本当の姿
王太子の交代が正式に発表された。新しく王太子となったヴァレオ殿下は、ご自身が前線で身体を張って戦ってきた軍人だけあって、現場主義者らしい。王太子となってすぐに、陸軍、海軍、諜報部、各主要都市の治安部隊を自ら視察して回りはじめた。そして今日はここ、王都治安部隊にお見えになる。現場の騎士たちを労い励ますと同時に、組織の問題点については歯に衣着せぬ物言いで指摘されるそうなので、下っ端たちはワクワク、幹部たちはピリピリしながら殿下のご到着を待っている。
「ヴァレオ王太子殿下が御到着になりました!」
声が響いてフロアに緊張感が漂う。「普段どおりの様子を見たいから、集合などは不要。通常の勤務をするように」との指示だが、普段どおりになどできるわけがない。みんなそわそわと落ち着かない。一体どんな方なのだろう。何を言われるのだろう。
入口に背の高い男性が姿を現す。初めて拝見する王太子殿下。アルトに聞いていたとおり、我が国の王族らしい、金髪に紫の目。少し左脚を痛そうにしている。髪の色は違うが、見た目も歩き方もレオによく似ている。
ヴァレオ殿下がこちらに近づいてくる。見れば見るほどレオによく似ている。レオが眼帯を外して髪を金色に染めたらきっと本当にこんな感じ…
「メグの席はここなのか」
「はい。ヴァレオ王太子殿下」
直立不動で思わず答えてしまったあとで、違和感に気づく。いや違和感というより、何だか自然すぎる。今メグと呼んだし、この声も口調も慣れ親しんだものだ。殿下の顔を穴が開くほど見つめる。間違いない、彼は…
「殿下…?嘘…これは夢だよね…」
「現実だ、メグ。俺だよ」
レオ。ヴァレオ王太子殿下の愛称がレオ。レオがヴァレオ殿下。
目の前で起きていることが信じられない。私が愛したのは王太子殿下。私を迎えに来ると約束したのは、王太子殿下。
くらりと目眩がして、私は崩れ落ちた。
気付いたら医務室だった。目を覚ました私にせかせかと近づいたローマン医師が後頭部を確認し、脈をとったり目や呼吸を確認したりしてから「気分はどうだ」と聞く。私が「痛みも気分の悪さもありません」と答えると、「王太子殿下と知り合いだったとはな」と呟きながら慌ただしく出ていく。しばらくすると、ノックの後にレオ…ではなくヴァレオ殿下が入ってきた。金髪で眼帯なしの王太子殿下。これが彼の本当の姿。
軽々に身分を明かさなかったことに納得すると同時に、これまでのことに合点がいく。ライル軍曹を殺したマッケナが王宮に呼ばれてすぐ自白したのは、私から「容疑者がいる」と聞いて捜査状況を確認した殿下に問いただされたからだ。仲間の死に大きな責任を感じて、痛みに耐えて自分に罰を与えているのは、彼が兵士を戦場に送る側の人間でもあるから。そして私が権力を得るための道は…王太子妃、つまり将来の王妃になること。
ベッドの上で、また目眩がする。
「メグ、大丈夫か。驚かせて悪かった。まさか気絶するほど驚くとは。机に頭を打ちつけてたぞ」
「お気遣いありがとうございます、殿下。私は大丈夫です。あの…いけません、このようなことは」
殿下に握られた手を引っ込めようとすると、ぐいと引き戻される。
「なぜ。未来の妻なのに。それにその話し方は何だ」
「未来の妻などとお戯れを。私は平民です。身分が違いすぎます」
「急にどうした。迎えに行くと言ったとき、承知したじゃないか」
それは彼が第二王子で、しかも王太子になるなんて露ほどにも思っていなかったからの話だ。王子が護衛もなしで白昼堂々街を歩いているなんて、誰も思わない。せいぜいどこかの貴族の息子かなんかだと思っていたのに。
身分違いも甚だしい。私の実家が国内有数の貿易商なのは間違いないが、平民も平民、先祖代々由緒正しき純粋な平民のど平民なのだ。父のルーツはど田舎で、王族の血も貴族の血も、一滴たりと混じっていない。王族の結婚相手は、他国の王族か身分の高い貴族と相場が決まっている。そこらの貴族令息ならまだしも、王太子が平民の娘なんかと結婚できるはずがない。家族…王家の皆様の説得に時間がかかるはずだ。というか、説得なんて無理な話だ。
