強引なリロイ
私はレオ…殿下のことを吹っ切るために仕事に邁進した。仕事しか見ないようにして、ただひたすら。班長もロナルド様も何かあったことは察しているだろうが、なにも言わない。ただ私を見守ってくれている。それが有難いと同時に、腫れ物に触るように扱われているような気がして歯痒い。
ふっと気が抜けたら、突然涙が溢れて止まらなくなる。だからずっと気を張っているしかない。
「メグ、大丈夫?」
「大丈夫」
「嘘。ずっと思いつめた顔してる。全然休まないし、その顔はあんまり寝てないだろ?このままだと心も体も壊れる」
むしろ壊れたい。壊れてなにも感じなくなってしまいたい。そう思いながら、横に並んだリロイにちらりと目をやる。
「ありがとう、本当に大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん。ね、今日は暇だし、剣術の稽古に付き合ってくれない?」
「いいよ」
じっとしていると殿下のことを考えてしまう。まだ婚約したという話は聞かないが、きっと婚約者の選定は進んでいるだろう。別れを告げてから、彼から手紙は来ない。自分から「他の人と結婚しろ。もうこの話はしない」と彼に言ったくせに、手紙が来なくなると寂しいなんて、未練たらしくて嫌になってしまう。
殿下が私と結婚したがっていたことや、私が殿下を愛していたことは、不幸中の幸いで誰も知らないようだ。詰所内で私が倒れたときのことも、「殿下に突然話しかけられて興奮のあまり倒れてしまったネズミを殿下が放っておけなかった」「ネズミが倒れたことに殿下が責任を感じたから」と理解されているようだ。私がシュミール様の恩赦を願って王宮に出向いたことは「直訴なんて身の程知らず」とこっぴどく叱られたが、殿下の取りなしと、部隊の誰もが内心シュミール様への恩赦を願っていることもあって注意だけで済んだ。
練習場でリロイに向かって剣を振る。殿下への思いを振り切るように力一杯。けれどがむしゃらすぎて隙だらけになってしまうらしい。すぐに追い詰められる。喉元に練習用の剣を突き付けられながら「実戦だったらすぐ死んでるよ」と冷静に酷評される。
「だね」
「前の方が強かった」
「わかってる」
解放されて「もう一回」と誘うけれど、リロイは「こんな状態でいくらやっても無駄」と取り合わない。冗談めかして「けち」というと、眼鏡の奥から優しい黒い目が私を見つめる。
「腕立て伏せなら付き合うよ」
「わかった。じゃあそれで」
腕立て伏せしながらリロイが話しかけてくる。
「心配してるんだよ」
「わかってる。ありがとう」
「僕にも何も言えないの?」
「言えない。ごめん」
「そっか」
百回くらいしたところで腕立て伏せを止め、誰もいない練習場をただぼんやりと見つめていると、またリロイが口を開く。
「前に言ったこと覚えてる?メグのことずっと愛してたって」
私は頷く。あんなことを言われて、忘れられるわけがない。
「あの気持ちは今もだよ。これからもずっと変わらない」
「ごめん、リロイ。私は…」
「わかってる。愛している人がいるってこと。諦めようとしてるってことも」
ああ、リロイは全て理解している。私が彼の前であんな風に泣いてしまったからだ。
「それでも僕の気持ちは変わらない。だから結婚してほしい」
私たちの周りの時が止まって音が消える。
「本気で言ってるの?」
「本気だよ」
「だって私は…わかってるよね?」
「わかってる」
「それなのになんで」
「それでも愛してるから。メグも僕のこと好きだろ?」
「そりゃ好きだけど、でもそれは家族みたいな…」
兄みたいな幼馴染で、こっそり騎士学校の願書を届けて私が騎士になる道を拓いてくれた人で、信頼できる同僚で。彼と結婚したらどうなるか想像してみたことも、あるにはあった。彼とならきっと穏やかな家庭が築けるだろう。家族も喜ぶ。でも私が愛しているのは彼ではない。
「好きでいてくれたらいいんだ。一番近くで支え合う存在になりたい。家庭でも仕事でも」
全てわかっていて、その上で私を受け入れて、妻にしたい、家族になりたいと言ってくれているのだ。そんな有難いことがあるだろうか。今の私に、彼以上の存在は期待できないだろう。彼と結婚すれば、彼と幸せになれば、殿下のことをいつか振り切れるかもしれない。
でも今はまだ前を向けない。
「ごめん、リロイ。まだそういう気にはなれない」
「でもいつかは?」
「困らせないで。見かけによらず強引だね」
「"人を見た目だけで判断するな"。班長に叩き込まれた基本だろ」
私が思わず苦笑すると、「メグがいくら自立した女性でも、パートナーは必要だ。そばにいて励ましたり慰めたり、時には守ってくれる人が。僕がそういう存在になれたら嬉しい」とリロイは真っ直ぐ私の目を見つめる。お互い何も言わないまま見つめあっていると、ロナルド様の咳払いがして、はっと出口を見る。
「取り込み中悪いんだが、シュミールの後任が着いたぞ」
「そうだった、今日ロベリアが来るんだった!今行きます!」
シュミール様の後任として、諜報部からロベリアが異動してくることになったのだ。シュミール様みたいに似顔絵もピッキングも変装もというわけにはいかないだろうが、諜報部で情報収集と分析の実績を積んできたのだから適任だ。
「ロベリア、一緒に働けることになって本当に嬉しい」
「私もよ、メグ」
「部隊についてわからないことがあったら聞いてね」
「ありがとう」
「メグ、先輩面しすぎ」とロナルド様は笑い、「可愛い子が増えて嬉しいよ」と華やかな美人のロベリアに鼻の下を伸ばす。「ロナルド様、あんまり鼻の下伸ばしてると、カレンドラ様に密告しますよ」と私は彼の脇腹を肘でつつく。
「それは勘弁してくれ。ようやく夫婦仲が改善したのに」
そう。夫婦仲が改善して、カレンドラ様は現在第二子を妊娠中なのだ。無事生まれたら屋敷にお見舞いに行かせてもらう約束をしていて、今から楽しみだ。
ロベリアが班長に連れられて他の班の騎士にも挨拶回りに行くのを見送りながら、ロナルド様が小声で話しかけてくる。
「お前たち二人ってさ…」
「ストップ!何もないです」
「俺の勘を舐めるなよ」
「本当に何もないです。変な噂広めないでくださいよ」
「僕は広めてもらったほうがいいですけど。外堀から埋めていけるし」とリロイ。本当に見た目によらず強引だ。
「メグ、黙ってたら一ヶ月間報告書作成を代わってくれるか」
「もう!」
「じゃあ毎日コーヒー買って来てくれ」
「だーかーら!」




