第210話 怯えるメリッサ
部屋に入り荷物を下ろすとメッセージが届いていた。
送ってきたのはオリビア王女で、今俺が請け負っている仕事の進捗に関するものだった。
内容を読み、時には彼女に代理で指示をしてもらうための指示書を作成するのに結構な時間がかかった。
「そろそろ、あいつらも風呂から上がったころかな?」
部屋に入ってから小一時間が経っており、腹が減っていることに気付く。
この宿の食事は豪勢だと聞いているので期待していると、部屋のドアが短い間隔でノックされた。
「どうした?」
ドアを開けるとメリッサが立っていた。風呂上がりで髪を結んでおらず普段と違う印象がある。雫がポタポタと溢れており髪が乾き切っていない。身体が温まったからか頬が上気しており花の香りが漂ってきた。
「ここの風呂はどうだった?」
風呂上がりのようなので、この宿の風呂の評価について聞いてみると彼女は行動に出た。
「クラウスこっちに来て!」
俺の腕を掴むとすごい勢いで部屋から引っ張り歩き出す。
「いきなりなんなんだよ?」
抵抗することなく彼女に引かれ廊下を歩く。この先には彼女たちが宿泊する部屋がある。
「そういえばキャロルとセリアは?」
てっきり一緒に風呂に入っているものと思ったのだが、見当たらず聞いてみる。
「あの二人、お風呂が長いから先に上がったのよ」
キャロルはともかく、セリアは風呂が大好きだ。
屋敷でも、風呂に入ったら一時間以上出てこないことはざらにある。
高級宿なんて滅多にこられるものでもないし堪能しているのだろう。
「だったら、何で俺を呼びに来たんだ?」
俺が聞くと彼女は恥ずかしそうに顔を逸らすとポツリとつぶやいた。
「…………のよ」
「えっ? なんだって?」
俯いているせいか彼女の声が小さくて聞こえない。
「部屋から妙な音がするのよっ!」
彼女は屈辱に頬を赤く染めると俺を睨んできた。
「ちゃんと鍵かけたんだよな?」
「当たり前でしょう!」
「ここって、最上階だよな?」
「だから何よ?」
防犯上問題なかったことを確認すると、彼女はムッと聞き返してきた。
「気のせいじゃないのか?」
高級宿のスイートルームだ。セキュリティはしっかりしているだろうし泥棒が入る余地はない。おそらく彼女の聞き間違いだろうと判断する。
「本当なのよっ! 部屋の中に誰もいないのにカタカタ音がするんだって!」
ところが、メリッサは必死に異常を訴えてきた。
「ぷっ」
「何笑ってんのよ!」
「いや、セリアのこと笑えないなと思って」
先程、俺と離れるセリアを子ども扱いしたメリッサだが、物音ひとつでこうも狼狽える姿を見ると可愛く思える。
「と、とにかく一緒に部屋に入ってよ!」
怒りよりも怯えが勝ったのか、彼女は部屋の前で懇願してきた。
「いや……流石にそれは……」
貴族の令嬢と二人きりで部屋に入るというのは外聞が良くない。ましてやメリッサは風呂上がりだ。このような状況を他の貴族に目撃されたらどのような噂を立てられるか……。
「お願い、クラウス!」
上目遣いで涙目をするメリッサに俺は溜息を吐くと、
「仕方ないな。セリアが文句を言ってきたら後でフォローしろよ?」
礼儀にうるさいセリアが後で怒る姿が思い浮かぶ。俺はメリッサから鍵を預かるとドアを開けた。
三人が泊まる部屋は広く、キングサイズのベッドが置かれている。
ソファーとテーブルの上にはティーセットと焼き菓子が置いてあり、旅の疲れを癒すようにとサービスが行き届いているのがわかる。
絨毯にはポシェットと中に入っていた化粧品が転がっているのだが、メリッサが慌てて落としたに違いない。
「どう?」
俺の背中越しにメリッサが部屋の中を覗き込んだ。
「何の音もしないな? 泥棒に荒らされた形跡もないし」
いたって普通の状態だ。もし泥棒がいたのだとしたら荷物に手をつけていないのはおかしい。
「やっぱり聞き間違いでは?」
そんなことを言っていると、懐に入れていた身分証が反応した。
「そんなわけないでしょ! 私は確かに聞いたのよ!」
誰かからメッセージがきたらしい。オリビア王女だろうか?
「また音が聞こえたら呼んでくれ」
急を要するメッセージの可能性もあるので、部屋に戻って確認しようとするのだが……。
「駄目っ! 一人にしないで……」
これまで聞いたことがないような情けない声をメリッサは出すと、俺の服を掴んできた。
普段の強気がなりひそめ、可愛らしく怯えるメリッサを見ていると……。
「あれ、兄さんどうしたんですか?」
「クラウス、遊びに来たの?」
部屋の外にセリアとキャロルが立っていた。
「メリッサさんと二人きりで何をしてたんですか?」
セリアは眉根を寄せると俺たちを観察する。そしてメリッサが俺の服を掴んでいるのをみると益々険しい表情となった。
「いや、違うのっ! これは……」
そんなセリアの迫力に驚いたのか、メリッサは俺の服から手を離すと何やら言い訳を考え始めた。
「これは?」
焦って言い訳すらできないメリッサにキャロルは首を傾げると聞き返す。
「本当に、クラウスとは何でもないんだからっ!」
その言い方はかえって誤解を招くのではないだろうか?
「兄さん……」
事実、セリアは険しい表情を浮かべると俺に向かって告げる。
「そこに正座してください」
それから、俺はセリアにたっぷりと絞られるのだった。




