小さな自信
王立工場設置の案を会議にかけたら、出席者たちは顔を見合わせた。
王立の工場を作るなんてロミテイでは前代未聞。先行しているストレチア王国でも始まったばかりの事業で、それが成功しているかどうかの判断すらできない状態なのだから、まあ無理もない。何事にも前例を求めたがる政治家のおじいちゃんたちにとっては、前衛的すぎる提案だったのだ。
「妃殿下、お考えはご立派です。しかし、一つの地域だけにそんな多額の予算をかけるなんて、他の地域の住民になんと説明すればよろしいのでしょうか」
「エトルは今まで顧みられない土地でした。今まで私たちが放置してきた分、取り返さないと。それに、つべこべ言っている間にあの地域は本当に無法地帯になってしまう」
あの地方が貧しく治安が悪いのは、ロミテイ民族が彼ら先住民の土地を無理やり王国に組み入れたにも関わらず、王国の経済やネットワークからは締め出してきたのが原因なのだ。
レオが冷静に、良く通る、陛下に似た威厳ある声で援護射撃をしてくれる。
「他国の例を見ても、見捨てられた土地から武装した反政府勢力が出てきて、内戦に発展するケースが多いのは大臣達も承知のはず。そうなったら、工場建設費どころではない額の金が飛んでいく」
「それは…確かに」
レオはほんの少しだけ体を前に倒し、声のボリュームを上げた。
「金の問題だけではない。エトルへの支援は、”ロミテイ全土、どの地域もどの国民も見捨てない””一緒に発展していく”という意思表示でもある。将来の国王と王妃からのな」
最後の一言に場の雰囲気がふっと変わる。将来の国王と王妃…しかもそう遠い将来ではない。愛娘ネリネ様の結婚式すら欠席したほど、国王陛下の体調は悪化しているのだ。もうすぐレオの時代が来る。
出席者たちはまた顔を見合わせた。レオの一言で「やってみるか」という空気に変わっているのがわかる。これがレオの力。
「殿下、ひとつだけご確認を。その工場が取引する”適正な価格”というのは、相場よりも高いのでございましょう。商人たちが高い値段で買ってくれるのでしょうか?」と商務大臣のエバートンが質問する。
「それについては大丈夫です。ちゃんと作戦を考えておりますので。大臣、私は商売人の娘ですよ。任せてください」
どんと胸を叩く私に、エバートンは「はあ…」と不安げに、曖昧に、頷いた。
レオの後押しもあって完成にこぎつけた工場で、地元の人たちを十分生活ができるだけの給料で雇い、布や服を作り、適性な価格で売る。相場より高い値段でも、エトルの生地は飛ぶように売れた。
なぜなら…
私はお父様とお兄様との会話を思い出す。
「いくら質が良くっても、好き好んで高い値段で買ってやろうという商売人はいないに決まってるじゃないか」
「メグだって、フリン家の娘なんだからわかるだろ。その分儲けが減るんだから」
「できるだけ買いたたこうとするのが商売人の性だよね。安く買って高く売るのが商売の基本!」
そのくらいは私にも当然わかってる。「じゃあ、どんなものなら高くても買いたいと思いますか?」とさらに聞いたら、二人はまた顔を見合わせて、今度はちょっと考えた。
「”高く買っても、高く売れるもの”なら買うよね?」
「例えば、プレミアがつくものですね」
「そうだね。王室御用達とか、有名人が使っていたりとか…」
そこでお父様は「ふふふ」と笑った。
「その話で言えば、シェルターのお菓子をレイダーさんとこのカフェで売り始めたでしょ。メグも食べてるってことで人気なんだって。よく売れてるってさ」
「ああ、私も聞きました」とお兄様も応じて「名前も”メグフィナンシェ”だの”メグクッキー”だのって。笑っちゃうだろ。そんなことで売れるようになるんだから」と笑ったのだ。
「メグは我が国初の平民出身の王太子妃だからね。平民からの憧れがすごいんだよね」
「じゃあ…私がエトルの生地で作った服を着れば、みんなが同じものを着たくなって、生地が売れるということですか?」
「まあ、そうなるよね。メグブランドにしちゃうっていうか」
