ライバルからの塩
アヤメ殿下の来訪から、私はエトル地方と人身売買のことを考え続けた。アヤメ殿下にも言った通り、ピオニが手紙をくれた件はシュミール様の指示のもと治安部隊が追跡して女の子たちを保護したが、このままではまた次の犠牲者が出る。
とりあえずは一時的に治安部隊をエトルに張り付かせて取り締まり、住人達にも「いい働き口がある」「仕事を紹介する」という口車に乗らないよう啓発活動を行って、被害の数は減っている。でも、それだけではだめだ。その時は人身売買を阻止できたとしても、彼らの生活は何も変わっていないのだから。治安部隊が引き上げてしまったら、きっとまた無法地帯。
親や子どもが「いい働き口がある」「仕事を紹介する」という誘いに乗らなくていいようにするためにはどうしたらいい?
住んでいるところに腰を落ち着けて、十分生活できるようにすることだ。ならば、目指すべきは貧困の解消。でも、どうやって?
「思いつくのはまず教育」とレオがいう。それはそうなのだが、教育の効果が出るまでには時間がかかる。それに、エトル地方でも学校は整備されていて、貧富の差に関わらず通うことはできる。けれど、実際にはそこに通ってこない子どもが多いのだ。親の稼ぎが少ないため、子どもも働かざるを得ず、学校に通う暇がないから。親が、子どもを働かせなくてもいいだけのお金を手にできるようにしなければ。
「給付金を出してもいいが…」
「できれば自分で稼いでもらいたいよね。だったら、稼げる環境を作らなきゃ」
「施しは受けたくない」というブルーベルの言葉が蘇る。「自分が働いて手にしたお金で生きていけることが誇りなのだ」と彼女は言っていた。自分のことを思い返してみてもそうだ。お父様からもらうお小遣いと、騎士になって自分で得たお給料は重みが違ったもの。とても誇らしかった。初任給で何を買ったかって言ったら…
あ、いけない。今は思い出に浸っている場合じゃない。
「エトルの代表的な産業って織物よね」
「そうだ。特に絹や毛だな」
「王都にもエトルの生地は入って来てるよね。そこそこの産業があるのに何であの地域は貧しいんだろ」
レオに頼んでエトルに視察に行かせてもらう。レオからは「残念だが他の仕事があって同行できない」と、「残念」というわりにはあっさりと私一人での視察を許可した。「他の仕事」というのは、アヤメ殿下との非公式の会談らしい。
この間アヤメ殿下と話したばかりなのにまた…?
「レオに限って浮気なんてないし、第一浮気ならば堂々と二人で会うなんて言わないはず」と思いつつも、アヤメ殿下のあの色気と「レオを寝取りに来たのよ」発言が頭をよぎる。けれど、そんなことで「やっぱり視察には行かない」なんて言えないし。
まずはピオニがいるローナ村で、村人たちに話を聞く。最初は「王太子妃だ」と委縮していた人たちも、色鮮やかなエトルの民族衣装に身を包み、ピオニと親しげに話す私を見て緊張がほぐれたらしい。窮状を教えてくれる。
ピオニの村でも織物で生計を立てている人が多い。作業を見せてもらうと、彼らが織機をテンポ良く動かすうちにみるみる美しい布が織り上がっていき、技術も高いのだろうと思わされる。けれどなぜ生活が苦しいのか。一番の問題は、エトルの質の良い織物が安値で買いたたかれていることだ。
生産者は個人事業主ばかりで、それぞれの家に「何百年使っているの」と思うような古い織機を置いて仕事をしている。個人事業主は、布を発注する王都の大商人や大きな仕立て屋に対して立場が弱い。いいように言いくるめられたり、「安くしないともう注文してやらないぞ」と脅されたりして、せっかく丹精込めて作った布を安く売るしかないのだ。これでは、どれだけ懸命に働いても、職人の手元にはわずかなお金しか入らない。生活が苦しくなるわけだ。
「じゃあ、国が買い上げる…とか?」とポツリと呟くと、誰かが「誠に申し上げにくいのですが」と手を挙げた。
「どうぞ。何でも遠慮なく意見してください」
「一度きりの支援では意味がないのです、妃殿下。一度買っていただくだけでは」
彼によると、これまでも篤志家だったりエトル出身の資産家だったりが、布や小物を買い上げてくれたことがあったらしい。けれどどれも一回きりで、継続した支援にはならなかった。それでは焼け石に水だというのだ。
「それに、どんな質でも買い上げてもらえるとなったら、織物の質が落ちていくかもしれません。それでは、ますますエトルに未来はありません」
