通り魔
アルトからの嫌味を胸に、絶対に汚名を濯いで手柄を立ててやると意気込んで目覚める。ゆっくり食べようと気をつけてもどうしても学校時代の癖が抜けずに、家族の誰よりも早く朝食を食べ終えると、父がまたため息をつく。
「喉につまらせるよ」
「高速で噛んでますので大丈夫です」
「嘘をつけ。ほとんど噛まずに飲み物で流し込んだだろ。はしたない」という兄の声を聞き流して出勤だ。リリナが「まだ時間がありますでしょう?髪の毛を巻かせていただけませんか」と聞いてきたが、色気づいてる場合ではないので一蹴する。職場に着くと、ロナルド様がもう来ていた。
「おはようございます、ロナルド様」
「おはよう、ネズミの新人」
「それやめてください」
ロナルド様は私のお願いは無視して、「最近暇だな。訓練ばかりだ。今日は棒術でもするか」と笑いかけてくる。
「私、棒術は得意ですよ」
「じゃあやーめた。俺苦手だから」
「なんですか、それ。やりましょうよ。こてんぱんにしてやります」
「でも本当はそれよりも、早くまた現場に出て取り返したいだろ。ネズミの件」
「そうですけど…ほんとやめてください」
出勤してきた班長が「出動だ」と声をかけ、そのまま早足で出口に向かう。慌てて後を追うと「通り魔だ。怪我人多数、死者がいるかは不明」という硬い声。大通りで何人もが男に短刀で切りつけられ、被害者の中には女性や子どももいるらしい。なんて卑劣な。ギリと歯を噛みながら現場に向かう途中、班長に肩を叩かれた。
「新人、力を抜け。感情を排除しろ」
「え…」
「熱くなりすぎると、手がかりを見逃したり判断を誤ったり、捜査に支障をきたす。頭が冷静でないと捕まれられるものも捕まえられないことがある。いいな」
「…はい」
「そういうこと。心はホットに、頭はクールにだ。俺みたいにな」とロナルド様も声をかけてくれる。「犯人がまだ近くにいるかもしれないから気をつけてね」と後ろからシュミール様の声もする。シュミール様は現場には出ず、ここで情報収集とその分析だ。
リロイは先に現場に来ていた。傷を負い血を流す大勢の人たち。「この人はもうだめだ」という救急隊の声。「お母さん、お母さん」と泣いている、通学途中だったであろう子どももいる。手を取って「お母さんはすぐ来るよ」と励ましてあげたいけれど、手当とケアは救急隊に任せて、私たちは犯人を追わなければ。すぐに捕まえないと、また被害者が出るかもしれない。
「メグ、大丈夫?」
「リロイ…」
私があまりに硬い顔をしていたのか、心配してくれたリロイが声をかけてくれる。リロイは見た目は眼鏡の優男だが、さすがに場数を踏んでいるためか、こんな場面に遭遇しても顔色ひとつ変えない。「ええ、大丈夫。ありがとう。早く犯人を見つけないと」と返事した時、「リューベッカー通りでも人が切られた!」という叫びが聞こえた。ここからひとつ西の通りだ。班長が走り出し、全員で追う。「新人、走るの速いな。ネズミの逃げ足並み」とロナルド様。
「そんなこと言ってる場合ですか」
「冗談言えるくらいの心の余裕が必要なんだよ。班長に言われたろ」
リューベッカー通りにも傷を負った大人が数人。幸いほとんどの人の傷は浅い。リロイが重傷者に素早く手当てして、救急隊の到着を待つよう告げる。班長が「どっちに逃げた?」と聞くと、路地を指さす。「ついさっきか?」と聞くと、男性は頷く。あの路地は先日歩いた。歩きながらメモを書き入れた地図を頭の中で広げる。思い出せ、思い出せ、冷静に。
「班長、あの路地からコーネル通りに出られる抜け道があります」
「あんなところから?本当か?」
「休日に通ってみたので確かです。細いですが、人ひとりなら通れます。建物の隙間の道で、入り組んでますが、確かに通じてます。犯人はコーネル通りに出るかもしれません」
