第233話 急ぎ帰国するタバサ
研究室の扉を開くと、エレオノーラはゆっくりと前に進む。
彼女は研究に没頭すると周囲が見えなくなるタイプなので、こうしてこちらから存在を伝えないと勝手に驚いて怒り出すのだ。
「およ、エレオノーラじゃん? どしたん?」
今日はまだ研究に没頭していなかったからか、タバサは振り向くと笑顔を見せた。
「それにしても、この『テンプシーハート』なかなか面白いかもね」
最近タバサが研究しているのは、出自不明の特殊な飲み薬だ。
市場に出回る数が圧倒的に少なく、一瓶に金貨百枚の価値がつけられている。
「過去に私が書いたレシピを完全に再現してみせるなんて……。ステシアにいる弟子にも作り方の説明したことあるけど、無理そうだったもん」
材料と効果についてロレインに一度教えたことがあるのだが、彼女は難色を示すと「このような破廉恥な物は世に出さない方がよいですっ!」と顔を真っ赤にして答えた。
「とにかく、これを作った人物は錬金術の天才だね。名乗り出たら何がなんでも私の弟子にするのになぁ……」
本来なら、とっくにステシアに戻っていなければならないタバサだったが、目の前に興味深い薬品があるかと思うといてもたってもいられず、自分の研究施設に籠りきりになっていた。
「ルミナス男爵より手紙を預かっております」
「クラウス君?」
意外な名前に驚いたタバサはすぐに「そう言うこと」と呟くと笑みを浮かべる。
「私のことが恋しくなって会いにきちゃったのかな?」
「いえ、別件で訪ねてきただけです」
流石に依頼内容までは漏らすつもりもなく、エレオノーラはタバサが手紙を開くのを冷めた目で見ていた。
「甘いね、エレオノーラ。ああいうタイプは押しに弱い! 何度も好意を伝えることで段々私のことが気になり始めてーー」
ドヤ顔で恋のいろはについて語るタバサだったが、手紙を読むと次第に顔色が悪くなっていった。
「タバサさん?」
もはや正常な状態ではなく、滝のような汗を垂れ流しながら手紙を読むタバサ。
「一体、何が書かれているのですか?」
あのタバサがこのような表情を浮かべるとは、エレオノーラには信じられなかった。
「私、ステシアに帰る!」
慌てた様子で荷物をまとめ始めるタバサ。これまで周囲がどれだけ言ってもせせら笑っていたのに、あまりの豹変ぶりに驚く。
「それじゃ、お世話になりましたっ!」
荷物をまとめ終えるなり出ていった彼女を見て、エレオノーラは……。
「あのタバサさんがあそこまで怯えるなんて、あの国にはまだ私の知らないおそろしい人物がいるのね?」
ステシアの層の厚さにおそれを抱くのだった。




