悪い妃殿下
「ロナルド様、捕えたんですね?」
「ああ」
「よかった」
エトルに駐在していた治安部隊を襲った犯罪組織のメンバーを捕らえるために、ヘクトル隊長は王都治安部隊の現エースであるロナルド様をエバス治安部隊に送り込んだ。その甲斐あって、組織の幹部を捕らえることに成功したのだ。今は王都に連れてきて取り調べをしている。
私は顔の前で手を合わせて、「ようやく殉職者に報告できますね」と呟く。彼らが帰ってくるわけではないけれど、彼らにも遺族にも、せめてもの報告ができる。
「ああ、一区切りだな。ただ…」
「何ですか?」
「捕えた組織のトップが取引を要求してきてる。別の組織の情報を教えるから減刑しろ、とな。隊長も対応に苦慮してるみたいだよ」
情報は欲しいが、隊員を殺した犯人を減刑するなどあり得ない。
「取引はあり得ません」
「だよな」
「けれど情報は喉から手が出るほど欲しい」
「その通り。うまくいけば一網打尽だ。エトルの治安がぐっと良くなるはず」
「ええ」
「あ」と声に出した私に、ロナルド様が嫌そうな顔をする。
「面倒なこと言うなよ」
「私が話をしてみるのは?いい警官悪い警官の悪い方で」
「ほら、面倒」
「治安部隊時代、私はいつもいい方だったじゃないですか。でも、悪い方も自信ありますよ」
「一応隊長に聞いてみるよ」
結局、手詰まりだったヘクトル隊長は私に取り調べを許可した。
久々に治安部隊の詰所に入る。懐かしい匂い。私のホーム。隊員たちが並んで出迎えてくれる。そんなのいいのに…
「お帰りなさい、妃殿下」
「ただいま、皆さん」
「よろしくお願いいたします」
「任せてください」
ぐっと力こぶを作って見せ、取調室へ向かう。ヘクトル隊長とロナルド様と廊下を歩きながら、くぎを刺される。
「殴ったり殺したりするなよ」
「わかってますよ。私、そんなことしたことないでしょ」
「念のため」
部屋に入ると、顔にニヤニヤを浮かべた初老の男が座っていた。こいつか…子どもたちをさらって人生をめちゃめちゃにし、私の仲間たちを殺し、傷つけた奴は。
「妃殿下がお出ましとは、俺も偉くなったもんだ。取引に応じてくださるのかな?」
「あなたは偉くないし、あなたが提案した取引には応じない」
男は肩を竦める。
「つれないな。じゃあなぜここへ?」
「私からあなたに取引を提案するためよ」
「へえ、どんな取引かお伺いしたいですね」
「持っている情報を全て渡しなさい。そうすれば、あなたの家族に危害は加えない」というと、男は笑い出した。
「俺の家族に危害を加えるだって?そんなことできるわけがない」
「どうして?」
「公明正大で有名な妃殿下じゃないですか。騎士時代から、犯罪を撲滅しようと無駄な努力を続けているんでしょう。そのあなたが自ら犯罪に手を染めるなど。もし俺が告発すれば大スキャンダルだ」
「あなたは告発しない。する前に殺してやる」
「私は目的のためには手段を選ばない。大義のためには時に犠牲が必要よ」と私は男に顔を近づける。
「隊員たちも大義のために尊い命を散らした。あなたの家族にも犠牲になってもらうわ」
私は資料に目を落とす。この男の家族の一覧だ。
「まずはあなたの孫娘のアイリスからよ。今王都の学校に通っているのですってね。可哀想だけれど、あなたがエトルの子どもたちにしてきたのと同じように、アズマにいる仲買人に売り飛ばしてやるわ。言っておくけれど、彼女が恨むべきは私ではなくて、あなたよ」
「そんなこと、できるはずがない」
「いいえ、簡単よ。ここで隊員に指示すれば、すぐ動くわ。ね、ロナルド?」
「妃殿下、それはいくら何でもやりすぎでは」と心配そうにロナルド様が応じる。
「大丈夫よ。これまでもあなたとヘクトルでもみ消してくれたでしょう。私がやったこと。同じようにやればいい」
「それは…そうですが…」
男は「何をやったんだ」というような心配そうな顔をする。私はニヤリとして「リード伯爵家のローズって女、知ってる?私の実家を燃やした女なんだけど」と聞く。
「獄中で死んだ令嬢…?」
「そう。エビネが殺したことになってるけど、エビネに彼女を殺すよう指示したのは私。治安部隊に圧力をかけて、事実をもみ消したの」
「簡単だったわ」と私は笑って見せる。
「アイリスだけじゃ足りないなら、他の孫たちも…女の子は売って、男の子は殺すわ。あと、三カ月前にあなたが愛人に産ませたばかりの息子もね」
「なぜ…息子のことを…!」
「だって私は権力者だから。いくらでも調べられるわ。ねえ、言っておくけれど、私は一度決めたら躊躇わないわよ。人を殺すことには慣れてる。隊員たちも、私の命令には逆らわない」
汗を流し始めた男に、「どうする?取引にのる?」と聞く。男はコクコクと頷いた。
「よろしい」
男から情報を引き出して部屋を出ると、ロナルド様とヘクトル隊長がポンポンと肩を叩いてくれる。エバスの治安部隊に情報を持っていく隊員たちは、慌ただしく出発の準備をしている。これでエトルで活動している組織を追い込めるはずだ。
「お見事」
「えへへ。まだまだ現役でしょう?」
「というより、王太子妃だからできる圧力だよな。一騎士だったら無理。さすが権力者は違うねえ」
「ま、そうですね」
「ところで」とロナルド様が半分真剣、半分冗談のような顔で聞く。
「ローズ嬢の件は、本当にメグは指示してないのか?」
「してるわけないでしょ!」
「そうか…実はメグがやらせたんじゃないかって話がちらっとあったんだよ」
「はあ?冗談でしょう!?」
「冗談だよ」
「まったく…」




