初めてのキス
最近、町娘たちが次々に消えている。わかっているだけで、ここ二ヶ月で十人。画家風の男が、消えた娘に「絵のモデルになってほしい」と街角で話しかけていたという目撃情報が入り、娘たちと年齢が近い私が、囮を務めることになった。隠れ家まで案内させて、複数の班で編成した特別チームが踏み込むのだ。
班長は「新人にはまだ早い」、リロイは「危険すぎる」と渋ったが、他に適当な若い女性騎士がいなかったので仕方がない。シュミール様だけは「変装用の服とメイク道具、班の予算で揃えていいよね」と楽しそうだった。
失踪した娘たちに雰囲気を寄せた、不良娘風の服装と化粧で街角に立つ。普段よりかなり胸元が開いていて足首も見える服なので、半分裸みたいに感じる。私の胸はまな板だが、シュミール様がパットを入れて魅力的な偽物の胸を作ってくれた。化粧がかなり濃くて、髪型もモリモリだ。変装を見た班のみんなは目を丸くしていた。
「メグ、ちょっと露出が多すぎない?直視できない」と、困った顔をしたのはリロイ。「僕の変装術すごいでしょ。もう演技も完璧」と、何故かヘアメイクと演技指導を完璧にこなしてくれたシュミール様は自慢げだった。この人は本当に何でもできる。「まあまあだな。腕の筋肉が気になるが」と班長。ロナルド様がまだ休暇中でよかった。この姿を見たら、「なんと!メグの胸に膨らみがあるじゃないか」とか、どれだけからかわれるかわかったもんじゃない。
「こんな格好を見たらお母様とリリナが泣くだろうな」と思いながら、筋肉はストールで隠し、いかにも暇そうに、男に声をかけてもらうのを待っている風を装う。一日目、二日目、三日目は空振り。声をかけてきた男は何人かいたが、ただのナンパで犯人ではなかった。散れ、スケベ男ども!そして四日目。
「お嬢さん、綺麗だね。私の絵のモデルになってくれないかな」
きた、こいつだ。若い画家風の男。髪の色も目撃証言とあう。意外にハンサムだが、堅気ではない雰囲気が伝わってくる。
「私が、絵のモデル?」
「そうだよ。君がキャンバスの前に立ってくれたら、きっといい絵が描けると思う。君は僕のミューズになる人だって、一目見てわかったよ」
反吐が出そうなセリフ。眉間にしわが寄りそうになるのを堪えながら、「嬉しいわ」と、シュミール様に教えてもらったとおりにしなを作って見せる。というかシュミール様って、本当に男性なのかな。演技指導の時、私より色っぽかったんだけど。
「少し歩いたところに、僕のアトリエがあるんだ。案内するよ」
差し出された男の左腕に右手を絡めて、「どんな絵を描いてるの?まさかヌードじゃないでしょうね」なんて聞きながら歩きだし、通りに潜んでいる班長やリロイにさりげなく目をやる。隠れ家に行くよ。
「今日はヌードじゃないよ。でも君が承知してくれるなら、いつかぜひ描きたいな」
描かせるわけないだろ!というか胸元を覗き込むな!これはほぼ偽物だぞ!と殴りつけたくなるのを我慢して「嫌だぁ」とケラケラ笑ってみせる。と、その時。
「メグ…?」
前方にレオ。なんでこんな時にレオ。ああ、そうだ今日は火曜日だった。嘘でしょ、嘘でしょ、どうしよう。レオの口から「治安部隊」とか「騎士」という言葉が出たらお終いだ。班長やリロイはこの状況を見ているはずだが、遠すぎて何もできない。察して、レオ。今は仕事中です。レオは私の心の内を知ってか知らずか、少し足を痛そうにしながら早足で近づいてくる。
「あの軍人、知り合い?」と男に聞かれ、「まあ…」と誤魔化そうとしたとき、「その男は誰だ、今日は…」とレオが口を開いた。
だめ!喋らないで!思わず私はレオに駆け寄って顔を手で挟み、キスで口を塞ぐ。パッと顔を離して、呆気に取られた彼がよろけるのを慌てて支える。
「大尉、その節はどうも。またいつでもお相手しますわ。でも今日はこのハンサムな画家様に、私の絵を描いていただく先約がありますの。ではご機嫌よう」
早口でまくし立てて、赤い顔で呆然としているレオを路上に放置し、「ハンサムさん、行きましょ」と男を急かす。
「あの大尉は?」
「前に一度相手をしたお客さん」
「ふうん。で、君の名前はメグ?」
「それは仕事専用の名前よ」
「あの大尉は君の本名も知らないのか。哀れだな」
「哀れ?どうして?」
「だってあいつ、どう見ても君に惚れてるじゃないか」
「え…?」
「お堅そうな軍人が商売女に本気になるとはね」と楽しそうな彼に、何とか「そうかしら」と返したところで「ここだよ」と男は立ち止まった。古い建物の扉を開けると、中には窓もなくイーゼルやキャンバスもなくて、アトリエではありえない。
「騙したのね」
「騙される馬鹿が悪い。でも悪い話じゃないぞ。男の相手をするのが得意なお前にお似合いの仕事を斡旋してやるんだよ」
後ろから首に短刀を当てられるが、相手は隙だらけ。躊躇せずに男の手首をつかんでねじりあげ、みぞおちに一発食わらせる。ふくらはぎに装着しておいた短刀を彼の首に当てて動きを封じる。
「女の子たちはどこ。もうすぐここに治安部隊が突入する。怪我したくなければ素直に女の子たちのところへ案内なさい」
「女のくせに」
「関係ないのよ」
抵抗しようとする男の急所を蹴り上げる。
「次はヒールで踏んでやる。それとも刺してやろうか。早く案内しろ!」
通路の奥に隠し扉。年かさの男が番をしていたが、首に短刀を当てられた仲間と、その後ろから迫ってくる治安部隊に恐れをなして、大人しく鍵を渡した。扉から繋がる地下室に女の子たちが囚われていた。その数は十五人。把握していたよりも多い。衰弱している子もいるが、全員生きていて、ホッとする。班長が犯人を問いただすと、近いうちに女の子たちをまとめて買いに来る客がいるらしい。くそったれどもめ。聞き出した取引日時に人気のない郊外で張り込み、買い手も逮捕して事件は一件落着した。




