シュミールの過去
「どうしたメグ!元気ないな!」とドンと背中を叩かれて、「ロナルド様!なんでもないです!元気です!」と私は嘘をつく。元気なわけがない。レオがヴァレオ殿下だったことで私の恋は終わりを告げ、かと思ったら一番近い同僚で兄みたいなリロイに「ずっと好きだった」なんて言われてしまって。班長もシュミール様も何も言わないけれど、殿下と私、私とリロイの間に何かあることは明らかに察している空気だから、職場では居心地が悪くて仕方ない。
ヴァレオ王太子殿下からは、あれから何度か連絡をいただいている。「会って話がしたい」とか「直接答えを聞きたい」とか。さすがに無視はできないので返事を出すのだが、私からの返事は毎回同じ。「もうお会いすることはできません。あのお話はなかったことにしてくださいませ」だ。昨日もまた屋敷にやってきた王宮からの使いに、いつもと同じ返事を書いて持たせたばかりで、それを思い出してまた暗い気持ちになっていたところなのだ。
「本当にお久しぶりです!」
「ああ、またよろしくな」
「カレンドラ様のご容体は」
「回復してるよ」と言いつつ、ロナルド様はため息をつく。
「元気になってきたら”あれが食べたい””あれを買ってこい”とうるさくてな。長男を妊娠してたときみたいだよ。女の我儘に付き合うのは、仕事よりよほど疲れる」
ロナルド様の表情に、私はぷっと吹き出してしまう。
「これまで仕事優先だった分の罪滅ぼしだと思えば」
「まあそうだが。しかし心から仕事が恋しくなったよ」
「休み前から報告書溜まったままですよ。その気持ちをぶつけてちゃっちゃと片づけてくださいね」
「え、代わりにやっといてくれなかったのか!?」
「やるわけないでしょ」
班長からも「自分でやれ」と言われて、ロナルド様は「くっそぉ」と言いながら書類に向かった。私はその様子を見て少しだけ元気が出る。ロナルド様の朗らかで大きな声には救われる。
「お、パーネル爺も久しぶり」
「ロナルド様、お久しぶり。お元気そうで何より」
「休みの間に爺が死んでなくてよかったよ」
「まだまだくたばれません。こう見えて、まだやるべきことがありますので」
「お喋りは終わりだ!両替商宅で死者数名」と班長から声をかけられて、ロナルド様も私も、リロイも走り出す。現場に着くと、あまりの凄惨さに久しぶりに吐き気がした。家じゅうの壁に血しぶき。父親はリビング、母親とまだ幼い長男は寝室、長女は廊下で血を流して倒れている。九歳の次女だけは、脚に傷を負っているものの命に別状はない。
「班長、これってシュミールの…」というロナルド様の言葉に、私は「?」となるが、班長は顔色を変えた。
その場で、シュミール様が、十五年前に起こった未解決の宝石商一家惨殺事件の生き残りだと教えられる。両親、長男、長女、まだ三歳だった次女までが殺された事件。シュミール様はただ一人の生き残り、当時十歳の次男だったのだ。
「あの事件の…」
「事件のことは知ってるんだな」
「私は三歳だった妹様と、兄はシュミール様と同い年で…両親には他人事には思えなかったようでして、毎年事件があった日にはお屋敷前に献花をしているので…今でも」
確かにこの現場は、シュミール様の家族を襲った事件に似ている。家族構成は多少違うけれど、一家が惨殺されて子ども一人だけが生き残る構図。どちらも裕福な家庭だったが、金品は手つかずで残っていた。どちらも凶器は鈍器。
「シュミール様には、このことを伝えますか」
「ああ、隠し事はしない。資料を見れば気づくだろうしな」
ひと通り現場を調べ終わって詰所に帰り、シュミール様に現場で見たことを説明する。
「シュミール様、大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫。生き残った子は?」
「詰所に来てもらっています。親戚が迎えに来るまで、ここで保護します」
「会えるかな」
「ええ」
シュミール様は会議室で生き残った女の子に話しかける。私はガラス越しに見ているだけだし読唇術は使えないから、どんな話をしているのかはわからない。けれど、硬かった女の子の表情が崩れ始め、保護してから初めて何か言葉を口にし、涙を流した。シュミール様は彼女が少し落ち着いてから飲み物を勧め、彼女が飲み始めたところで、私はドアから離れた。
「班長、十五年前の事件と同一犯でしょうか」
「かもしれない。それか模倣犯」
「わざと一人だけ生かしているみたいに思えますが、理由がわかりませんね」
「だな」
「同一犯にしても模倣犯にしても、十五年も間が空いてるのも気になりますね」とリロイ。
ロナルド様は他の都市の治安部隊に似たような事件がないか問い合わせる書類を準備し、リロイと私は十五年前の事件の後で牢に入り、最近出所した罪人を片っ端からあたる。
そこへ見たことがない顔をしたシュミール様が駆け寄ってきた。顔は真っ青、手も唇も震えている。
「あの子…エリカと話しててようやく思い出した。僕、犯人の顔見たんだ。封印してた記憶の底から浮かび上がってきた」
「じゃあ急いで似顔絵の準備を」
「必要ない。そいつはずっと僕のそばにいた。今もここに」
シュミール様が指さしたのは。
「パーネルさん…」
信じられない。優しいグレーの瞳のパーネルおじいちゃん。いつも郵便を私たちに届けてくれて、誰とでも仲が良くて「パーネルさん」「パーネル爺さん」と親しまれている彼が?私たちの視線に気づいて、彼がこちらを向く。シュミール様が自分を指さしているのを見て、ニヤリと笑った。あの顔は、あの表情は、私が知っているパーネルさんじゃない。
「そうだ、私だよ」
「なぜ」
「実験だよ」
凄惨な事件で家族を殺され一人だけ生き残った子どもが、どんな人間になってどんな人生を歩むのか見てみたかったのだという。そのために詰所の郵便担当になり、シュミール様をずっと近くで観察してきたのだ、と。
「十五年間、ドキドキワクワクしながら見ていたよ」
「狂ってる」
「なんとでも言え。私には必要だった、やらずにはいられなかった。それを見ずには死ねないと思ったんだよ。でもシュミール、君は立派に育ってしまった。もっと腐った人間になるかと思っていたのに。だから今度は性別を変えて、女の子で試してみることにしたんだ」
「そんな理由で僕の家族も、エリカの家族も」
「そう。彼女がどう育つか楽しみでたまらない」
私は剣を抜いた。腐ってるのはパーネル、あんただよ。人の命を奪っただけじゃない。自分も死んだほうがよかったとすら思えるくらいの傷を子どもに残して。実験だと?やらずにはいられなかっただと?私も今、あんたを切らずにいられない。わかるよね。
初めて人を殺したときの感触が一瞬蘇る。けれど、怒りがあの後悔に勝る。彼に近づこうとしたところで、シュミール様に制された。
「どうして、シュミール様!?止めないでください」
「こんなクソ野郎のためにメグの綺麗な手を汚す必要はない。ここで殺さなくてもこいつは死刑だし」
そう言ってシュミール様は優しく私の剣を鞘に戻し、パーネルは口笛で陽気なメロディーを吹きながら連れていかれた。途中でパーネルが振り返り、「私は心神耗弱でいいとこ終身刑だよ。ゆっくりエリカを見守れる」とニヤリと笑う。
「そうなったら僕がお前を殺す、必ずだ」
「楽しみだよ、シュミール」




