できること
「班長ぉ…相談に乗ってくださいよぉ」
「忙しいんだ。絡んでくるな。こんなとこまで来て」
「王太子妃に対してそんな口きいて」
「都合よく身分を持ち出すな。二人のときは敬語を使うなと言ったのはメグだろ」
「…そうですけど」
近衛隊長室の立派なデスクに頬をつけて「ううう」と嘘泣きをする私を見て、班長は「もし明日家に帰れなくて離婚されることになったら、お前のせいだぞ」と言いながら、ようやく仕事の手を止めた。
「ベル様とのその茶番、まだやってるんですか。絶対離婚なんてしないでしょ。ラブラブじゃないですか」
「うるさい。相談ってなんだ」
私は体を起こして椅子の上で背中をピンと伸ばし、「もっと大きくなりたいんです」と班長に訴える。
「は?これから身長を伸ばすのはいくら何でも無理だろ」
「違いますよ。レオの妃としてふさわしくなりたいんです」
自分にはレオやアヤメ殿下のように高い視点で物を見ることができないのだと悩みを告白する。私は現場向きすぎるのだ。泥臭い。まるで王太子妃らしくない。
「私が生まれながらの王族貴族じゃないからでしょうか」
「知るか。なんで俺に言いに来るんだ。そういうことは殿下に相談すればいいだろ」
「レオには言いにくいんですよ」
「なぜ」
私はまた机に頰をつけて「彼は完璧すぎるから」と小さな声でボソリと呟く。
それに、ウジウジ悩み続けていると思われたくない。アヤメ殿下に嫉妬しているとも思われたくないし。
工場の件で少し自信がついたと思ったら、片やレオとアヤメ殿下は不戦条約なんてとんでもないことを始めていた。レオはずっとずっと遠いところまで進んでしまっている。私は置いてけぼりだ。
「殿下がダメなら王妃様やクレオメ殿下に相談しろよ。同じ立場を経験されてきたんだから、俺よりいい助言をくださるはずだ」
「お二人ともそれぞれの伴侶の看病で大変そうで。余計なこと言えないです」
「まあ…そうだな。こんなくだらないことで」
私がガバッと跳ね起きて「くだらないって…!!」を班長を睨むと、班長は子どもを見るみたいな優しい顔をしていた。たまにしか見せてくれない、いつか私がロベリアに追い詰められていた時に見せてくれた、優しいあの顔。その表情に戸惑ってしまう。
「班長…?」
「メグ、無理に変わろうとしなくていい。今のままで立派な王太子妃だ。武闘派で泥臭い王太子妃の何が悪い」
「私もレオやアヤメ殿下みたいになりたいんです。レオと同じ景色を見られるようになりたい。それが成長ってものじゃないですか?立場に見合った人間にならないと」
「あのな、メグ。お前ができることと殿下ができることは違う。お前には、お前が思っているよりずっと力が…」
班長が言いかけて、ふっと視線を私から外して部屋の入口の方を向く。視線を追って後ろを振り向くとレオが立っていた。ムッとした顔をしている。
「俺じゃなく、ネイトに相談するとはな」
私はそのまま執務室まで引っ張っていかれる。執務室の扉が閉まると、ムッとした顔のままのレオがこちらを向く。
「なぜ俺に相談しないんだ」
「言いにくくて」
「俺はそんなに冷たそうに見えるのか?」
「違う。本当は…いまだにアヤメ殿下に嫉妬してるのを知られたくなくて」
「俺が愛してるのはメグだけだ。何度言ったらわかる」
「わかってるけど不安なんだってば!仕方ないでしょ、劣等感は!二人にはできることが私にはできなくて、二人が仕事してるところには入っていけないんだから。私には…できないんだから…」
やれやれというようにレオは少し両手を広げて「入ってもらえ」と扉に向かって合図した。入ってきたのは…
「へ…?」
エレクタ、ポピー、ブルーベル、フィドラ、クレイトンを近衛隊から追い出したときに話を聞いた近衛騎士たちに、エトルの工場で働いているはずの職人たち、ピオニまで。
「レオ、これはどういう…」
「"変わらなくていい"と俺が言うだけじゃ納得しないと思って、来てもらった。メグに出逢って人生が変わった人たちだよ。全員は呼べないから、ほんの一部だが」
ポピーが進み出て、私の手を握ってくれる。
「妃殿下、妃殿下にそのままでいていただきたくて、それを言いたくて参りました」
「ポピー…」
「妃殿下は私の人生を変えてくださいました。妃殿下は、サルムを捕らえたことで私の人生が変わったのだと思っておられるかもしれませんが…」
「え、違うの?」
