おしゃべりな近衛
「アルト、会えて嬉しいわ」というロベリアの声が弾んでいる。今まで考えたこともなかったけど、ロベリアはアルトのことが好きなのだろうか。人の表情や声に敏感になったのは、仕事のせいだ。でも一番雄弁なのは顔や声ではなくて脚。さりげなく、ロベリアの脚がアルトの方に向いているか確認しようとして、今日は私たちはドレスだから無理だったと気づく。
近況報告会にやってきたアルトは、ロベリアではなく私の隣に座った。「ロベリアの隣に座りなさいよ」と目で促すけど通じない。鈍感な男め。ロベリア、この男のどこがいいっていうの。家柄や見た目はいいし剣の腕も立つけれど、嫌味ばかりで鈍感じゃない。
「ドレスして化粧すると二人とも見違えるな」
「どうも」
「ありがとう!新しいドレスなの。今年流行の薔薇柄」
珍しいアルトの褒め言葉に素っ気なく答えた私だが、ロベリアは褒められてとても嬉しそうに、薔薇が散りばめられたドレスに目をやる。華やかで勝気な彼女によく似合う、明るい色合いと柄のドレスだ。脚は確認できなかったけど、彼女の態度を見て、私はますます自分の考えに確信を深めてニヤリとする。
と、「メグのドレスにもほら、胸のところにさりげなく薔薇がついてる。髪飾りも薔薇だし」と話しかけられて考えを邪魔される。
「あ、ほんとだ」
「やだ、メグは知らずに着てたの?」
「仕事着以外はメイドのリリナに任せてて、言われるがままに着るだけだもん。休めない時もあるから、こんな外出用は週一着るか着ないかだし」
「治安部隊は大変ね」
「治安部隊が大変っていうより、うちの班だけ担当事件がつめつめな気がする。班長が恐妻家のくせにワーカホリックで、部下にも同じワーカホリック度を要求してくるから。配属当初の暇な日々が懐かしいわ」
しかし、手柄を挙げるには最適な班であることは間違いない。
「諜報部は忙しい部署でも週一日ちゃんと休めるわよ。近衛はどうなの」とロベリアがアルトに振ると「基本はシフトできっちり休めるが、俺たち第二王子付きは最近慌ただしい」と言う。
「なぜ?」
「ここだけの話、ついにリヒトール殿下がヴァレオ殿下に王太子の座を譲られることになった」
「まあ!」
「声が大きい」とアルトに注意され、私たちは周りを見回して額がくっつきそうな距離で囁きあう。
「前々から王太子殿下はヴァレオ殿下に打診しておられたんだ。”お前は私を早死にさせたいのか。どうか私の命を守ると思って交代を承知してくれ”とな」
「まあ、かなり激しいお言葉ね。リヒトール殿下のご病状がそこまでだとは」
「ヴァレオ殿下は王太子としての教育を受けていないこと、軍人として任務を全うしたいといった理由で、なかなか首を縦にお振りにならなかったんだが」
「なんでまた急に交代を了承されたのかしら」
「さあ…リヒトール殿下の御病状が少しずつ悪化しているのを、さすがに見かねたんじゃないかな」
ヴァレオ殿下が王太子になることが決まったので、第二王子付きは警備の増員やなんかでかなり忙しいのだそうだ。
「我らがヴァレオ殿下が立太子されるのは、大変誇らしい。ただ問題は…ヴァレオ殿下の婚約者問題だよ」
「確か、何年か前に破談になったままだったわね」とロベリア。王族貴族の恋愛や婚約や結婚にあまり興味がない私と違って、ロベリアはそのあたりの事情に詳しい。さすが貴族の娘だ。
ヴァレオ殿下には幼いころに決められた婚約者がいた。まあ、王族なら当然だ。相手は確か伯爵家の長女だったか何だったか。
「リード伯爵家のローズ様よね。本当に美しい方だわ。黒い髪にグレーの瞳で、繊細さと華やかさと妖艶さが同居したような方。まさに黒薔薇よ」とロベリア。
けれどそのローズ様のお母様、叔母様、兄弟たちが相次いで心を病み、父である伯爵が「ローズにも精神病の素因があるだろう。王家に嫁ぐのにふさわしいとは思えない」と婚約の破棄を申し入れたのだった。理由が理由だけに、当然のことだと受け止められた。そのあとヴァレオ殿下が陸軍に入隊してなかなか帰城しなかったこともあって、婚約者選定作業が止まったままになっていたのだった。
「じゃあ今、ヴァレオ殿下には婚約者がいない状態なのね」と私。「そういうこと。確か…殿下は二十歳?その年齢なら妻か婚約者がいて然るべきよね」とロベリア。
「そうだ。しかし頭の痛いことに、ヴァレオ殿下が国王陛下がご提案された縁談を全て拒まれて。リストには名門のご令嬢たちがずらりと勢ぞろいしているのに」
「まあ、それは一大事ね」と、ロベリアがまた俄然興味を引かれた様子で、さらに身を乗り出す。
「なんでまた縁談を受け付けないのかしら」と私が呟くと、「もしかして男色とか?」とロベリアが楽しそうに口に出す。
「まさか!口を慎め。心に決めたご令嬢がいらっしゃるんだよ。その方との結婚を認めてもらえるよう、王家の皆様を説得中だそうだ」とアルト。
「へえ、そのお相手って誰なの?」
「それが、近衛隊の誰に聞いてもさっぱり。殿下もお相手については何もおっしゃらないし。説得に時間がかかっているところを見ると、おおかたどこかの身分の低い娘なんじゃないか。王太子が男爵令嬢に入れあげるというのが流行らしいし」
普段はルールに則った行動をされ、ご家族の意見や調和を尊重するヴァレオ殿下なのに、この件ばかりは強情なのだそうだ。「よほどそのご令嬢にご執心らしい」とアルトはため息をつく。
「特にカロライナ殿下が猛反発されていてな。普段は兄殿下大好きな姫君なのに、最近は会うたびにその件でヴァレオ殿下に食ってかかってるよ。王太后様がそのたびにとりなしておられる」
「まあ、王太后様が」
現国王のお母様、王太后様。ご本人はあまり表に出たがらない方だが、外国の王族の出身で、王族らしい高貴さと、少女のような無邪気さと茶目っ気を合わせ持つ方らしい。王家メンバーのいざこざの緩衝材だそうだ。
「王太后様って、幻の存在だと思ってた」と私が言うと、「失礼な。実在しておられる」とアルトは苦笑する。
「あ、王太子交代の件、公表はまだ少し先だから、誰にも言うなよ」
「アルトちょっと口が軽すぎじゃない?よく近衛が務まるわね」
「お前たちだから話すんだよ。信頼だ」
「ほんとかしら」




