錆
ロベリアはあっという間に班にも治安部隊にも馴染んでしまった。治安部隊の誰もが…というか男ども全員が、華やかで社交的な彼女に好感を持っている。彼女と一緒に昼食をとっていると、鼻の下を伸ばした他の班の騎士たちが「こんにちはロベリアさん」と寄ってくる。私のことは未だに「ネズミ」と呼ぶくせに、その態度の違いはなんだ。
いや、わかる。制服を着たら板みたいになる私と違って、制服の上からでもロベリアには欲しいところに欲しい膨らみがあるのがわかる。艶やかな青い髪にも、潤んだ水色の瞳にも色気がある。男を引き寄せる青い花だ。
「現場の騎士たちは逞しくていいわね。内勤族とは違って目の保養になる」と楽しそうにしながら、全員に愛想良く返事を返すロベリアに感心する。デートに誘われている場面も何度か目にした。アルトのことが好きだからだろう、ロベリアは全ての誘いを、相手に嫌な思いをさせないようにそつなく断る。よく面倒くさくならないものだ。
「でもロベリア、治安部隊に異動して本当によかったの?諜報部は週一必ず休めるって気に入ってたじゃない」
「そうなんだけど、ぬるま湯になってきちゃったの。より現場に近いところで働きたくて、自分から希望したのよ。ここなら、後方支援担当でも現場に出ることがあると説明されたし。そのほうが自分のためになると思って」
「そうだったの」
彼女なりに上を目指しているのだ。それを知って嬉しくなる。
「それに、ネズミちゃんの仕事ぶりも近くで見たかったし」
「やめてよ、もう」
彼女は笑ってから、少し真面目な顔になる。
「シュミール様には遠く及ばないけれど、努力するつもり」
「ロベリアは十分やってるわ。もうすぐロベリアが情報を仕入れてきた強盗団も捕まえられそうだし。最初の大きなお手柄になりそうね」
今ネイト班は、彼女が情報を集めてきた強盗集団を追っているところだ。今夜大きな宝石店に押し入るという情報があったので、他の班と合同で現行犯で取り押さえるつもりでいる。
「いよいよですね、班長」
「そうだな。一人も逃すなよ」
「もちろんです」
「気をつけてね」とロベリアに見送られて、私たちは現場に向かう。建物の影に潜んで見守っていると、ロベリアの情報通り強盗たちが現れた。彼らがドアを破り、店内に入っていくのを確認したところで、治安部隊のメンバーも灯りを持って突入した。私は店の前の通りで、逃げてくる強盗を取り押さえる役割、なのだが。
何故か私の剣が鞘から抜けない。ギシギシと何かが詰まっているような感じだ。困っているところを強盗団のひとりに切りかかられ、鞘で受け止める。なんとか防御はできるが、攻撃はできない。使い物にならない剣を捨てて警棒に持ちかえるが、警棒で致命傷を与えたり動きを封じるのは難しい。苦戦している私に気づいたリロイが外に出てきてサポートしてくれる。
「様子がおかしいから見にきた、どうした!?」
「剣が抜けないのっ!」
「ええっ!?」
「とにかくあいつをお願い!私はこっちを」
リロイのおかげで、何とか一人も逃さずに捕らえることができた。中にいた犯人たちを捉えて店から出てきた班長が「なんでお前は警棒なんだ。剣はどうした」と聞く。
「なぜか鞘から抜けなくて」
「はあ!?」
「見せてみろ」と手を差し出されて、剣を手渡す。
「確かに抜けん。錆びてるんじゃないか」
「まさか!錆だなんて」
「血をちゃんを拭かないからだ」
「使ったら毎回拭いてますし、先週装備係にも見てもらったばかりなのに」
「言い訳するな。ちゃんとやってたらこんな風にはならん」
「そんなぁ…」
「仲間のことも危険に晒すんだぞ」と睨まれ、「絶対私はちゃんとやってる」と思いながら「すみませんでした」と謝る。
事件は上首尾に解決したが、私は装備不良で始末書を書かされる羽目になった。「絶対ちゃんと手入れしてたのに」とぶつくさ言いながら書類に向かっていると、ロナルド様が「最近お前は様子がおかしかったぞ。そのせいで気が回らなかったんじゃないか」と痛いところをついてくる。確かに様子がおかしかったのは否定できない。注意力散漫だったと言われても反論しようがない。でも剣の手入れはちゃんとしていた。騎士学校時代からずっと、基本に忠実に、物は大切に、がモットーなのだ。それに、先週は何ともなかったのに、短期間で抜けなくなるほど錆びるなんて。
始末書は「私が悪うございました、大変申し訳ございませんでした」という体で書いたものの納得できない私は、装備係のユースタスさんに剣を見てもらうことにした。
「先週ユースタスさんに見てもらったばかりなのに、こんなになっちゃって」
「ひどいな」
「現場で大変な思いをして…原因が知りたくて」
「どう思いますか?」と聞くと、「血じゃなくて塩か何かの薬品だな」という。
「汗がついただけでも錆びてくる」
「でも汗でここまでなりますか?それに、今まで通りのお手入れをしてたんですよ。これまで、こんなことは一回もなかったのに」
「そうだな、確かに酷すぎる。例えば塩水につけたとか」
「いつも腰か、そうでなければ詰所内の所定の場所に置いてます。塩水に浸かるなんて、いつどうやって」
「もしかして誰かが塩水や薬品につけたか、注ぎ込むかしたのか」という疑念が湧いてきたとき、「原因はわからんが、とにかくこれはもう研いでも無理だな」と何とか剣を鞘から引き出したユースタスさんがため息をつく。
「気に入ってたのに」
「新しい剣で我慢しろ。前のより軽いし切れるぞ」
「ほれ」と渡された剣を引き抜いて眺める。真新しい相棒。
「何だか軽すぎて慣れないです。馴染むように練習しないと」
「そうだな」
練習場で人形を相手に剣を振る。軽さにもだいぶ慣れてきた。慣れてきたら、女の私にはこちらのほうがいいかもしれない。
けれど。次の出動前。念のため確認したらまた剣が錆びていた。すぐにユースタスさんに新しい剣を用意してもらってから出動したので班長にはバレずにことなきを得たが、ついこの間あったばかりなのにまた。こんな頻度で同じことが起こるなんて絶対おかしい。二度と同じことがないように気をつけて手入れしていたのに。
現場に向かいながら「またなのか?」とリロイがこっそり聞くので、小さく頷く。
「こんなの絶対おかしい」
「そうだな」
「私はちゃんとやってる」
「知ってる」




