第227話 スイレーン
「はぁはぁ、これくらい進めばいいんじゃないか?」
『…………(疲労)』
一時間程掛けて、俺とロックは人が一人歩ける程度の道を作り続けてきた。
先頭に俺とロックが立ち、その後ろでシアンが進むべき方向を示す。
水没しているとはいえ、木々が立ち並んでいるからかグネグネとした道を作ることになり、結構迂回したルートを辿ったのではないかと思われる。
そのお蔭もあってか、トリリアン地域の三又付近までくることができた。
「ここまで来たのはいいけど、ほとんど水没してて何もないわね?」
横に立つメリッサがそう呟く。最後の力を振り絞って広く幅をとったので今は全員が外周に立ち周囲の調査をしている。
「水深は四・五メートルくらいですかね?」
セリアが深さを測って報告してくる。
この辺りは深くなっており、横を見ても木の中腹が見える。
「三人は何か気付いたことはないか?」
俺はシアン・ガリウスさん・ノックスさんに聞いてみる。現地民なら何か違和感をとらえることができるのではないかと思ったからだ。
「この辺はうちの集落ではないからきたことがない」
「自分もですね。特に違和感はないかと……」
「私もよくわからないです」
三人とも特に気付いたことはないらしい。手がかりが欲しいところだが、もう少し調査すべきか悩んでいると……。
『ふむ、スイレーンが見当たらぬな?』
ダキーニがポツリと漏らした。
「それって何なんだ?」
俺はこっそりとダキーニに聞く。
『この森の水場に咲く花だ。白い花弁をしているのだが、食べるとほろ苦くて美味い』
味の評価までは聞いていないのだが、どうやら本来咲いているはずの花が見当たらないらしい。
鼻をピスピスと動かしスイレーンを探すダキーニ。
「どうかしましたか、クラウスさん?」
人一倍聴覚が優れているからか、俺の言葉を拾ったシアンが怪訝な表情を浮かべていた。
「いや、この辺りはスイレーンが咲くはずなんだけど見当たらないなと思って」
とりあえずダキーニに言われた内容をそのまま伝える。
「…………」
「シアン?」
一瞬、彼女の瞳が揺らいだように見える。
「……よく、ご存知ですね?」
「スイレーンの花は薬用効果があるのでポーションの材料に使われています。水場でしか育たない花なのですが、確かに見当たりませんね?」
彼女の証言から、この辺りに咲いていたことは間違いないようだ。それが今回の件とどう絡んでくるのか……。
「もしかすると、それが原因ではないでしょうか?」
俺たちの会話を聞いていたセリアが、スイレーンが原因なのではないかと告げてくる。
「どういうことか説明してくれるか、セリア?」
その場の全員がセリアの説明に耳を傾ける。
「ロレインさんから教わったんです。スイレーンは大量の水を吸収して急速に成長する花だと」
ロレインは錬金術師として優秀で、素材に詳しい。セリアは彼女に錬金術について教わっていたので知っていたらしい。
「つまり、この水害はスイレーンがなくなったことで発生したと?」
セリアに確認すると、彼女は自信なさそうな表情を浮かべながらも首を縦に振った。
確かに、スイレーンがなくなった場所で水害が起きているのだ。無関係ということはなさそうだ。
「それってあり得るのかしら?」
ところが、メリッサが口を挟む。
「もし、スイレーンが水害を食い止めてたとしたら、サイラスの人たちも理解してるはずよね? そんなにとりすぎることってあるのかしら?」
「そうですね、サイラスではスイレーンの採取に制限をかけておりますし、市場に流れるポーションの数からも把握できるようになっています。そのような事態にはならないかと……」
ノックスさんがそう告げた。
「まさか、お前が食ったんじゃないよな?」
だとすると、先程の発言で気になるのは肩に乗っているこの白い虎だ。
『我を何だと思っているのだ?』
ダキーニは心外だとばかりに不満を言った。その様子からして犯人ではなさそうだ。流石に疑いすぎたと反省して謝ろうか考えていると……。
『我は食事にうるさいのだぞ。同じ物ばかり食べ続けるわけがなかろう』
食べたことは否定しなかった。
それでもこの小さな身体でここら一帯のスイレーンを食べ尽くすのは不可能だろう。
「あの……兄さん」
服を引かれてそちらを見ると、セリアが真剣な表情で俺を見ていた。
「実は、ここだけの話にしたいのですが」
彼女は他のメンバーが聞いていないのを確認しながら俺の耳に口を寄せる。
「ロレインさんから聞いたのですが、スイレーンの活用方法は薬だけではないのです」
「他に、どんな使い方があるんだ?」
「そっ、それは……」
俺が見つめると顔を赤くして逸らす。何か言い辛い話なのだろうか?
「待てっ! 何かが来る!」
水面がざわついた。頭の中で警鐘が鳴り響き、俺は咄嗟にセリアを抱きしめると太陽剣を構えた。




