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ドレスの下には短剣を  作者: こじまき
隻眼の大尉

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触れられない領域

「レオは…初めて人を殺したときどんな気分だった?」

「そうだな…一言で言うと、落ち込んだ」

「どうやって克服したの」

「克服しないうちにまた人を殺さないといけない場面に遭遇するんだ。それを繰り返しているうちに麻痺してくる」

「そっか」


先週、私は初めて人を殺した。両親と娘の家族三人が殺され、金品が奪われた強盗殺人の現場を調べているときだった。ちょうど班長もリロイもその場を離れた隙に、証拠を取り戻そうと犯人が舞い戻り襲ってきたのだ。女一人だから殺せると思ったのだろう。犯人が斬りかかってきたところを返り討ちにした。


彼を斬ってから、私はしばらく立ち尽くしていたらしい。我に帰ったときにはもう相手は虫の息で、止血もしようがなかった。班長とリロイが戻ってきたとき、私は真っ青な顔で震えながら、まだ相手の脈を診ていたそうだ。


正当防衛だから大きな問題にはならない。報告書を数枚書き、ヘクトル隊長の面談を受けて、部隊内での処理は無事に終わった。面談で何を話したかはよく覚えていないが、ヘクトル隊長は最後に「誰もが通る道だ、新人」と肩を優しく叩いてくれた。面談から帰ってきた私を迎えた班長は、「お前の判断は間違ってなかった。あとは時間と場数が解決してくれる」と言った。彼らがそう言うのなら、その通りなのだろう。けれど、あれからずっと自分に何かが付き纏っているような気持ち悪さが消えない。


斬ったときの感触は今も腕に残っている。訓練用の人形や豚を斬る感触とは全然違った。それに、何度洗ってもまだ体のどこか返り血がついている気がする。彼の死に顔と大きくなっていく血だまりの夢をもう何度も見た。「悪人を殺しても後悔などしないだろう」と想像していたし、むしろバッサバッサと悪人を倒していく騎士をかっこいいとすら思っていたのに、この後味の悪さは何だろう。


リロイは事件から数日経っても顔色の冴えない私を心配して、「一人にしてごめん。いつでも話を聞く。自分だけで抱えてはダメだ」と言ってくれた。けれど「弱い女」と見られるのが怖くて、幼馴染の彼にも相談できない。一度そう思われたら、私は「守られる存在」になってしまう。そんなことは避けたい。部隊の中で一番心を許せる存在のはずなのに、結局彼には何も言えない。


家族やリリナには、人を殺したことすら伝えていない。きっとまた大騒ぎするだろうし、心配をかけてしまう。ロベリアやアルトはきっと人を殺した経験がまだないだろう。だから、相談できるのはレオだけ。


「私のこと、弱いと思う?」

「いいや。人間として当然の反応だ」


それでも暗い顔をしている私に、レオは「どうしても辛くて耐えられないなら、異動願いを出せばいい。内勤もあるんだし」と言う。でも「それは違う」と思う。


「辛くても辞めない。私は治安部隊の現場で働き続けたい」

「なぜそこまでこだわる?ヘクトルへの憧れだけか?」

「手柄をあげるには現場にいないと」


レオが驚いた顔をするので、「女だてらに手柄を欲しがるなんておかしい?」と聞いてみると、彼は首を振った。


「女だからじゃない。手柄を欲しがるとか、出世欲があるというタイプには見えなかった」


最初はそうだった。ただただ、人のため、世の中のためになる仕事がしたかった。でも今は違う。


「出世したい。権力が欲しいの」

「権力!?ますます意外だ」

「世の中を変える力が欲しいのよ」


騎士になる前からぼんやりと私の心の中にあった思いが、治安部隊で働いているうちに輪郭を明らかにし始めている。幼い子どもやかよわい女性が巻き込まれる犯罪、外国人や同性愛者への憎悪犯罪、そんな事件を少しでも減らしたい。そして被害にあってしまった人たちの心のケアまで治安部隊で支援できたら。


「下っ端の立場でも提案はできる。ネイト班長もヘクトル隊長も、ちゃんと話を聞いてくれる人だし。でも、それだけじゃだめ。自分で組織を動かせる存在にならないと。力が必要なの。政治家とも直接交渉できるような地位まで行かなくちゃ」

「王族とも話せるような?」

「そう」


「ふふ」と堪えきれない風に笑うレオ。


「レオ、私は本気だよ。私みたいな平民出身のちんちくりんの女子がそんなことできるはずないって思うかもしれないけど…」

「いや、その逆だ。メグならできる」

「そ、そう…?ありがとう」


言葉にして口に出すことで、ますます輪郭がはっきりして確固たる思いになる。そうだ、そのために辛いことでも乗り越えないと。


「そろそろ帰らないと。話聞いてくれてありがとう。明日からまた頑張れそう」

「それなら良かった。けれど無理はするな。話したくなったら何度でも聞く。同じ話を何度してもいいから」

「ありがとう」


私と一緒に立ち上がろうとしてレオは顔を歪める。「まだ痛むんだね、脚。鎮痛剤の効き目、切れちゃった?」と聞きながら彼を支えると、レオは言葉を濁した。問い詰めると、医者は鎮痛剤を大量に処方しているそうが、全く飲んでいないという。


「信じられない!激痛でしょ!?なんでそんなことするの」


そう聞いてから、彼の目を見て「きっと戦友のためだ」と悟る。守れなかった戦友を忘れないために勲章をつけている人だ。彼らのことを忘れないため、彼らへの償いのため、薬を飲まずにわざと痛みを感じて自分に罰を与えているのだ。でも、いくら彼らの死に責任を感じているとしても、なぜそこまでするのか私には理解できない。


「レオ、亡くなった戦友たちは誰もそんなこと望んでないよ」

「俺は彼らの死に責任がある」

「どうしてそこまで?どんなに優秀な軍人でも、仲間全員を救えるわけじゃない。彼らを殺したのは敵であってあなたじゃない。そうでしょ?」

「そうかもしれないが、これは俺のためでもある」

「あなたのためになんかならない。痛みに耐えて変な歩き方してたら、身体が歪んで前線に復帰できなくなるわよ」


彼は片方の口角だけあげて目を逸らした。もう答えたくないらしい。会うたびに距離は近づいている。それでも、レオにはどうしても入り込めない領域がある。彼のことをもっと知りたい。いつか心の奥の奥まで話してくれる日がくるだろうか。

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