第221話 トリリアン地域の水害
以前国際会議で話したので、彼女とは友好的な関係を結べている。
「ネージュ様はいないの?」
彼女は真っ先に神竜であるネージュのことを聞いてきた。
「ええ、国の守護竜ですから。ステシアにいますよ」
ドラゴン信仰の象徴ということもあるので、連れてきたら大騒ぎになっていたに違いない。もっとも、ネージュならいつものようにあざと可愛い愛嬌を振りまいて人気者になっていた気もするが……。
先程のエルフの少女が入室し、お茶とお菓子を新しい物にかえて出ていく。それを見送った後俺は彼女に質問した。
「お忙しい中訪ねてしまったのではないでしょうか?」
部屋に通されてから小一時間程が経っている。最初にお茶を出されて以来、誰も姿を見せなかったのでバタついた時に来てしまったのではないかと不安になった。
「……ええ、まあ。ちょうど会議中だったからね」
なんとも歯切れの悪い返事をする。どうやら会議で何かあったらしいのだが、他国の問題に首を突っ込むわけにもいかずこれ以上聞くのを遠慮しておくことにした。
「それにしても……うーん?」
「どうかしましたか?」
エレオノーラさんが眉根を寄せダキーニを見たのでドキッとする。
「何か視界が霞むというか……疲れてるのかしら?」
目を凝らし、ダキーニを見ようとするが苦労しているようだ。
ダキーニ曰く、自分を見ることができる者は限られているらしく、それを信じるならエレオノーラさんにはその素養があるようだ。
姿が見えないだろうとたかを括っていたので連れてきたのだが、ここで騒ぎになると後々面倒だ。
『ムッ?』
見られていることを察したダキーニはその場から起き上がると彼女の後ろへと回り込む。
『我を見ようとするとは、なかなか見どころがあるようだな?』
鼻を引くつかせ、エレオノーラさんの臭いを嗅ぐと、彼女の横で寛ぎ始める。
「何やら奇妙な気配を感じたのだけど……? 精霊の悪戯かしら?」
エレオノーラさんは釈然としない表情を浮かべる。
「そういえば、エルフは精霊を信仰しているのでしたね」
俺は話題を変えることにする。
「そうね、この世界の自然現象のすべては精霊の手によるものと伝わっているの。今は使い手もいないけど、昔は精霊を使役して災害を食い止めた偉人だっていたんだから」
エルフやドワーフは精霊を、獣人は部族ごとに信仰が異なるが主にドラゴンを信仰しているのだという。
どちらも実在しているが滅多に見られるものではないらしく、両方を手元に置いている俺はよほど特殊なケースなのだと言える。
「それで、紹介状の件についてなのですが……」
俺は早速来訪の目的を告げる。
「ダンジョンで入手した魔導具に引き寄せの魔法『アポーツ』を付与して欲しいということね?」
俺は頷くと、彼女の答えを待った。
「ルミナス男爵はいくつものSSランクのアイテムをダンジョンから入手しているものね。紛失や盗難には気を使う必要があるわ」
彼女は俺の事情を理解すると肯定的な言葉を口にした。
「やっていただきたい魔導具は二つ。可能なら三つになります。支払いに関しては現金でお願いしたいと考えております」
以前、サイラスにはダンジョン産の財宝を買い上げてもらっている。そこから支払いに充てるので満足していただけるだろう。そう考えていたのだが……。
「その話だけど、すぐにというわけにはいかないの」
ところが、彼女は悩ましそうな表情を浮かべると溜息を吐いた。
「金銭面での条件なら支払いは問題ありませんよ?」
せっかくの旅行ということもあってか、早急に条件を纏めてしまいたい。金を多く支払うことで済むなら譲歩するつもりだ。
「そこについてもそうなんだけど……」
ハッキリと口にする性格なだけに、エレオノーラさんが悩む姿というのは想像していなかった。何が問題なのだろうか?
「私としてもルミナス男爵の依頼は最優先でやりたいのだけど、今は人が足りないのよ」
彼女は苦い表情を浮かべるとそう漏らした。
「事情を聞かせてもらっていいですか?」
「ルミナス男爵は、どのルートを通ってサイリーンにきたのかしら?」
俺は立ち寄ったいくつかの街の名前をあげる。
「なるほど、旧街道の方ね……それなら見てないわけか?」
彼女は地図を取り出すと机に広げる。
「ここに三つ又に分かれる河川があるでしょ?」
「ええ、確かに」
場所はサイリーンから数日離れたところか?
「実は先日からトリリアン地域で水害が発生して水が溢れているのよ」
彼女はその三又の河川南部を指で丸く描くとそう言った。ここがトリリアン地域なのだろう。
「それは……大変ですね?」
自然災害が多いと聞いてはいたが、どうして急にこのような話を始めたのかまだ繋がらない。
「ここのところ、治水も問題なく、ここら一体では農作物を育てていたんだけど、一部が水没して兎人族は集落から避難したわ」
説明を聞くと、どうやらトリリアン地域を収めているのは兎人族らしく、今は集落を追われ避難している最中なのだという。
「今回はまだ少ない被害しか出ていないけど、次に雨が降ったら被害が拡大するの。そうなる前に対策を打たないといけないのよ」
事態が逼迫していることは理解できた。先程までしていた会議の内容はこのことだったのだろう。
「そんな時に無理な用件を頼んでしまい申し訳ありません」
あらかじめ手紙を出していたとはいえ、念のためもう一度出しておくべきだったと自分の失敗を反省する。
ところが、エレオノーラさんの心象はそれ程悪くない様子で……。
「いいのよ。ルミナス男爵はサイラスにとって最重要人物だからね」
エルフ族にとって最大手の取引相手となるので、無下にできない事情もあるのだろう。彼女は手をパタパタと振ってみせた。
「だけど、今回の水害に対してエルフ主導で調査を行うことになってしまったの。ここで貴方の依頼を優先すると、各代表から何を言われるかわからないわ」
「なるほど……」
そういった事情であれば仕方ない。その案件が片付いたころにまた訪問して打ち合わせをするべきだと考えるのだが……。
『ふむ、あの辺の湿地帯が氾濫? 妙だな?』
先程まで大人しくしていたダキーニがその話に興味を持ち始めた。
『あそこは川の流れも激しくなく、地盤もしっかりしているので簡単に水が溢れるような場所ではないはずだが……?』
険しい顔をしてそう告げるダキーニ。
『クラウスよ。その案件引き受けろ』
(いきなり何を言う?)
心で念じても従魔ではないダキーニに通じることはない。だが、俺の言いたいことがわかったのか続きを話した。
『原因はいくつか考えつくが、直接見ておかなければならない気がする。それに問題が解決すればお主の目的も達成できるのであろう?』
(まあ、確かに)
このまま黙っているよりは、そっちの方が早いのは確かだ。
「エレオノーラ様」
「ん、なぁに?」
俺が結論つけると、彼女は黒い四角いお菓子を切り口に運んでいた。ああやって食べるのかと参考にする。
「その件、俺にお任せいただけませんか?」
「んぐっ!」
俺が切りだすと、彼女は喉を詰まらせると慌ててお茶を飲むのだった。




