第1話 NOと言わない男
高校生活において、学園祭の位置づけとはどのようなものだろうか?
文字通りある種のお祭りである事に変わりは無い、捉え方など人それぞれだ。
純粋に文化的な展示や発表を楽しむ者もいるだろうし、消極的な者は勉強しなくても良いありがたいイベントを只のんびりと過ごすことだろう。
しかし学園行事の名のもと、授業数を減らしてくれるどころか休みを設け、教師公認のもと学園予算で羽目を外せる夢のようなイベントである。大多数の生徒はこれを歓迎し、指折り待ちわびてはその準備に余念がなかった。
1年3組のこのクラスも例外では無い。来たる祭りの準備のため、いわゆる陽キャと言われる人種が、仲良く買い出しと言う名のグループ交際に出かけて行ったのはつい先程のことだ。
そして取り残された留守番組。しかし大方の者は面倒臭がって既に家路についているため、教室に残っているのは面倒事を押し付けられた二人の男子生徒のみである。
一人は場違いな程の陽キャだ。幾分軽そうには見えるが、整った外見と誰彼構わず気さくに接する人柄から男女共に人気は高い。
退屈そうに目の前の友人の作業を見ているが、特に嫌な訳では無い。単純にこの男との時間を好ましく思っているのだ。
「しっかしまあ、史郎もよく裏方なんぞ引き受けるよな~」
呆れ気味に声をかけられた生徒の名は森崎史郎。だらしなく伸ばされた前髪と不格好なメガネのいわゆる陰キャである。
声をかけられはしたが、その前髪とメガネのために表情を伺うことは困難だ。しかし、唯一の友人を自認しているこの男は、その表情がまんざらでも無いことを知っている。
「俺は手が空いていたからな」
「手が空いていたのは他の連中も同じだろ? 授業は午前で終わって、学園祭関係以外は、部活動も中止だったんだからな」
「まあ、本当に忙しい奴もいただろうし」
「このお人好しめ。まあ、お前の場合は、ほとんど病気か」
このワーカーホリックめ、と言外に皮肉を込める。確かに多少の例外はいたかもしれないが、それは本当に少数だろう。現状クラスの目立ちたい連中は、やりたい仕事にしか興味を示さず、スクールカースト下位の連中は、そもそもが参加すらしていない。
普通にしていたら学級崩壊しているのが当たり前の状況で、上手く機能しているのは、ひとえにこの史郎と言う特異な存在のおかげである。
ちなみに今日押し付けられた仕事は、生徒会に提出する書類の記入だ。地味で面倒な仕事は全部こちらに回ってくる。書類仕事など史郎にとっては面倒でもなんでもないし、手伝える事があれば目の前の友人も労を惜しまない。なんだかんだで気の合う者同士の時間を楽しんでいた。するとそこに―――。
「それって何の書類?」
この教室にいるのは自分達だけと思い込んでいたからか、突然かけられた少女の透き通るような声に驚いた。思春期の女の子の声とは、こんなに綺麗なものだったろうか? それが自分達に向けられたものだと頭が理解する前に視覚が現実を教えてくれる。
「こ…、き、吉瀬さん?」
氷姫、と呼びかけて陽キャの方の男、早川宗助は慌てて踏み止まる。以前、彼女がそう呼ばれて怒っている所を見た事があるからだ。
吉瀬真白、この学校一の美少女で、男子生徒の憧れの的である。文武両道に優れ、圧倒的な美貌を持ちながらも入学から今に至るまで、浮いた話一つ無い文字通りの高嶺の花。
数多の男子生徒が交際を申し込むも、その全てが冷たくあしらわれる様から付いたあだ名は氷姫。スクールカーストの頂点にいる彼女は、てっきり陽キャ達との買い出しに出かけたと思っていた。実際に誘われているのをこの目で見ていたからである。
その彼女が何故ここにいるのだろう? 疑問は尽きないが、その類まれな容姿に目が釘付けになる。
背中にまで伸びた長く薄い茶髪に、ちょうど良く収まった形の良い小顔。ハーフだと言うその瞳は青色で、氷姫と呼ばれる理由の一つとなっている。息を呑むほどの美貌に、陽キャらしからずに口ごもっていると、彼の友人がその質問に答えた。
「生徒会に出す予算の見積書だけど」
「見積書!?」
問い返したのは、目の前の美少女ではなく、陽キャ早川の方だった。付き合いで居残っておいて何を今更と思う史郎ではあったが、元より自分一人で片付けるつもりであったので、あえて突っこみはしない。
「あいつら予算も出てないのに、買い出しに行きやがったのか?」
なるほど反応したのはそこか。友人の怒り気味の口調が気になっていたが納得した。しかし心配するには及ばない。
「森崎君は落ち着いているのね」
「うん、まあ、心配しなくても予算は通るからね」
そう返しながら学校一の美少女に名前を覚えてもらっている事実に軽く驚いた。しかし言われた方の疑問は深まったのだろう。整った小顔を小さく傾けた。
「根拠は?」
「生徒会には貸しがあるんだ」
「貸し?」
片方の疑問に答えれば、また別の疑問が浮上する。この森崎史郎と言う男の引き出しは意外と多い。
「こいつ、史郎は、普段から生徒会の雑用とか手伝っているから顔が利くんだよ」
「森崎君ってクラス委員長よね? 生徒会役員もやってたかしら?」
「いや、違うけど」
「役員でもないのに、生徒会の仕事も手伝うのね」
「基本、断れない性格なんだ」
「そうなんだ…」