そんなことでいいなら、いくらでも着てやる。
「売れそうだから、フリン商会からも大量に注文出しとこっと。屋敷の建て替え費用稼がないとだしね。メグ、頼むよ」とお父様とお兄様は商売人の顔で帰っていった。
カロライナ様、クレオメ様、王妃様、王太后様にもお願いして、エトルで織られ、エトルの女性たちが刺繍を施した生地でドレスをいくつか作ってもらう。晩餐会やらパーティーやらでそのドレスを着て、広告塔になっていただくのだ。
エトル地方の植物で染めた生地には、広告塔それぞれの名前を付けた。カロライナパープル、クレオメピンク、クイーンイエロー、エンプレスブルー、そしてマーガレットグリーン。サヘルに嫁いだネリネ様には「サヘルで広めてください」とネリネレッドの生地を、同じようにアヤメ殿下にはアヤメブラックの生地を差し上げた。
皆様、生地に自分の名前がついてそれはそれはご満悦だ。熱心に営業してくださる。
「カロライナ様、大変美しいドレスですわね。生地の光沢が素晴らしくて」
「そうでしょう、ペチュニア。この色はカロライナパープルというの。エトルの王立工場で織られているのよ。紫は紫でも、王立工場で作った生地だけがカロライナパープルとは呼ばれるのよ」
「私もカロライナパープルの生地で一着作りたいですわ!何しろ私はずっとカロライナ様に憧れていたのですもの」
「王太后様、深いブルーがお似合いですわ」
「ありがとう、侯爵夫人。王立工場で織られたエンプレスブルーの生地なのよ。まだ生産が始まって間もないから、着ている人は少ないわね」
「まあ、そうですの。貴重なものだと聞かされると欲しくなってしまいますわね。どちらで注文できるのでしょうか」
工場にはどんどん注文が入っている。貴族のご令嬢にはカロライナパープルとクレオメピンク、そしてマーガレットグリーンが、少し年齢が上の御婦人たちにはクイーンイエローとエンプレスブルーが人気らしい。
ちなみに、平民の女性からはほぼマーガレットグリーンしか注文が来ないそうだ。平民の方が王族貴族よりも圧倒的に数は多いから、マーガレットグリーンの生産が追い付いていないと工場は嬉しい悲鳴をあげている。
稼働中の工場の視察に行ったら、みんな口々に「妃殿下、工場を作ってくれてありがとうございます」「ここで働けば子どもを学校にやれる。だからここで働き続けられるように一生懸命やります」と言ってくれた。売り飛ばされて売春宿で働いていたところを救い出されて戻ってきた女性には「技術を身につけて、いつか工場の責任者になりたい」と言われて、心底嬉しくなってしまう。
これからあの地方は少しずつ発展していくはずだ。ここからは、できるだけ彼らの力で育っていくのを見守っていくつもり。
「うまく回り始めているようだな。さすが我が妃」と、西隣の国との小競り合いの処理に出向き、「向こう十年間はお互いに国境を越えない」という約束を取り付けて帰ってきたレオが、「久しぶりのメグの匂いだ」とキスをしながら褒めてくれる。
「皆様のおかげ。本当に皆様のおかげ」
アイデアはアヤメ殿下のもの。会議を進めてくれたのはレオ。広告塔は王族の女性方。私は最初の泥臭い調査をしただけだ。
レオに「おい、”自分は何もしてない””意見を集めてきただけ”なんて言わないだろうな」と言い当てられる。私の夫は、心を読むのか?「言わないけど、思ってた」と白状すると、「まったく…」とレオは溜息をつく。
「アヤメも言ってただろ。王太子妃があれだけの意見を集めてきたのがまず驚きなんだ。先住民の平民が王族に直接意見できるなんて、これまでなかった。まさに革命だ。メグはそれを何の抵抗もなく、さらりとやってのけたんだぞ」
「でも、それ以外何もしてないよ。あとはみんながやってくれたんだもん」
「周りに協力者が集まってくるのも、立派な才能だ。自信を持て」
「メグが妃で、誇りに思う」と囁かれて、私は小さく「ありがとう」と返した。嬉しい。小さな自信が芽生えた気がした。