「リロイと新人は俺と一緒に路地、ロナルドはコーネル通りだ。コーネル通りに人がいたら避難させておけ」
「了解」とロナルド様が走り出し、私たち三人は路地に入る。路地からさらにわかれていく、抜け道に見えないほど細い隙間の前で「ここか?」と班長が目を丸くする。
「はい。コーネル通りまで通じてます」
「じゃあ行ってみるか。リロイはここでわかれて路地の奥を探れ。警戒を怠るなよ」
班長と私は身体を横向きにしながら隙間を進む。
「休日にここを通ってみたと言ったな」
「はい」
「ドレスでか」
「はい」
「物好きなやつだ」
「でも役立ってます。熱心って言ってください」
「役立ってるかはまだわからん。犯人が本当にここから通りに出るならの話だ」
「しっ」と班長が合図をする。班長の身体と壁の隙間から前を見ると、ずっと先に人がいる。血の付いた短刀を持っている。たぶん犯人だ。ロナルド様が出口にスタンバイしているといいのだが。犯人が抜け道の出口に近づく。もうコーネル通り。ロナルド様は?待ち伏せしていて、お願い。
犯人が通りに出る瞬間、「ロナルド、そいつだ!」と班長が叫ぶ。犯人がビクッとしてこちらを振り返り、そして崩れ落ちた。ロナルド様が背中から一発くらわせたのだ。ロナルド様は短刀を落として悶絶する犯人に馬乗りになり、手首を縛りあげる。
私たちもようやく抜け道から出て、地面に這いつくばっている犯人を見下ろす。どうしても聞きたい。
「なんであんなことをしたの」
「むしゃくしゃして」
「馬鹿じゃないの!?」
そんなことで人を傷つけて。しかも幼い子どもまで巻き込んで。「お母さん」と泣いていた子どもの顔が蘇る。身体に受けた傷は治っても、今日感じた恐怖は一生消えないはずだ。私が未だに誘拐されたときの夢を見て飛び起きるように、あの子もきっとこれから長く苦しむ。許せない、許せない、こんなやつ死ねばいい。思わず腰の剣に手を伸ばすと、班長に手首をつかまれた。
「やめろ」
「でも」
「裁くのは俺たちじゃない。例えこいつがゴミ以下のクソ野郎でも、私刑は許されない」
「気持ちはよくわかるが、そういうことだ」とロナルド様。犯人を立たせて「歩け」と声をかけたあと、もう一度私に向き直って「お手柄じゃないか。メグの一言がなければ、もっと被害者が出ていたかもしれない。俺が着いたとき、ここにはたくさん人がいたから」と表情をやわらげた。
詰所に戻ると、待機していた班、先に戻っていた他の班のみんな、そしてヘクトル隊長までもが拍手で出迎えてくれた。シュミール様はハグで迎えてくれる。
「メグちゃん、お手柄だったんだってね。これからは”栄誉あるネズミ”だよ」
「まだネズミなんですか?」
「狭い道を通っていくからだって」
「えええ…嫌ですよ…」
結局この通り魔事件では死者が三名、負傷者は二十名にのぼった。事件の詳細の聞き取りのために詰所に来てくれた女の子に声をかける。
「怖かったね」
女の子は黙って頷いた。
「私はマーガレット…メグよ。あなたの名は?」
「タイムラー」
「いい名ね」
「タイムラー、ハグしていい?」と聞いて、そっと抱きしめる。耳元で「これから怖い夢を見ることがあるかもしれない。そんなときはママやパパに怖い気持ちを聞いてもらってね。ママと一緒に眠るのもいいよ、安心できるから」と囁くと、「うん」と返してくれた。
「少しずつだけど、傷の痛みも、怖い気持ちも、和らいでいくからね」
「うん」
彼女のご両親にも伝える。
「明かりをつけたまま寝たがったり、外に行きたがらないときは、彼女の気持ちを優先してあげてください。怖がっているときは抱きしめてあげてください。これから、ご両親も大変だと思います。私はマーガレット・フリンです。何かご相談があればいつでもここへ」
「ありがとう」