そう言うと氷姫は口をつぐむ。さすがにろくに交流の無かった男女の会話など続かないものである。そもそも何の用事で二人に声をかけたのかも分からないが、せっかくの機会である。陽キャ早川は、なんとか話題をひねり出した。
「き、吉瀬さんは、買い出しに行かなかったんだ?」
「ええ、だって買い出しなんてあんな大人数で行くものでは無いでしょう? 一条君は張り切っていたみたいだけど」
「そりゃあ、学園祭の実行委員だからね」
一条とは、このクラスの陽キャの筆頭だ。通常、クラス委員長は学園祭実行委員も兼務する事が多いため、史郎としてはありがたい存在である。
「その書類も含めてが実行委員の仕事だと思うのだけど? その分じゃ予算云々だけじゃなくて、他の面倒事も森崎君がやってるみたいね」
「そうかもね。でも大丈夫だよ、頭脳労働以外は早川が手伝ってくれるし」
「そこっ! 俺が頭悪いみたいな言い方をしない!」
「悪い悪い、早川は成績が悪いだけで、頭は悪くないんだ」
「おおう、すんごいフォロー、ありがとよぉ」
自他共に認める陽キャと陰キャの軽い会話。意外な組み合わせに氷姫がぽつりとこぼす。
「……仲が良いのね」
「まあ、史郎が目立つのを嫌がるから、皆の前では控えてるけどね」
「そう……」
まったく興味が無い訳では無さそうだが、美しく整った顔はあまり感情を感じさせず、氷姫の目的はまるで分からない。男二人の疑問は膨らむばかりだ。
すると―――。
「私も手伝うわ」
「「へ?」」
二人の口からまぬけな声が漏れる。
「私も手伝うと言ったの。そっちの記入の終わってない書類を頂戴、私が書くから」
「ありがとう…」
ここで気の利いた言葉が出れば大したものだが、史郎はいたって面白味の無い返事を返した。
書類を受け取った氷姫は涼やかな顔で隣の席に腰を下ろし、自身の筆入れを出すと書類の内容を確認する。
そう言えば隣の席だったっけ。
史郎にとってはあまりに別世界の存在だった為、ここに至るまですっかり忘れていた。
「森崎君、記入済の書類をもらえるかしら? 文面を合わせた方がいいでしょ?」
「もちろん、これでいいかな?」
「ありがとう」
「お、おい、史郎」
「なに?」
ここで早川が小声で耳打ちをする。
「お前、なんで普通に会話出来てんだよ?」
「なんでって、……慣れたから?」
「俺的には、あの見た目に慣れるのにキャンプかセミナーを要求するな。それにしても……」
早川が何に思い至ったのか、ブツブツと考え込む。すると突然自分の鞄を持って立ち上がると―――。
「俺、役に立たんから帰るわ」
「―――は? お前何を…」
「いや、俺見てるだけだったし、優等生が二人も揃ったら、普通に出番なんか無いって」
手に取った鞄を肩に回す早川。そのまま身を屈めると史郎の耳元でぽつり。
「明日、報告よろしく」
「宗助!?」
「んじゃ、また明日な~」
陽キャこと早川宗助は、そう言い残すと実にあっさり帰っていった。
そして教室に残された二人。
「「…………」」
一番口数の多かった人間がいなくなった途端、当たり前のように静けさがその場を支配した。
高校生の男女が教室で机を並べていながら、お互いに見つめるのは手元の書類だけ。さらに困った事には、2人共沈黙はそれほど苦では無い。
黙々と作業すること数十分、最初に沈黙を破ったのは氷姫の方だった。
「すごいのね」
「え?」
「この見積書、生徒会へ貸しとやらが無くても予算が下りるんじゃないかしら?」
「そ、そうかな…」
氷姫からのお褒めの言葉にまんざらでもない史郎。
少子化の昨今、自由な校風を売りに生徒数を稼いでいるこの高校だが、そのぶん面倒事も多い。自由を勝ち取るにはその過程が大事と言わんばかりに、この手の手続きには妥協を許さない。
今回このクラスでやるのは、お祭りイベント定番のお好み焼き屋であるが、史郎が記入した見積書には、使用する鉄板とコンロ、材料の細々とした品目まで、会計担当を納得させるだけの説明が添えられていて、金額も妥当なものであった。
「こういった事は得意なんだ」
「そう…」
そして黙り込む二人。書類の処理に必要が無いとは言え、年頃の男女が教室に二人きりのこの状況、学校一と言われる美少女と、自他共に認める陰キャの史郎では間違いなど起こりようが無いのだが、それでも会話は少な過ぎた。
結局その後も会話の無いまま作業を続けた二人。さすがに若干の気まずさは感じたものの、それでも口を開かないのは大したものであったかもしれない。
皆の憧れる美少女とのご褒美タイム。あろうことか溜息と共に史郎が発した芸の無い言葉。
「ふう、予定より早く終わった。ありがとう、吉瀬さん」
「どういたしまして」
これでこの男は本当に感謝しているのである。それが一割でも伝わったかは怪しいものだが。
「俺、これを生徒会に提出してから帰るから、吉瀬さんは先に帰っても」
「私も付き合うわ」
「……え?」
この予期せぬ発言は大いに史郎を困惑させた。そこに追い打ちをかけるように氷姫がもう一言。
「私も付き合うと言ったのだけど…」
「………あ、ああ、そうだね、じゃあ行こうか」
氷姫の意図は分からないが、基本頼まれたら断われないのがこの男である。あっさり降参すると、すぐに生徒会室に移動を始めた。
なんとなく学園恋愛ものが書きたくなり、なんとなく始めてしまいました。稚拙な文章とイラストはAI不使用です。お見苦しい点はご容赦ください。
とりあえず完結目指して頑張ります。




