二人の背中
ベッドの中でレオに後ろから抱きしめられながら、ずっと気になっていたことを呟く。
「最近またよくアヤメ殿下と会ってるよね」
レオは公式非公式問わず最近よくアズマに出向く。アヤメ殿下も頻繁にロミテイに来る。二人の間では手紙もよくやり取りしているようだ。将来の国王同士、何か私には明かせない相談があるのかもしれないと割り切っているつもりだけれど、気になる。
「仕事だ」という少し眠そうな声が私の髪にかかって、体に回されている腕の力が強くなる。
「わかってる」
「けど?」
レオは私をひっくり返す。面白そうな顔をしているのが腹立たしい。私がムッとした顔をすると、レオは「気になるんだな」と自分で答えを続けた。
「嫉妬か?」
図星。
だって、アヤメ殿下は素敵な方だから。たおやかで妖艶な外見とは違って心の中は熱くて勇ましくて、目的のために国すら飛び越えて行動できて、工場の件だって提案してくれて。私にはない力をたくさん持っている方だ。
「そうだよ、気になる。やきもちだよ」
「妬いてくれるとは嬉しいね」
「はぐらかさないでよ」
「そんな目で見るな」
「どんな目?」
苦笑しながら「俺のガードを崩す目だ」とレオは首を振った。
「…まだ公式には言えないが、アズマを含めた近隣諸国いくつかとの間で、不戦条約を締結したいと考えてる。俺とアヤメが発案者で。今アヤメと会う機会が多いのはそのためだ」
「不戦条約って、つまり、”戦争をしない”という条約?」
「そうだ」
「戦争がない世の中になればいいな」と思ったことはあったけど、「そんなことは無理だ」「戦争があることが普通」と半分諦めていた私には、「問題は戦争ではなく話し合いで解決する」と定める条約の締結なんて目から鱗だった。それも、今現在同盟を結んでいる二国間ではなくて、複数の国で一緒にひとつの条約に調印するという。実現すれば、戦死する兵士も、戦争に巻き込まれて死ぬ一般市民も大幅に減る。
「戦争で儲けてる金持ち連中からは猛反発を食らうだろうが」
その通り。だって、戦争は一大ビジネスだ。それくらいは私でも知ってる。
一度戦争が起これば、武器や兵糧の売り買い、戦債の発行、戦後の復興需要や賠償金まで、巨額のお金が動く。その中には、そこで甘い汁を吸おうとする金の亡者がうんざりするほどたくさんいるのだ。負ければ負けを取り返すために次の戦争が必要になるから、戦争はなくならない。
「自国の防衛のため」「王位継承権を巡って」「領地の拡大」「祖先が住んでいた土地を取り返す」「宗教の違い」「犯罪組織の撲滅」…もっともらしく聞こえるものからいかがわしいものまで、大義を掲げて戦うふりをして、人々の命と生活を犠牲にして、戦場にも出ない連中がよってたかって金儲けをしている。大義どころか、愛国心もロマンもない。
「戦争のループを断ち切りたい。今がチャンスだ」
今、ロミテイの北にある北部諸国では二十年間続いた長い長い戦争が終わったところ。国土は荒廃し、国民は戦争に辟易し、国全体が疲弊している。世論を味方につけて条約を実現するには、言葉は悪いがこれ以上ないタイミング。だからレオとアヤメ殿下はがむしゃらになっているのだった。
「そうだったの…」
この条約が締結されたら、世界が変わる。私の夫が、世界を変える。
そんなことを考えられて、しかも実行に移そうとしているレオもアヤメ殿下もさすがだ。私は、やっぱり二人には遠く及ばない。二人には、私には見えないものが見えている。私が見られない風景を、二人並んで見つめているんだ。
「素晴らしい考えね。私も何か手伝えたらいいけど」
私はお呼びでない。
どうしよう。感動で震えるくらいのいい話のはずなのに、今、私の心はすごく痛い。世界平和よりも、目の前の夫に手が届かないことのほうが気になるなんて。
レオはずっとずっと遠いところまで進んでしまっていて、彼の背中しか見えない…そんな気分になってしまう。レオとの距離が、どんどん広がっているみたいに感じる。
そして、遠くに見えるレオの背中の隣には、アヤメ殿下の姿があるのだ。
同じベッドの中で抱き合っているのに、すごく寂しい。
「どうした?条約のことを聞いたらもっと喜ぶと思ったのに」とレオの不思議そうな声がする。
「喜んでるよ。すごくね」
喜んでるのは嘘じゃない。でも同時に劣等感と疎外感も感じてる。こんな気持ちは、レオに気づかれたくない。恥ずかしい。紫の瞳に心を見透かされないように、私はレオの胸に顔を埋めた。




