第216話 霊獣ダキーニ
「うん、サイラスの料理も美味しいな」
街から出る前に店で買った弁当を広げて食べる。
手軽に持ち運びできて美味しいので、軽食にピッタリだ。
あれから森の散策をしている間に、段々微精霊が見えるようになってきたので、今は腰を下ろしゆっくりと微精霊を観察している。
中にはこちらに近付いてくる微精霊もあり、一定の距離を保ちふよふよと周囲を漂っている。
幻想的な光景に心を奪われながら、食事を再開しようと手を伸ばすと……。
「あれ?」
少し目を離した隙に弁当がなくなっていた。
「おかしいぞ?」
何か動物に持っていかれたのかとも考えたが、流石に気配を見逃す距離ではない。
耳を澄ませると、葉が風で揺れる音に隠れるようにガサガサと音がする。俺がそちらに向かうと、白い生き物が俺の弁当を食っていた。
『はぐはぐっ』
「人の弁当を奪うとは、良い度胸だ」
俺はそう言って声を掛けるのだが、白い生き物は特に反応することなく食事を続ける。背後をとられたというのに豪胆なことだ。
「おい、何とか言ったらどうなんだ?」
流石に傷つけるわけにもいかず、追っ払おうと思い大声を出すのだが……。
『まさか、我の姿が視えるのか?』
半透明な白い虎は人間の言葉を発した。
「しゃ、喋った⁉︎」
『なんだ、わかってて話し掛けたわけではなかったのか?』
猫程の大きさをしており、太々しい表情を浮かべていた。
「一体、お前は何なんだ?」
言葉が通じるならと質問をぶつける。
『我は霊獣ダキーニだ』
ダキーニはふんぞりかえるとそう名乗った。
「霊獣だって?」
初めて聞く言葉に俺は首を傾げる。
『元々は獣だったものが精霊の力を宿し進化したのが霊獣だ。とても希少な存在で滅多にみられるものではないのだぞ?』
ダキーニは自慢げに自己の存在について説明をする。
「それで、その霊獣ここで一体何をしているんだ?」
俺の弁当を盗んだ理由にはならないからだ。
『実は、この森のいたるところに瘴気が発生しておってな、我が浄化して回っていたのだ』
「瘴気だって?」
思わぬ返答に驚かされる。
『瘴気に侵された精霊は災害を引き起こす。そうならないように事前に我が消してまわっているのだよ』
話によると、森のところどころで瘴気が発生しており、放っておくと動物や精霊が魔物化してしまい人を襲うようになるのだという。
そうならないようにダキーニは瘴気を浄化しているのだと告げる。
『何、精霊は弱い存在であるからな。邪精霊になってしまうのは本意ではないのでな』
ダキーニはペロペロと自分の右手を舐める。言ってることに対して行動が可愛らしい。
『そういう貴様は何者だ? まさか、貴様もこの森を荒らしにきたのではあるまいな?』
目つきを鋭くして俺を威圧してくるのだが、小さい虎に凄まれても怖くない。
「いや、俺は観光にきただけで、今は森の散歩をしていたところだ」
『ふむ、嘘は言っていないようだな?』
俺の顔を見てそう断言するダキーニ。
「それで、ダキーニはなぜ俺の弁当を盗んで食ってたんだ?」
俺が再度確認すると、誤魔化せないと悟ったのか、ダキーニは目を逸らした。
「美味そうな匂いがしていたのでな」
「……まあ、いいけど」
素直に答えたので勘弁してやろう。
「というか、霊獣って食事が必要なのか?」
精霊に食事が必要なのか気になり聞いてみる。
「精霊に進化したとはいえ元は獣だからな。力自体はそこらに漂っている微精霊を吸収すれば戻るが、食事の楽しみは忘れられぬ」
「つまり、食べなくても問題ないと?」
俺の問いに頷くダキーニ。
「そろそろ、戻らないといけない時間なんでもういくよ」
どうやら人に害をなす存在ではないらしい。そろそろ買い物も終わっているころだろうと考え戻ろうとしていると……。
『待て、貴様』
ダキーニが俺に鼻を近付けるとクンクンと嗅ぎ始めた。
「な、何だ?」
『貴様から良い匂いがする』
「まあ、弁当を食べてたしな」
弁当の匂いが残っているのだろう。
『いや、そこだな』
ダキーニは俺のポケットに肉球を押し付ける。俺はポケットから先程捕まえた石を取り出した。
『精霊石ではないか⁉︎』
ダキーニの反応が変わる。
「珍しいものなのか?」
『精霊石は精霊にとって希少で貴重な栄養源。これを食えば精霊力が大きく上昇するのだ!』
涎を垂らしながら顔を近付けてくるダキーニ。お腹が「ぐぅぐぅ」鳴っている。
「えーと、食うか?」
話に聞く限り、精霊にしか意味がない石らしいので欲しがるダキーニに聞いてみる。
『良いのか⁉︎』
ダキーニは俺をまじまじと見つめると目を血走らせていた。
「またそのうち飛んでいたら捕まえられると思うし」
『あまりにも素早く飛び回るので、捕えられないから希少なのだがな……』
ダキーニが懐疑的な視線を送るが、どうやら空腹には勝てなかったのか俺の手のひらにある精霊石を食べ始めた。
『うむ。実に美味である。身体中に精霊力が行き渡り力が溢れてくる』
そう言ったダキーニの身体から青白いオーラが立ち昇り、半透明だった身体がややはっきり視えるようになった。
『ここまでの施しを受けて何も返さないと言うのは霊獣の沽券にかかわる。我も同行してやろう』
「いや、別に礼はいらないんだが……」
せっかくの旅行だというのにこれ以上厄介ごとを増やしたくない。
『我はこの森を隅々まで知り尽くしている。きっと役に立つぞ』
サイラスは森林が広がる国だ。ダキーニの言葉が本当なら、迷子になった時に役立つかもしれない。
「まあ、そこまで言うなら……」
『さあ、我を抱っこするのだ』
ダキーニは俺にそう命令をしてくる。言われるままに抱っこをすると、ダキーニは俺の胸元に鼻を近付けひくひくと嗅いだ。
『臭いな』
「おろしていいか?」
あまりの言い方に俺はムッとするのだが、
『貴様からは普通の人間にはない妙な臭いがする。そのことにも興味が湧いたわ』
悪気はなかったらしくこちらの言葉もスルーされた。
『それと、精霊石を見つけたら定期的に我に与えることを許可しよう』
「そっちが目的だよな?」
満足げに俺の腕の中で寛ぐダキーニ。モフモフした毛並みの触り心地が気持ちよく案外悪くない。
俺としてもモフモフ成分が不足していたところなので、こいつを抱くと落ち着く。
「まあ、いいけどな」
図々しい同行者が加わった俺は、森を出てセリアたちの下へと帰るのだった。




