王子と王女
「ロベリア!なんだかすごく久しぶりみたい」
「メグ、なんだか顔つきが変わったわね」
「あなたもよ。諜報部はどう?」
今日は諜報部に配属されたロベリアと近況報告会だ。諜報部でどんな仕事をしているのか聞きたいが、具体的には話せないということが多すぎる部署らしい。
「ざっくり言うと、まず、国内外の情報を集めてくるエージェントとかだよね。あとは暗号解読とか、集めてきた情報を分析したりね」
「なんだかかっこいいわね」
「私もそう思ってたんだけど、実際の任務は想像よりも泥臭いってわかったわ」
「そうなんだ。ねえねえ、スパイって暗殺とかもするの?」
「それは秘密」とロベリアは唇に指をあてた。弓のようにしなる彼女の白くて長い指はとてもきれいだ。その指で艶のある青い髪をさらりと流す仕草がなんとも女性らしくて色っぽい。
「メグは仕事どうなの?」
「まだ一件しか事件を担当していないの。訓練している時間のほうが長くて、学校時代とあまり変わらないわ」
「あら、そうなの?」
「うん。だからまだ仕事がどうとかよくわからない。王都が平和なのはいいことだけど、少し退屈」
「そうね」と頷いてから、ロベリアはニヤリと笑った。
「仕事のことも聞きたいけど、メグはなんだか綺麗になったみたい。今までも綺麗だったけれど、少女じゃなくて大人の女性になったっていうか。恋でもした?治安部隊に気になる人でもできたの?」
シュミール様といい、ロベリアといい、この勘の良さはなんだろう。そんなに私は顔に出ているのだろうか。
「恋なんて。雰囲気が違うとしたら…今日はドレスだし、化粧もしっかりしてるからじゃない?」
「そうかしら」としばらく私の顔を見つめた後、ロベリアは私が話すつもりがないのだと諦めて、「確かにそのドレスは素敵ね。さすがは豪商のお嬢様。貧乏男爵の娘とは違うわ」と話題を変えてくれた。
今日の私は、変わった地紋が織り込まれた外国産の生地を使った黄色のドレス。お父様が輸入した生地で仕立てたもの…だとリリナが楽しそうに説明してくれた。私がほとんど家にいないから、今あるドレスのサイズに合わせて、勝手にドレスが仕立てられて増えていく。「そんなに作っても着る機会がない」といくら言っても増えていくので、もう諦めている。クローゼットを見る気にもならない。
「ありがとう。ロベリアのドレスも、それに髪型も素敵よ。ロベリアこそ諜報部で素敵な先輩はいないの?ロベリアは美人だから、デートのお誘いなんかもあるんじゃないの?」
すると妹と共有だという青い花柄のドレスを着たロベリアは大げさなため息をついて、「内勤で素敵な人っていないのよね。情報分析とか暗号解読の担当者って、メガネかけてて目をいつもこうやって目を細めてて、こんな風に猫背で、なんだか暗くて」と体を丸める。ロベリアの様子に、私は思わず笑ってしまう。
「ひどい言い方」
「だって本当なんだもの。エージェントはまた雰囲気が違うのかな。でもなかなか会う機会がないしね」
ロベリアとあれやこれや話し込んでいると、「チビ、ネズミの死骸に悲鳴をあげたらしいな」とアルトが近づいてくる。
「ロベリア、アルトにも声をかけてたの?」
「そうよ。近衛の話も聞きたくて。ちょうど休みだというから」
ネズミの件は治安部隊所属の同期の誰かから聞いたのだろう。もし同期たちの耳に入ったら馬鹿にされるだろうなと覚悟はしていたが、こうやって実際に言われると辛い。しかもよりによってアルトに。近衛隊配属のエリートと、治安部隊でネズミを怖がる私。
アルトは私の隣に座る。近いんだよ、アルト。もっと離れろ、嫌味男。
「ネズミを怖がるなんて、これだから女は」
「絶対手柄を挙げて、汚名返上する」
「できるもんならやってみろ」
