第219話 サイリーン長老会議
「それじゃあ、兄さん。私たちは研究施設や工房を見学してきますので」
「メリッサ。セリアとキャロルをよろしく頼む」
サイリーンに到着した翌日。俺は彼女たちと別行動をとる予定になっていた。
サイリーンの施設を見て回る予約をしている三人に対し、俺は国の重要人物に親書を届ける役割を与えられている。
『これでようやく我と話ができるようになったな』
三人がいなくなるなりダキーニが嬉しそうに話し掛けてくる。ダキーニの声は俺にしか聞こえないので皆と一緒の時は無視していた。
『それで、お主はどこに行くつもりなのだ?』
頭によじ登ったダキーニは頭上から声を掛けてくる。ダキーニのお腹がほんのりと暖かかく、心地よさが伝わってくる。
「サイリーン長老会議堂だな」
国の最高決定機関、それが俺の訪問先だった。
★
サイラス王国は亜人族と人族の混成国家だ。
サイラスには広大な森林が広がっており、そこには様々な種族が暮らしている。
エルフ族・ドワーフ族・猫人族・狼人族・虎人族・兎人族の六種族に加え人族の王家が加わり七名の代表にて国家が運営されている。
他にも獣人族は存在しているのだが、サイラスが王国を立ち上げた際に最初に協力したのがこの六種族で、以来サイラスの代表といえばこの七種族を示すようになった。
各部族の長はサイリーンに住居を構えており、日々長老会議にて様々な国の問題について協議しあっている。
「さて、次の議題はトリリアン地域で起きた水害についてじゃが……」
進行役は人族代表のアスラーが務める。彼は最近起きた自然災害について触れると難色を示した。
「近年、安定していたはずの地域だが最近になり河川から水が溢れ出し、水害をもたらしている」
トリリアン地域は三又に川が分かれる分岐の間にある場所だ。
雨季でもないのに河川から水が溢れるということはどこかが地形が崩れた可能性がある。場所を特定して修復するとなると費用が掛かる。ましてや現在のサイラスは人手不足。
「別にいいんじゃねえか? 今は手をつけなくてもよぉ?」
虎人族代表のハジンはアゴを撫でながら言った。
「そ、そんなっ! 我々兎人族の集落が巻き込まれたのですぞ!」
兎人族代表のコニーがハジンに食ってかかる。兎人族の集落はトリリアン地域の真ん中にあった。
「いきなり河川が氾濫したせいで、兎人族はろくに物も持たずに逃げだすしかなかったんです!」
コニーは苦い表情を浮かべ、自分たちがいかに困難な状況であるかを語る。
「確か今は、猫人族の集落に身を寄せているのだったかのう?」
ドワーフ族代表のマゴットは兎人族の現状を確認した。
「そもそもの話、兎人族はサイラスに対して特に何か役立っているわけじゃねえだろ?」
そのことを受けて、ハジンは兎人族が足手纏いだという事実を突きつけた。
「元々人数も少ないし、被害を受けたからってそっちに人を割く必要はないだろ? 水もその内引くだろうし」
慌ててことに当たらずとも、夏になれば水も引く。そこから対策を取ればいいというのがハジンの言い分だった。
「そんな……」
被害にあった兎人族のことなど考えないハジンの言葉にコニーは言葉を失うと、皆に視線を向ける。
だが、他の代表は難しい表情を浮かべると黙り込む。
「どちらにせよ、我らの仕事ではないが、協力できることがあればしよう」
沈黙の中そんな声が聞こえる。発言をしたのは狼人族代表のガンプだ。
「せいぜい、調査するエルフの護衛くらいだがな」
狼人族・虎人族・猫人族は狩りに特化した種族だ。
その身軽さとよく聞こえる耳を生かし狩りをして、時にダンジョンに潜り様々な素材を収集してくる。
この三種族は戦闘に特化しているが、魔法を扱える者はいないので、調査を頼んだところで原因の特定や修復作業も不可能だろう。
「ちょっと待ちなさい!」
ガンプの発言にこれまで黙っていた女性が声を上げる。
「どうして、エルフ族がやることになっているのよ!」
エルフ族代表のエレオノーラだ。彼女は冗談ではないと捲し立てる。
「私たちは今、総出でグランツに輸出する魔導具を作成しているのよ! 人なんて出せるわけないでしょうが!」
四国会議で大型の取引が成立しており、クラウスから触媒を買ったエルフ族は里の全員で付与をしている。調査に向かわせる人など余っているはずもなかった。
「しかし、こういった調査に関してはエルフ族が適任であろう?」
ガンプは至極当然とばかりにそう告げる。彼女たちは魔法を扱うことができるので、様々な事態に対して解決しやすい。
「人手が足りないのは魔導具作りなどにうつつを抜かしているからだろ? 本来の仕事を蔑ろにしてまでするべきことではないはず」
ハジンが嫌味を言う。狩りで国に貢献している自負がある虎人族にとって、里に篭り魔導具なんかで懐を豊かにしているエルフに思うところがあり、嫌がらせの一つもしたくなるのだ。
「それを言うのならドワーフ族はどうなのよ?」
エレオノーラはマゴットを指差した。
「確かに、我々ドワーフもグランツから仕入れた鉱石の精錬や武具の加工で忙しい」
国際会議で話が纏まり潤っているのはエルフ族だけではない。ドワーフ族にもそれなりの恩恵がある。マゴットはあっさりそれを認めるのだが……。
「とはいえ、ドワーフ族は水が苦手というのを知らんわけでもあるまい? 我々カナヅチを水害の地域に送り込む意味はあるのかね?」
ドワーフは背が低く力が強い。どちらかというと鉱山などで活躍する種族なのだ。
「くっ……」
正論を言われ言葉を失うエレオノーラに、
「そもそもの話、こういった状況に対応してこその混成国家ではありませんかな?」
皆の意見が落ち着いたところを見計らってアスラーが口を挟んだ。
「各種族、得意・不得意がある。それを補うために我々は国となってまとまっているのですから」
国難に対して人員を出し渋るのはこれまでの政策を否定している。アスラーはそう言った。
「そ、そういえば……猫人族の意見は?」
エレオノーラはそう言って代表のサーニャを探すのだが……。
「何でも、どうしても外せない用事があるとかで欠席すると」
兎人族に好意的な猫人族がいればコニーももっと楽に話を進めることができたはず。だが、サーニャは今回の会議に参加していなかった。
現在の猫人族の集落の状況を聞くことができれば、もう少し猶予をもらえるかと思ったのだが、即行動をしなければならない雰囲気だ。エレオノーラが悩んでいると……。
「失礼致します」
エルフの少女が入室し、エレオノーラに近付くと耳打ちをする。
「そう、後程うかがうから失礼がないようにおもてなしをしておいてちょうだい」
彼女は頷くと退室していった。
「何じゃ?」
会議に水を差されたからかマゴットが不機嫌な声で聞いてきた。
「……来客があっただけよ」
こちらも重大な案件なので蔑ろにするわけにもいかない。エレオノーラは他の厄介な案件が増えたので頭が痛くなった。
それからしばらく話し合った結果、トリリアン地域の水害調査と対策はエルフ族主導でやることが決定してしまった。




