物足りない
「なんだかなあ…」
ため息をつく私に、リリナが「どうなさったのですか」と心配そうに声をかける。
「レオとともに闘いレオを守る」とか「レオにふさわしい妃になる」とかって宣言したのに、自分には何もできていない気がしてならない。
そう話すと、リリナは「妃殿下はご立派です。クレイトンを追い出し、シェルターを作り、ピオニを助け出して、治安部隊による貧しい家庭の見回りも始められたではございませんか」と言ってくれる。
「確かにそうなんだけど…全部対症療法的なんだよね」
レオが目指しているのは根本的にこの国を変えることだ。人の考え方や、法律などの仕組みが変わらない限りは、いつまでもいたちごっこなのだから。私の思いもそこにあるのだが、いかんせん力不足でそれには全然貢献できていない。もっと大きな視点でこの国を見ないといけないはずなのに、できていない。
「私はどうやっても現場向きの人間。騎士だったときから何か成長してる?」と思って、「とりあえず、立法関係の講義をしてくれる裁判官を探そうかな」とため息をついたところへ、「失礼いたします」と、報告書を手にシュミール様がやってきた。
「対症療法も大切ですよ、妃殿下」
「地獄耳ですか?」
「ふふ」
シュミール様から詳細な説明を受けながら、彼独特の、過度ともいえるくらい装飾的な筆跡で流麗に書かれた報告書に目を通す。私の肝いりで治安部隊内に設置された「見回り専門チーム」の報告書だ。シュミール様はこの専門チームのトップを務めてくださっている。
彼らの任務は主に二つ。ひとつは、犯罪に巻き込まれたり、犯罪の現場になったりするリスクが高い家庭を探すこと。例えば貧困や災害などの事情で生活が困窮して子どもを手放しかねない家庭や、家族が他の家族に暴力を振るっている家庭などだ。そして、そのような家庭を見つけたら、必要なケアを提供できる機関に連絡する。そうやって彼らを守るのだ。
モットーは「事件が起きてからでは遅い」。
今月は、子どもと女性の保護が何件、家庭内暴力や虐待での逮捕が何件、専門機関への連絡が何件…
成果は上がっている。今まで公的機関に救いを求めることができなかった家庭に支援の手が届くようになり、専門チームが活動している地域では、売られる子どもや、女性が巻き込まれる犯罪の数が減っているのがはっきりと数字に表れている。
「でも、国内すべての家庭を回れるわけじゃない…」
治安部隊は主要都市にしかいない。その街の家庭すら回りきれていないのに、さらにそこから離れた田舎の村々までは到底ケアできないのだ。どうしたものか。チームの人数を増やそうにも、治安部隊本体の力を削ぎすぎるわけにはいかないし。他の仕組みも考えないと。ああもう、一体どうしたものか。
「メグのその顔が好き」と笑みを含んだシュミール様の声。私は報告書から目をあげる。「妃殿下」ではなく「メグ」と呼ぶときのシュミール様は、臣下ではなくて先輩の顔をしている。
「私、どんな顔してますか」
「優しくて、ひたむきで真剣で。治安部隊時代からずっと変わらないね。リロイも僕もそこに惹かれたの」
私は笑い出してしまう。
「もう、シュミール様ったらまたそんな冗談を。レオに聞かれたら殺されますよ。クールに見えて意外に嫉妬するタイプだから」
「冗談だと思うの?僕はずっとメグのこと好きだったよ。初めて会って抱きしめたときからずっとね」
私は今度は持っていたペンをポロリと落とす。だって、そんな雰囲気全くなかったじゃない。私はシュミール様に懐いていたし、何度もハグしたけど、男女間の湿った空気なんて流れたことがなかった…はず。
「え…いや、やっぱり冗談ですよね?」
「本当にそう思う?」とシュミール様は微笑む。まったく、彼は本気なのかどうなのか。思わず真っ赤になってしまったとき、「そこまでだぞ」と声がした。扉の方に目をやると、イライラした顔のレオが立っている。シュミール様は綺麗な形の敬礼をする。焦る様子は微塵もない。
「これはこれは、王太子殿下」
「シュミール、あまり冗談が過ぎると痛い目を見るぞ」
「大変失礼いたしました」
シュミール様は笑みを含んだまま退出して、レオはため息をつく。
「あいつはわかっているのかいないのか。飄々としてるな」
「どこまでが冗談なのかわからない。仕事は手抜きがなくて抜群なんだけど…彼の報告書読む?」
レオに報告書を渡して郵便物ボックスを見やると、この部屋には似つかわしくない粗末な封筒が目に入る。封は開いている。私に届く手紙は、実家や、よほど身分の高い方からの親書でない限りは全て封を開けて事前チェックされることになっているのだ。差出人を見ると、サヘル王国で踊り子をしていたところを連れ帰ってきたピオニからだ。
「ピオニは字が書けたんだっけ」と思いながら手紙を開く。覚えたばかりなのかもしれない、たどたどしい、けれど筆圧の強い文字が並ぶ。
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ひでんか
いまわたしのむらでうられていくおんなのこがいます
かのじょたちをたすけてください
ピオニ
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「レオ。ピオニからの手紙だった。きっと勇気を振り絞って書いてくれたんだよ。読んでみて」
「…ピオニがいるのはローナ村だったな。アズマ王国との国境近くの」
「うん」
退出したばかりのシュミール様を急いで呼び戻し、捜査と女の子の救出を指示する。ローナ村に一番近いのはエバスの街の治安部隊だが、それでもやはりローナ村までは遠すぎて回りきれていないらしい。
「空白地帯で起こってしまったのですね。早急に対応いたします」
「お願いしますね。報告を待っております」
シュミール様がまた出て行ったあと、「私が自分で行けたらいいのにな」とポロリと本音が溢れて、慌てて口を押さえる。もう私は王太子妃。自分から危険なところ、犯罪の香りがするところに飛び込んでいくことなどできない。それは、臣下たちをも危険に晒すことに繋がるから。実家の火事の一件で、身に染みてわかっている。
それよりも私がやるべきことは、まだ治安部隊が回れていない地域の子どもたちを守る方策を考えること。それも、早急に。
「少し考えが頭に浮かんだだけだよ。実際にはしない」
「わかってる」
「何をどうするべき?」とまた考え始めた私に、「ところで確認だが」とレオが話しかけてきて考えが中断される。
「シュミールとは本当になにもなかったんだな?」
「ないよ!よくハグはしたけど、ハグだけ!シュミール様はハグ魔だから」
「ハグ…?よく…?」
ああ、馬鹿正直に答えてしまった。レオは目を細めて私を睨み、それから腕を伸ばす。
「俺にもハグを」
「うん」
「キスも」
「ん…んん」
「その声が俺を刺激する」
リリナがそっと部屋を出ていく音がして、「誰も彼もメグメグメグ…」とレオの呟きが聞こえる。
「メグは愛されすぎてる。でも一番メグを愛してるのは俺」