「見てなさい」
「あなたたち、本当に飽きないわね」とロベリアが割り込み、「ねえ、アルトは近衛隊で何を担当しているの」と聞く。「俺は第二王子のヴァレオ殿下付きだ」とアルトは胸をはる。いきなり王族の警護だなんて、すごい。
「あら、でも確か…ヴァレオ殿下は陸軍で従軍中でいらしたのでは?」
「戦闘で怪我を負われて休暇中なんだよ」
「そんな情報、公表されていたかしら」
「軍の資料を見れば載ってはいるが、ことさらには発表されていない。殿下は全てにおいて他の兵士と同じ扱いをご希望になっているから」
「へえ、控えめな方なのかしら」と驚くロベリアの質問が途切れたところで、私も聞く。
「ヴァレオ殿下って軍に入られてからはほとんど帰城されていなかったのよね。実際に近くでお仕えしてみて、どんな方?」
「立派な方だよ。聡明で、公平で、勇敢で、剣術の達人。容姿も端麗な美丈夫だ。我が国の王族らしい、金髪に紫の目で」
「それに、新人の俺にも声をかけてくださる。何と言うかな、威厳はあるけれど壁はないというのか。とにかく、お仕えすることを誇りに思える方だ」とアルトは頬を紅潮させて殿下について話す。
ヴァレオ殿下に心酔している様子のアルトを見て、私とロベリアは顔を見合わせる。考えていることはきっと同じ。「話を聞く限り、王太子殿下ではなくて、ヴァレオ殿下が王位を継いだ方がいいのでは」ということだ。
国王陛下には、上から、王太子であるリヒトール殿下、第二王子ヴァレオ殿下、第一王女カロライナ殿下、第二王女ネリネ殿下という四人のお子様がいて、全員王位継承権を持っている。リヒトール王太子殿下は、彼を出産後すぐに亡くなってしまった最初の王妃様のお子様。お人柄は良いそうだが、成人してからご病気にかかり、ほとんど国民の前に立つ公務はせずに王宮にこもっておられる。ご病気のせいなのか、結婚して数年経つがお子様はいらっしゃらない。
ヴァレオ殿下、カロライナ殿下、ネリネ殿下は三人とも現王妃様のお子様だ。現王妃様は最初の王妃様に比べるともともとの身分は高くないが、美しく聡明で慈善事業にも熱心だと評判で、国民からの人気が高い。
「ヴァレオ殿下はもちろん、二人の王女様も大変優秀だよ。カロライナ殿下は勝ち気で積極的に物をいう方で、ネリネ殿下はおっとりとして控えめという違いはあるが」
これまではヴァレオ殿下も従軍して不在だったため、カロライナ殿下とネリネ殿下が王太子がこなすべき公務を肩代わりしてこられたのだそうだ。ご立派なことだ。
「ネリネ殿下は相思相愛の外国の王族と婚約中だから、早くこの国での公務から離れて結婚したいというのが本音のようだ。だから、ヴァレオ殿下にこのまま除隊して王宮にいてくれと毎日毎日懇願されているよ。殿下は軍人としての仕事に誇りを持っておられるから、なかなか首を縦に振らないが」
「そうなの。カロライナ殿下は?」
「カロナイナ殿下は公務に生きがいを感じておられるよ。まさに王族、王女といったお方だな」
これまでも、積極的なカロライナ殿下がネリネ殿下を引っ張って公務をこなしておられたそうだ。ヴァレオ殿下がお戻りになってからも、まだ怪我の癒えないヴァレオ殿下を支えながら王宮内外での公務に邁進しておられるらしい。
「王女らしいプライドの高さがある方だから、たまに扱いに困るが…しかし高潔で立派な方であることは間違いないよ」
「そうなんだ。なんていうか…やっぱり近衛って別世界だね」
「ネズミに驚いて逃げ出すような女には、務まらない世界だよ」
「だからうるさいって!私は近衛隊には興味ないし。治安部隊でみんなの暮らしを守るんだもん」
「それにしてもネズミを怖がってるようじゃ」
「もう!」と私はアルトの肩をどんと叩いた。