「ああ、そうですね。もっともな意見です」
意見した彼に怒るどころか同意した私に、村人たちはさらに窮状を訴え始めた。そうだそうだ、怒らないからもっと言ってくれ。本音をちょうだい。そこにヒントがある。シェルターのときみたいに。
「病気になったりして働けなくなったら、すぐに収入が途絶えてしまって困ります」
「だから、病気になっても怪我をしても、痛む身体に鞭をうって働くしかありません」
「織機が壊れた時も困りました。修理するためのお金がなくて」
「母も早くに亡くなったから独学で織物をやっていて、近所の人に教えてもらいたいけれどなかなか言い出せなくて」
最後にみんなは「王太子妃ともあろうお方が、私たちの意見をこんなに真剣に聞いてくださるなんて」「私たちは国から見捨てられていないのですね」と涙を流しながら見送ってくれた。
そうだよ。私は見捨てない。宿泊地まで馬車にゴトゴト揺られる間、メモを取りすぎてできてしまったペンだこを撫でながら、どうすれば彼らの生活が良くなるのか頭を悩ませる。
「ん?」
「どうかされましたか、妃殿下」
「今名前を呼ばれたような」
ベロニカが少し窓を開けて周囲を確認する。
「ピオニです」
「どうしたのかしら。ひとまず馬車を止めて」
追いついたピオニは馬車の前にひれ伏した。その後ろに二人の女の子。
「ピオニ、一体どうしたの。その子たちは?」
「彼女たちを王都か主要都市のシェルターに入れていただけないでしょうか」
聞けば、彼女たちはみなピオニと同じ人身売買の被害者なのだという。ピオニと違うのは、助け出されて家に戻ったあと、家族に歓迎されなかったという点だ。
「父も母も、穢れた仕事をした娘は恥だと…」
「帰ってこなければよかったと言われました」
せっかく助け出されて故郷に帰れたのに、泣いて迎えてもらえるどころか拒否されるなんて。彼女たちは何も悪くないのに。
連れていくしかない。
「それで、娘たちを連れて帰ってきたのか?」
「だって置いてけないもの」
出迎えてくれたレオに「まったく、メグらしいな」と頭を撫でられる。「他にも同じような娘がいるはずだ」とエバスの治安部隊に指示して希望者を募ったら、何人もの女の子が手を挙げたそうだ。その希望者もシェルターに入ってもらった。
「被害者を救い出して終わりじゃないんだよね…これからが長い。回復プログラムの専門家も呼んだ」
「そうだな。ところで、本来の目的の方はどうだった。視察で得た結論は?」
「…まだ出てない。解決策が見えなくて」
「どれどれ」と私が集めてきた問題点、要望、住民が困っていることを一覧のメモをレオがめくっていく。
「これだけ拾ってきたのか。さすがだな」
「はいはい、泥臭い仕事は得意ですので」
「褒めてるんだぞ」
「本当、すごいわね。王太子妃相手に住民がこれだけ本音で喋ってくれるというのが奇跡。妃殿下のお人柄のなせるわざね」と、いつの間にかレオの執務室に入って来ていたアヤメ殿下もメモを覗き込む。
「アヤメ殿下、まだここにいらっしゃったのですか!?」
「そうよ。今ヴァレオと取り組んでるのは骨の折れる仕事なの。泊まり込みよ」
「二人でずっとここに缶詰よね」とアヤメ殿下がレオに流し目を送り、レオは手を「しっしっ」と動かして「アヤメ、いい加減にしろ」と殿下を睨んだ。
アヤメ殿下は少し真面目な顔になって私に視線を送り、「ね、妃殿下。これに関してひとつアイデアがあるの。ストレチア王国で取り組みが始まっている事業なんだけど、エトルでもできると思うわ」と話し始めた。
アヤメ殿下が提案してくれたのは、王立の工場を作ること。
「価格交渉は工場で行い、適正な価格でしか取引しないようにするの」
それに、工場を作れば他にもいいことがある。
工場の中で技術の高い人から未熟な人へと教えてもらえば技術の底上げができる。
給料制になるから生活が安定する。
大量生産すれば大口の注文にも対応できるから、取引先が広がる。
工場が建てば、布地を運ぶ運送業や、職人向けの食堂、娯楽場など場工場以外の仕事も新しく生まれて、地域全体が活性化する。
すごい。すごいすごい。絶対やりたい。
「アヤメ殿下、素晴らしいご提案です!」
「そ?よかった」
「妃殿下は私にとってはライバルなのに、なぜか塩を送りたくなっちゃう」と、アヤメ殿下は扇子に口を当てた。




