さようなら
「会って話がしたい」といういつものヴァレオ殿下からの手紙に、私は初めて「王宮に伺いますので日時をご指定ください」と返事をした。すぐに「火曜日の十一時」と返事が来る。いつも私たちが街のカフェで会っていた時間だと気づいて苦笑してしまう。家族には「仕事で王宮に呼ばれている」と伝えて、騎士の制服で出かける。今日は婚約とか結婚の話をしにいくのではない。王太子殿下にお願いがあっていくのだ。執務室に入ると、中に警備はいなかった。人払いしてある。
「メグ、久しぶりだな。会えて嬉しい。ようやく受けてくれる気になったのか」
「いいえ。今日はお願いがあってまいりました」
「…それで制服か。シュミールの件なら介入するつもりはないぞ」
先に結論を言われてしまって、唇をかむ。殿下の言葉通り、私はシュミール様とパーネルの件でお願いをするためにここへやってきた。先日結審した裁判で、パーネルは精神状態に問題ありとされて、死刑ではなく終身刑になった。
判決が出た瞬間、「これでシュミールとエリカをこれからも見守れるな」と万歳したそうだ。そして、裁判を傍聴していたシュミール様は、裁判所から出ていくパーネルを斬り殺した。パーネルは「シュミール、約束通りだな。君は最後に期待通り動いてくれたよ」と笑って死んでいったらしい。
「何卒、国王陛下に個別恩赦のとりなしをいただきたく。都合の良いことを申し上げていることは重々承知しておりますが…」
「断る。シュミールには同情するが、俺は個別恩赦には反対だ」
殿下の性格からして、国王陛下の一存で与えられる個別恩赦には否定的だとわかってはいたが、可能性がある限り賭けてみようと思ってここまで来たのに。ごめんなさい、シュミール様。あなたは治安部隊に必要な人なのに。やっぱりあの時私がパーネルを殺せばよかった。爪が手のひらに食い込んで血が出そうなほど拳を握りしめる。
「承知いたしました。貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございました。では私はこれで失礼いたします」
「待て」
「はい。なんでございましょう、殿下」
「まずその呼び方と敬語をやめろ。これは命令だ」
「それはできません」
ため息をつきながら殿下が私に近づいてくる。怒っている。怒っている顔もハンサムだ。初めて金髪を見たときは違和感があったけど、本来の色だからやっぱり似合っている。そんなことをぼんやり考えて、ふと気がついたら、もう唇と唇が触れそうなほど近い。息を飲んで後ずさろうとすると、彼に腕を掴まれる。
「殿下、お止めください」
「話し方を変えろ。今日は結婚の話をするために呼んだ。騎士としてじゃなく、恋人として呼んだんだ」
躊躇している間にどんどん顔が迫ってくるので、小さな声で「レオ、だめ。近すぎる」と拒否して顔を背ける。
「ようやくレオと呼んだな。俺を見ろ」
「キスしていいか?」と目で聞かれて、あの甘い感触を思い出して身震いしながら首を振る。
「なぜ。俺たちは愛し合ってるだろ。メグも俺のこと愛してるんだろ」
「そうだよ」
だから私はこんなに苦しんでいるのだ。
「なんでもっと早く、自分が王子だって言ってくれなかったの。こんなに深く愛してしまう前に言ってくれてたら、さっさと諦めたのに。こんな辛い思いをしないで済んだのに」
そうすれば今ごろは、何の憂いもなく仕事に邁進して、もしかしたらリロイの想いを受け入れていたかも。リロイが恋人や結婚相手なら、両親も兄も大歓迎だ。もし彼と結婚したなら、私も生活と仕事を両立できて、彼と仕事上の悩みも共有できて、それなり幸せに暮らせたはず。
「なんで諦める必要がある」
「言ったでしょ。私が王太子妃なんて無理だよ。今まで平民出身の王太子妃なんていなかったじゃない。王族貴族の皆様が納得するとは思えない。その証拠に、まだ王家の皆様を説得できてないんでしょ」
「誰にも祝福してもらえないんだよ、なんでわからないの。レオの馬鹿」とまで言って、王太子を馬鹿呼ばわりしてしまったと青ざめる。けれどレオは笑って首を振り、「馬鹿なのはメグだ」と言う。そう言われても、私は間違ったことは言ってない。
「できない理由ばかり並べてる。メグには無限の可能性があるのに。これまでだって、まだまだ数少ない平民出身の女性騎士として、立派に手柄を立ててきたじゃないか。この国始まって以来の平民出身の王太子妃としてやっていけないわけがない。なぜやってみようとしない。やりたいことができる力を手に入れるチャンスでもあるんだぞ」
「それとこれとはレベルが違う」
「違わない。舞台が違うだけだ」
「百歩譲ってそうだとしても、王家の皆様に認めてもらえなければ、その舞台にも上がれない」
「それなら、俺は結婚しない。メグ以外の妃を迎えるつもりはない」
「馬鹿じゃないの!?」
王太子が妃を迎えないなどあり得ない。将来の国王なのに、跡継ぎを残すことを最初から拒否するなんて正気の沙汰ではない。レオは頭がおかしくなったんじゃないか。軍隊に長くいすぎて、王族としての常識を忘れてしまったのか。
「違う。時代は変わるべきだ。古い常識にとらわれていていいはずがない。今メグは騎士の世界で"女だてらに"などといった古い常識と戦ってるだろう。同じことだ」
狂気など微塵もない目でレオは私を見つめる。彼は本気だ。
「お兄様!あのマーガレットが来てるって聞きましたわよ」とドアの外で声がする。レオがため息をつきながら「入れ」と答えると、カロライナ殿下が真っ赤な顔で入ってきた。
「あなたがお兄様を誑かしたマーガレットね?」
あまりの剣幕に「誑かしてはおりません」とも言えず、私は王女を見つめることしかできない。
「お兄様、彼女は平民ですわよ!平民が王太子妃だなんて考えられません」
「時代は変わっていくべきだよ、カロライナ。お前も彼女の資料は見ただろう。素晴らしい女性なんだ」
「優秀な騎士であることは認めます。けれど平民と貴族では歴然とした差がございます。受けてきた教育も、何もかも。文化が違います。いくら実家が裕福でも、です。彼女に王太子妃が務まるとは思えませんわ」
カロライナ殿下のお話はごもっともだ。王家と世間一般の意見を代弁してくださっている。
「ほら、本人も頷いてますわ。少なくとも身の程知らずではなさそうね」
私はレオに向き直る。
「王太子殿下。カロライナ殿下の仰る通りです。王家の皆様が認める貴族のご令嬢とご結婚なさいませ。それが殿下の…そして国民と私の幸せでございます。今後一切このお話はいたしません。カロライナ殿下の前で誓います」
「それでメグはどうするつもりだ」
「私は…わかりません。一生独身かもしれませんし、誰かと結婚するかもしれません」
レオが私を抱きしめて、髪に顔をつける。
「離したくないんだ。頼むから」
私は彼にだけ聞こえる小さな小さな声で「レオ、さようなら」と告げた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
「隻眼の大尉」終了です。
次回からは女の嫉妬がメグを襲います。
嫉妬の嵐の中、レオと結ばれるまでが第二部となる予定です。
お付き合いいただけたら嬉しいです^^




