精も根も尽き果てたのだろう。その他の生徒会役員達は、空返事を返しながら次々と帰途につく。
「きっせちゃ~ん!」
自分の鞄を手に取った氷姫に、副会長の堀が後ろから抱きついてきた。
「堀先輩、何か用ですか?」
「いやだなぁーもう、感謝のスキンシップだよぉ~」
「先輩の感情表現は独特ですね」
副会長にウザ絡みされるも、動じない氷姫。
「いっそのこと、史郎君と一緒に生徒会に入っちゃえばいいのにー」
「吉瀬さんはともかく、俺は断ったはずですよ」
基本断らない史郎だが、必要以上に目立たない事を信条としている身としては、これだけは譲れない。堀はジト目で史郎を睨みつつ氷姫に詰め寄る。
「付き合いの悪い史郎君は置いておいて、どう吉瀬ちゃん?」
「いえ、私も生徒会入りは無理です」
間髪入れずに返された返答に面食らう副会長。
「うぇ? 即答? そこはもう少し考えようよ―」
見た目はクールビューティーの副会長だが、こういった所は割と面倒くさい。
「今日はあくまで森崎君を手伝っただけですから」
「ふ~ん、史郎君をね~」
堀副会長は、興味深げに2人を見比べると、何かを思いついたようだ。
「史郎君、手伝ってもらったお礼に、吉瀬ちゃんを送ってあげたら?」
さも何でも無いような副会長の口ぶりだが口の端がニヤついている。どうも史郎をからかっているようだ。
「手伝ってもらったのは先輩達の方でしょう。それに彼女にだって選ぶ権利が…」
「よろしくお願いします」
「は?」
史郎の口からずいぶん間抜けな声が漏れた。その脇では堀副会長が手を叩いて喜んでいる。
「よろしくお願いします。森崎君」
「………はい」
ダメ押しのように2度繰り返された言葉に、ゆっくりと頷く史郎少年。それを見た氷姫の口元はほんの僅かに緩むのだった。
次回は主人公 森崎史郎の人物紹介となります。




