二回目のキス
「レオに遭遇した時はどうなるかと思った」
「すまなかった。仕事だと…とっさに思いつかなくて」
今日は歩行訓練を兼ねて街を歩きたいというレオに付き合っている。相変わらず鎮痛剤は拒否だが、松葉杖なしで歩く練習を始めたらしい。彼が差し出した左腕に自分の右手を絡めて、さりげなく支えるようにして並んで歩く。
「私が好き好んであんな格好するわけないでしょ」
「でも意外に似合ってたぞ」
「やめてよ。二度と着たくない。胸も足もスースーして、男たちに変な目で見られて、気持ち悪いったら。シュミール様がパッド入れすぎるから胸が痛いし」
「男があの服をメグに着せたのか!?」
「あ、着たのは自分で着たんだよ。服を準備してくれたのはシュミール様」
「そうか…」
でも、あの家にいた女の子たちも、望んであんな格好をしているわけではないと言っていた。男の相手をして稼いだお金で弟や妹を養っている子も、親に暴力を振るわれて逃げてきて街角に立つしかないという子も、親から命じられてあんな格好をしている子もいた。優しい両親のもとで何の不自由もなく育ってきた私には、少し前までは想像もできなかった世界。
扇情的な格好をして街角に立っているのが悪いと批判するのは簡単だ。でも、彼女たちが何故そうしているのか、何故そうしないといけないのか理解しないと、これからもああいった被害に遭う娘はいなくならない。
「何考えてる」
「女の子たちのこと。彼女たちがああやって街角に立たなくていいように、何かしてあげられないかって。でもそのためには」
「権力がいる、か」
「そう」
立ち止まってしばらく考えたレオは、「もしも治安部隊で出世するよりも大きな権力を持てるなら、騎士を辞めるか」と聞く。
「そりゃまあ、辞めるかも…だけど、そんなことってあり得る?私は平民だし、女だし、貴族出身の男性騎士にも負けないくらいの手柄を挙げて出世する意外に道はないと思うんだけど」
「普通はそうだが、特別な道もある」
「どんな道?」
レオはクスリと笑って、「ネズミのメグだけが通れる抜け道だよ」と言う。
「何それ?からかってるでしょ。真面目に聞いて損した」
「俺は真面目だよ。今は何も具体的なことは言えないが」
「あっそ。完全に聞く気失せた」
「それで、他に俺に言うことはないのか」とレオが顔を近づけて、私の唇に親指をあててなぞる。一気に体温が上がってくる。
そう、キスのこと。言わなくてはいけないと思いつつ、忘れてくれていたらいいなとも思っていた。忘れるはずはない、か。
「あの…あれはほんとごめんね。とにかく黙って欲しくて。騎士とか治安部隊とか言われたら終わりだと思って」
「それだけか?」
「その…とにかく必死で。女の子たちの命がかかってたから。レオが怒るのは当然なんだけど、でもあのときはあれしか思いつかなくて、それで…」
「怒ってない」と私の言葉を遮って、レオはもっと顔を近づけてくる。「でもムードも何もなかったな」と言いながら、彼の右目は私の唇を見つめる。「綺麗な目」と思っていると、彼と目が合う。「レオが私に惚れている」というあの犯人の言葉を思い出す。彼がほんの少し唇を開いて、私は顎を少しだけ上げる。
レオの顔がゆっくり近づいてきて、私は目を閉じる。唇と唇がそっと触れる。
最初は優しく軽く。どんどん激しく深くなっていく。吐息が漏れる。
「ん…」
「メグ、そんな声出されたら止められない」
「止めないで」
こんな街中なのに、止められない。私は少し背伸びをして彼のキスを受け入れ続けた。
「このまま連れて帰りたい」というレオの言葉に、「それはだめ」と私は苦笑する。でもレオの家は見てみたい。
「ねえ、そろそろどこに住んでるのか教えてよ」
「メグは行ったことがあるはず」
「どっかのお店の息子とか?レオは貴族だと思ってたのに」
レオは肯定も否定もしない。また片側の口角だけあげる。
「あ、それか事件絡みで尋ねたお屋敷?ねえ、そうでしょ。レオは絶対平民じゃないもん。オーラが違う」
「もうすぐわかる」とだけ言って、レオは答えをくれない。代わりに私の目を見つめてこう言う。
「愛してる、メグ。正直でひたむきで、今まで出会ったどんな女性とも違う」
「何か答えを」と言われて、何とか「私も愛してる」とだけ声を絞り出す。
「家族の了解を得たら、メグのこと迎えにいく。少し時間がかかるかもしれないが、待っていてくれ」
「わかった」
家に帰ってレオのことを告げると、家族は頭を抱えた。
「ああ、メグ…騎士になったと思ったら今度は素性もわからない男のことが好きだなんて」
「"迎えに行く"というのは結婚するという意味だろ?妹よ、どうかしてるぞ」
「その人は、本当に陸軍の大尉なの?」
「みんな、彼に会えばわかるわ。レオは責任感が強くて勇敢で私を導いてくれる素晴らしい人よ。家名や本名を教えてくれないのには、複雑なわけがあるはず。何より、私は彼を本当に愛してるの。彼も愛してくれてる」