私がそう言っても、殿下は平然としている。身分が気になるなら形式上だけ名門貴族の養女になってから結婚すればいいし、そもそも自分は軍部に圧倒的に支持されているから結婚によって有力貴族の後ろ盾を得る必要はない、と。そして、王太子とその妃、国王と王妃としての教育を受けていないのは自分も同じだ、と。そう説明されて押し黙っていると、殿下が握る手に力を込めて「どうにかなる問題ばかりだ。家族も絶対に説得できる」と言う。そのとき、また医務室の扉がノックされ、近衛隊の騎士が顔を出した。
「殿下、そろそろ王宮にお戻りになりませんと。お時間が迫っています」
「わかった」
殿下は「急なことで気持ちの整理がつかないのはわかる」と、私の顔を覗き込む。紫の目は、これまでと変わらない。意志の強い、誠実で、責任感の塊のような綺麗な目。
「メグがここでずっと働き続けたいのなら、自分の気持ちを伝えるつもりはなかった。けれど、俺と結婚すればメグは欲しいものを手に入れて、やりたいことができる。しかもそれは、この国のためになることだ。考えてみてくれ」
それはその通り…かもしれない。けれど、壁が高すぎる。
「メグに会うときには髪の色を変えて眼帯をつけて変装はしてたが、心はありのままの俺だった。メグに嘘はついてないし、俺の気持ちはこれからも変わらない」
「殿下、でも…」
「聞いてくれ。俺は、メグの決心がつくまでずっと待ってる」
最後に「マーガレット・ヴィクトリア・フリン、愛してる」といって、殿下は私の額にキスをして出て行った。
けれど、私が彼の妃、王太子妃になるなど、なにをどうこねくり回してもあり得ない。涙があふれて止まらなくなり、私は消えそうな声で呟いた。
「さようなら、レオ」
それからどれくらい時間が経ったか、涙も枯れ果てたころ、リロイが医務室にやってきた。
「班長が”今日はもう帰れ”ってさ。屋敷まで送るよ」
「ありがとう」
「みんなの目に触れないように、フロアは通らず裏口から出よう。みんなメグと殿下の関係に興味津々だから」
「歩いて心を落ち着かせたい」という私に付き合って、リロイも徒歩で帰る。帰り道でリロイが話してくれたところによると、殿下は倒れた私を抱き上げて自ら医務室まで運んだ。さらに、視察の時間を延長して、私が目を覚ますのを詰所内で待っていた。「そこまでするなんて、どういう関係だろう」「まさか二人は生き別れた兄妹で、ネズミのメグは王女だったとか?」と、みんなの話題はそればかりだそうだ。
「殿下とどういう関係なのか、聞いてもいい?」
「なんて言ったらいいかわからないの。うまく説明できる気がしない。最初から話すと長くなるし」
また涙が溢れてくる。まだ私の涙は枯れてなかったみたいだ。「もう思い出したくない。彼のことはもう考えたくないの、リロイ」と声を絞り出したら、「わかった、考えなくていい。答えなくていい」とリロイの声がして、ふわりと体を包み込まれた。細身だと思っていたリロイだけれど、こうやって抱きしめられると、やっぱり男性なのだと実感する。大きくて、あったかくて、安心する。幼いころからいつも私に優しい、もう一人の兄みたいなリロイ。
「ありがとう、リロイ。少し落ち着いた。もう大丈夫だよ」
そういって体を離そうとしたけれど、リロイは離れない。
「リロイ、あの…どうしたの?」
「ずっと愛してた、メグのこと」
耳元で囁かれて、耳から熱が全身に回る。
「メグが弱ってるときにこんなこと言ってごめん。今は返事は要らない。ただ、僕はいつでもそばにいるし頼ってほしい」
リロイはようやく身体を離し、それからは屋敷まで無言で歩いて、最後に手の甲にキスをくれて詰所に戻っていった。




