第222話 キャロル実家に帰る
時はクラウスがエレオノーラと会話をしていた一時間程前に遡る。
先日、サイリーンに到着したセリアとメリッサは都市内部の観光をしていた。
「それにしても、サイラス王国の独自の文化は本当に衝撃的ですよね」
先程見学した博物館で彼女たちは農作業の歴史について学んできた。
「最初は人力で行っていた農作業が段々進化してきて、ドワーフが打った農具とエルフが作り出した魔導具によって生活が向上するなんて」
「ステシアを含む国の魔技師にとって、魔導具は戦争のための道具だったけど、サイラスはそれを生活を向上させることに充てた。そのことから、サイラスがいかに貧しかったのかがわかるわ」
今でこそ、クラウスの触媒のお蔭で光明が見えているが、いかに先細りしていたのかがわかる。
生まれ故郷のことを触れているというのに、キャロルは特に会話に加わることなく護衛をしている。その表情は険しく、安全な街の中だというのになぜそこまで警戒しているのだろうか……?
「それじゃあ次はーー」
メリッサとセリアが楽しそうに次に見る観光名所をどこにするか話し合っていると、いつの間にか周囲を獣人に囲まれてしまっていた。
「何よ、あんたたち」
メリッサは怪訝な表情を浮かべると囲んできた獣人に声を掛けた。
ここは天下の往来だ。荒ごとになれば国の兵士が駆けつけてきてくれる。
こちらには国家冒険者のキャロルもいるのだ。そうそうに酷いことにはならないはず。
いざとなれば魔法で牽制する。セリアと視線で意思の疎通をはかり、相手の行動を予測していると……。
「キャロル様、サーニャ様が戻るようにと御命令です」
「へっ?」
獣人たちの狙いはキャロルだったようで、彼女は険しい表情を浮かべるのだった。
★
「それで、キャロルが急遽実家に帰ったわ」
エレオノーラさんとの話し合いが終わり、宿に戻るとキャロルがいなかった。
その点について説明を求めたところ、キャロルは実家の人間に連れて行かれてしまったのだという。
「……そうか、仕方ないな」
道中「実家に立ち寄らないのか?」と確認した際「怒られる」と言っていた。
きっと今頃、家族に説教されているのだと想像する。
「それで、クラウスの方は進展はあったの?」
状況報告を終えると、メリッサはこちらの様子を聞いてきた。
「それなんだけど……」
俺は苦い表情を作るとセリアを見ると事情を説明する。
「どうして仕事ばかりいれるんですか?」
俺がエレオノーラさんの仕事を手伝うと説明すると、セリアは一言目にそう言って俺を睨む。
彼女が怒っているのは俺がサイラスの厄介ごとを引き受けてしまったからだ。
「クラウスは貴族なんだから、どうしたってプライベートとは切り離せないものよ」
セリアの味方に回るわけではなくメリッサがこちらのフォローをしてくれる。彼女も貴族なので俺の悩みをわかってくれるのだろう。
「でも、せっかくの旅行なのにろくに兄さんと一緒に観光ができないじゃないですかっ!」
メリッサに当たるのはお門違いなのだが、それだけ腹に据えかねているということなのだろう。セリアは彼女に言い返した。
「私はただっ! 兄さんと旅行がしたかっただけなんですっ! どこに行くかも大事ですが、それ以上に兄さんが一緒じゃないと意味がないんです!」
セリアが叫ぶと俺たちは黙りこむ。妹に悲しい思いをさせてしまい胸が痛む。
「確かにセリアの気持ちはよくわかるわ。私も幼いころは御父様の仕事が入って予定が台無しになって泣いたの覚えてるし」
メリッサはそういうとセリアの頭を撫でた。
「私はそんなに幼くありませんっ!」
子ども扱いされ、セリアは頬を膨らませる。昔からこう言う時の仕草は変わらないのだな。
「とにかく、クラウスが貴族である以上彼の予定に制限をかけるなんてのは無理な話よ」
それでも、メリッサは根気強くセリアを説得してくれる。不甲斐ない話だが、今俺から声を掛けるよりも彼女が説き伏せてくれた方がセリアも納得しやすいだろう。
「でも……それじゃあ、私は兄さんとの観光を諦めろというのですか?」
瞳を潤ませメリッサに気持ちを吐露すると、メリッサはチラリとこちらを見て笑った。
「視野が狭いわよ、セリア。魔導師は常に冷静で目的を達成するためには視点を変えろってね」
その言葉に首を傾げる俺。
「クラウスが仕事で付き合えないなら、私たちがクラウスに付いていけばいいじゃない」
ウインクをして見せた。
「あっ……そっか」
セリアは天啓を受けたとばかりに口元に手を当て呟く。
「これは仕事なんだぞ? セリアも『あっ、そっか』じゃない」
どこの世界に家族連れて仕事に行く人間がいるのだろうか?
「でも、兄さんはフェニちゃんたちを狩りや仕事に連れていくじゃないですか!」
俺がそのことを指摘すると、セリアは反論してきた。
「それとこれとは別だ!」
「それとも、兄さんは同じ家族でもフェニちゃんと私で差をつけるんですか?」
瞳を潤ませ俺を睨む。目を逸らせば負けとばかりに気合を入れている。
「そうは言っていない。だけど、危険な場所かもしれないんだぞ?」
「話に聞く限り、自然災害への対処でしょ? 災害地を遠くから見る分には危険も少なそうだし、何より私やセリアは魔導師。いた方が役にたつわよ?」
「ぐっ!」
確かに、メリッサは王立アカデミー首席だし、セリアはまだ編入直後で結果こそ出ていないが優秀なのは間違いない。
希少な魔法の使い手が二人いるといないでは問題解決の確率が全然違うだろう。
「そっちこそ、いいのかよ?」
元々二人で立てていた観光予定が駄目になるのだ。あれだけ楽しみにしていたというのにそれでいいのか確認する。
「サイラスにある研究施設なんて何度も見てるもの。こういう生の問題の方が経験になるでしょ?」
将来、自分たちが宮廷魔導師になった際の蓄積になる。メリッサはそう言った。
「兄さん!」
ここまでくると彼女が折れることはないだろう。
「はぁ、わかった。手伝ってくれ」
俺はセリアとメリッサに応援を頼むことにした。




