私のせい
「妃殿下、専門チームに新たに配属された隊員、キキョウです」
「女性隊員が入ってくれたのね」
月次報告のついでにシュミール様が紹介してくれたのは、新人隊員のキキョウ。私の「専門チームによる巡回や取り締まりを強化したい」という意向を受けて、ヘクトル隊長とシュミール様は専門チームのメンバーを増員したのだ。キキョウのほかにも数人が新たに配属される予定。ちなみに、エトルにもエバス治安部隊の一部が駐留するための拠点を作った。
紹介されたキキョウは、緊張しつつも熱意に満ちた目で私を見つめている。紫の髪、そして私と同じ緑の目を持つ小柄な女性だ。目といい、体格といい、私に似ている気がする。
「妃殿下、彼女は自らチーム入りを志願してくれました」
「まあ、それは嬉しいわ」
悪人をバッサバッサと倒すことに憧れて治安部隊を志望する隊員が多い中で、犯罪の予防を主な仕事としているチームに志願してくれるなんて。嬉しい。
「キキョウ、どうしてこのチームを志願したの?」
「マーガレット妃殿下に憧れて志願いたしました。妃殿下が目指している社会を実現する力に…ほんの少しでもなれればと思いまして」
「まあ、ありがとう。あなたのような隊員がいてくれて、本当に心強いわ」
キキョウを見つめながら、「彼女は隊員時代の妃殿下と同じくらい熱心ですよ」とシュミール様が嬉しそうに言う。「そんな…シュミール様、ありがとうございます」とキキョウは頬を染める。二人が醸し出す雰囲気は、暖かなキラキラを纏っている。私は口元が緩むのを抑えられない。
「妃殿下に”回る家庭の数を増やすように”と指示をいただいたので、彼女は張り切って誰より多く巡回しています」
「まあ、そうなの。でもあまり無理はしないようにね。隊員の健康も大事だから」
「ネイト班は残業と休日出勤ばっかりだったわよね。よく耐えられたものだわ」とシュミール様と思い出し笑いをしてから、「活躍を期待していますよ」とキキョウを送り出す。けれど、シュミール様はまだ行かせない。「シュミールは少し残りなさい。二人きりで話を」と指示する。
「なにメグ?何か報告書に不明点でもあった?」
「シュミール様…」
私はニヤニヤしながらシュミール様に近寄って顔を覗き込む。「キキョウのこと好きでしょ」と聞くと、シュミール様は一瞬驚いた後「さすがは元ネイト班」と笑った。否定せずにあっさり認めるのが彼らしい。
「やっぱり!他の女性に対する態度とは違いますもん」
いつから?どういうところが好きなの?という私の質問に、彼はいちいち答えてくれる。全然嫌がらない。
「最初は、小さいところとか目の色がメグに似てるなって思って気になったの。それでずっと見守ってるうちに、ね」
「で?で?彼女には気持ちを伝えたんですか?」
「まだ。僕は彼女よりかなり年上だし、女性と真剣に付き合ったこともないしね」
ああ、そういえばシュミール様はいつか「結婚する気はない」と言っていたっけ。別れた恋人が何人か詰所に泣いて縋りに来ているのを見たことはあったけど、いつも「僕って惚れっぽいんだけど、すぐにダメになっちゃうんだよね」なんて軽い調子だった。
「もうちょっと時間をかけるよ」
「じゃあ今回は真剣なんですね」
「まあね」
「きっと彼女もシュミール様のこと好きですよ。シュミール様に見つめられてあんなに照れちゃって。かーわいい」
「どうかな。あ、これは反撃なんだけど」とシュミール様が私の耳に口を近づける。
「王太子殿下ご夫妻のベッドから手錠が出てきたって本当?」
「…!!」
何も答えない私に「退職するときに治安部隊の備品をくすねたんだったら、いくら妃殿下でも窃盗だよ?」とシュミール様はニヤリと笑う。
「盗んでません!あれはおもちゃです!」
「へえ…じゃあ手錠が出てきたのは本当なんだね」
顔を覆って真っ赤になる私に、シュミール様は攻撃の手を休めない。
「手錠をかけられるのはどっちなの?」
「もうやめて…」
「どっちもありだよねぇ」
「想像しないでください!」
「んふふ」
今どっちを想像した?どっちでも嫌なんだけど。答えは…言うもんか。
「シュミール、ご苦労でした。もう下がりなさい」
「かしこまりました」
「言っとくけどメグ、僕とキキョウのこと、余計なお節介しないでよ」と、およそ王太子妃に向けたものとは思えない言葉を言い残して、シュミール様は笑って出て行った。
その一週間後、キキョウは殉職した。
「キキョウが!?ヘクトル隊長、なぜ…」
「子どもを保護しようとしたとき、逆上した父親に刺されました。出血が多くて」
私は椅子に沈み込む。「残念です。優秀で熱心な隊員でしたので」という隊長の言葉が宙に浮かぶ。ショックすぎて、頭が受け入れを拒否しているみたいだ。
「シュミールはどうしていますか?」
「さすがに落ち込んで、自分を責めているようです。”もっと警戒するよう伝えればよかった”と」
シュミール様は愛する人を失った。彼女のご家族も、友達も、騎士学校の同期たちも…
誰のせいで?
巡回強化を指示したのは私だ。
「私が”回る家庭を増やせ”なんて指示したから…熱心な彼女はそのせいで疲れが溜まっていたのでは?」と呟いたら、ヘクトル隊長は即座に否定した。
「いいえ。妃殿下が自分を責める必要は全くございません。妃殿下のお考えはもっともでした。犯罪の予防のためには巡回を強化すべきでしたし、シュミールも、キキョウをはじめとする隊員たちも意義を理解しておりましたし、隊員の体調にも配慮はしておりました。悪いのはキキョウを刺殺した犯人であって、決して妃殿下ではありません」
それでも私の後ろ暗い気持ちは消えない。真っ白い床の上に血だまりが広がっていくイメージが私の頭を占領して、どんどん顔に力が入って、こわばっていくのがわかる。
「妃殿下、顔色が…大丈夫ですか?」
「ええ…ええ。報告ご苦労でした。チームの他の隊員たちのケアもお願いしますね。シュミールのことも」
「かしこまりました」
追い討ちをかけるように、そのすぐあとにエトルに駐留させていたエバス治安部隊の隊員が襲われた。二名が死亡、けが人多数。子どもの供給源を絶たれた犯罪組織の報復だった。
自分の指示に従った隊員たちが死んでいく。私のせい、私のせい、私のせい…