サルムをボッコボコにして刑務所送りにした以外、ポピーにしてあげられたことがあるだろうか。「私の人生が変わりはじめたのは、サルムが捕まるもっと前です。ブルーベルもフィドラも同じだと思います」というポピーの言葉に、二人も頷く。けれど私には、ポピーが言っていることがまだわからない。
「私の人生が変わったのは、妃殿下が私たちの話を聞いてくださったときです。話を聞いて一緒に泣いてくださったときです」
ポピーはその時のことを思い出したのか、目にうっすら涙を浮かべる。
「私はそれまで、いつも馬鹿にされて下に見られて蔑まれて虐げられてきました。だから、他の人からあんな風に気にかけてもらったのは初めてでした。とても嬉しかったんです」
「ポピー…」
「しかもそうやって気にかけてくださったのが、これからこの国で一番身分の高い女性になろうとする王太子妃殿下だなんて。妃殿下が見てくださってるんだから大丈夫だって思いました。一人じゃない、私は見捨てられてないって」
ピオニやエトルの職人たちも頷いている。
「それで、サルムのことをお話する気になったんです」
「それから人生が変わったのね」
「ええ。妃殿下が人生を変えるための勇気をくださったから」
「そっか…」
「だから、いつまでも私たちみたいな人に寄り添っていただける妃殿下でいていただきたいんです。変わらずにいていただきたい。そのままの妃殿下が大好きで、心から尊敬しております」
「うん…ありがとう、ポピー」
ポピーを抱きしめる私に、エレクタもブルーベルもピオニも元騎士たちもみんなが寄ってきて、「私も妃殿下が」「私はこうで」と口々に嬉しいことを言ってくれる。
「もうこれ以上泣かせないで」と言いながら涙を拭き、レオを振り返って「ありがとう」と伝える。
「ここには呼んでないが、兄上や義姉上、カロライナも、メグに出逢って…」とレオが言いかけたところで、「呼ばれなくても嗅ぎつけて来ますわよ」とカロライナ様が笑顔で入ってきた。
「カロライナ、うるさくなるから呼ばなかったのに」
「ま、お兄様ったらひどいわ。メグお義姉様に出逢って一番変わったのは私ではなくて?自信がありますわ」
「確かにな。最初は目の敵にしていたからな」
「そうですわね。それが今ではメグお義姉様の一番のファンですわ。それに、メグお義姉様のおかげで大きな一歩を踏み出しましたの」
「そんな私を呼ばないなんてこの会の意味がない」とレオに絡むカロライナ様を見ていると、つい笑ってしまう。
「ようやく曇りない笑顔で笑ったな」とレオがほっとしたようにキスしてくれて、本当に心配をかけていたんだと気づいた。
「心配かけてごめんね、レオ」
「いいんだ」
みんなが帰って静かになった執務室。
「レオ、今日は本当にありがとう。悩みの内容まで見透かされてたんだね」
「当たり前だろ。誰よりそばで、誰より真剣にメグのことを見てるんだから」
「だね」
レオがトントンと脚を叩いて膝の上に座るように促すから、私はレオに向き合って座る。
「メグ、聞け。”立場に見合った人間になる”とか”王太子妃らしくない”とか、的外れなんだ。”王太子妃らしく”なんて重要じゃない。メグが自分にできることをやっていれば結果はついてくるし、その結果がメグなりの王太子妃としての在り方になるんだ」
シェルターのことも、エトルのことも、「いい王太子妃になりたいから」って始めたわけじゃなかった。ただ困っている人を救いたくて、そのために自分ができることを始めたんだった。レオの言葉で、何かが見えそう。
「できることをやる…」
「そうだ。他人に誠実な心を寄せて、その人のために働き続けるのは、言葉でいうほど簡単じゃない。でもメグにはそれができる。それが”メグにできること”だ」
「うん」
「メグは不戦条約のことを”素晴らしい。自分にはできない”と言うが、メグがやっていることも素晴らしくて…そして俺にはなかなかできないことだ。優劣はない。俺たちは違ってるからいいんだ。最強のパートナーだよ。一緒に世界を変えていこう。それぞれができる方法で」
レオが私をぎゅっと抱き寄せる。
「俺の穴をメグが埋めて、メグの穴を俺が埋めて…」
そう言って、レオがぴたりと動きを止めた。待て、この感触…
「あの、レオ?今すごくいい感動的な話してるのになんでこんなことに…」
「抱きしめてたらつい。匂いのせいか」
「ちょ、ちょっと…!」
「待って」という言葉がキスに塞がれて、そのまま私はソファに押し倒された。




