孤独
狭くなってしまった喉に食べ物を無理やり押し込むように食事をしていると、「耐えるしかない」と向かいからレオの声がした。顔を上げてレオの紫の瞳を見つめる。優しくて悲しそうな目だ。
「危険な仕事だ。怪我したり死んだりすることもある。全員覚悟してる。メグもそうだったろ」
「そうだけど…」
「自分が命を落とすかも」という覚悟とこれとは、全然違う。治安部隊にいたときに仲間を失くしたこともあったけれど、それとも違う。
「上に立つ者がみんな通る道だよ。俺たちにも覚悟が必要なんだ。誰かを犠牲にすることへの覚悟が」
頭の片隅でわかってはいたのに、でも、そんな覚悟はしたくない。心のどこかで「一人の隊員も犠牲にせず、目標を達成出来たら」と願っていた。自分がやろうとしていることのために、自分じゃない誰かが死ぬなんて、耐えられる気がしない。
「こんなの…なんて孤独…」
「そうだ」
「戦地に軍を向かわせるとき」とレオが静かな声で話し始める。
「一人も死なないで、全員無事に帰ってくるとは思ってない。死傷者や病人が出ることは覚悟の上で送り出してる。そして実際に兵士は死ぬ」
それも、レオにとってはただの兵士じゃない。ずっと一緒に闘ってきた仲間だ。レオは、彼らがどんな風にどんな顔で死んでいくかも実際に見て知ってる。戦死の報告を聞くたび、死者の数を見るたび、自分の目の前で死んだ戦友の顔が脳裏を過ぎるはずだ。
彼らのことを忘れないために脚の痛みに耐えていたレオ。最初は「薬を拒否するなんて狂気じみてる」と思ったし、彼が王太子であることがわかったときも「それでも、正直そこまでしなくても」と思った。けれど今は、レオがそこまでしなければいけなかった理由が、私にも痛みをもって伝わってくる。
「俺が彼らを死なせてる。彼らのことを守るべき王太子の俺が」とレオの苦しそうな声。レオはこの苦しみに、ずっと一人で耐えてきたんだ。部下を動揺させられないから、表には出さずに。自分が体験して初めて、どれだけ孤独で辛いことがようやくわかった。
私はレオの席まで行って、彼の頰を両手で挟み、額と額をくっつける。
「今までどうやって耐えてきたの」
「薬はない。どうやっても失われた命は戻ってこない。ただ耐えるだけだ」
私の指が濡れて、レオが声を出さずに泣いていると気づく。彼の涙は初めて見た。
「もう耐えられなくて、俺は条約を締結したいのかもな。自己中心的なのかもしれない」
「そんなことない。平和を願う気持ちはみんな同じだよ。だからみんな協力してくれてるんでしょ」
レオの弱いところに触れて、私はどうしたらいい?どうしたい?彼を…彼の心を守りたい。
「レオ。せめて、辛いときは一緒に泣こう」
「メグ…」
「レオは一人じゃない。私がいる」
「ああ」
私は微かに震えているレオの唇にキスして、彼をぎゅっと抱きしめる。
レオは私の腕に手をやり「ひとつだけあるんだ」と言った。
「何が?」
「耐えるためにしていること」
「それは何?」
「彼らが何のために死んだのか考えること。犠牲の先にある未来を見ることだ。メグもそうしてみろ」
私は目を閉じて、未来を見る。キキョウや隊員たちの犠牲の先にある、私が目標とする未来。国を、世界を変えること。犯罪に巻き込まれる人を減らし、みんなが安心して暮らせる世の中にすること。
目を開けた私に、「メグが掲げた目標に共感しているから、キキョウも隊員たちも命を懸けた」とレオが囁く。
「起こったことは変えられない。だから、これからどうするべきかを考えるしかない。彼らのためにメグができるのは、目標を達成することだ。彼らの犠牲を無駄にしないように」
どこか私に似た、キキョウの熱意に満ちた緑の瞳を思い出す。「妃殿下が目指している社会を実現する力になれれば」という言葉も。彼女の気持ちに応えたい。
「途中でやめるなんて言うなよ」
「…うん。レオも」
「ああ」
翌週、部屋にシュミール様がやってきた。キキョウの事件の詳細を知りたくて、誰かよこしてくれと頼んでいたのだ。
「シュミール様…」
私はシュミール様をぎゅっと抱きしめた。悲しみが伝わってくる。
「とても残念です」
「僕もだよ」
「大丈夫ですか?」
「どうかな」
「無理しないでください。しばらく休んでも…今日だってシュミール様に来ていただかなくたって、他の人に頼んでよかったんですよ」
「でもキキョウの遺志を継がないとね。休んでられない。働いているほうが余計なことを考えなくて済むし」
「それに、これを読んでほしくて」とシュミール様は紙を差し出す。刺されながらもキキョウが保護した女の子からの手紙だ。
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助けてくれた騎士様
私を助け出してくれてありがとうございました。
私は今、お母さんと一緒に安全なところで暮らしています。
これからたくさん勉強して体を鍛えて、私も困っている人を助ける騎士になって、騎士様と一緒に働きたいです。
騎士様が早く元気になるように祈っています。
スノー
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「キキョウがこの手紙を読んだら、喜んだでしょうね」
「そうだね。棺に入れようかと思ったんだけど、メグが持っててくれないかな」
「私が…?」
「キキョウのことを忘れないでいてほしいんだ」と言われて、私は手紙を受け取って、大切に机の中に仕舞った。手紙がなくてもキキョウのことを忘れたりはしない自信があるけど、それでシュミール様の気が済むなら。それに、目標を見失ったり諦めそうになった時には、きっとこの手紙が助けてくれるはず。
キキョウが私と一緒に目指してくれた未来を、作ってみせる。




