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ドレスの下には短剣を  作者: こじまき
騎士から妃へ

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44/62

帰郷

試合に勝ってピオニが解放され、いい気分で王宮内に用意された部屋に戻ると、ベッドの上に贈り物が置いてある。



----

妃殿下の身のこなし、剣技は見事だった。

戯れが過ぎたことを心よりお詫び申し上げる。

お詫びのしるしに気持ちばかりの品を用意したので、何卒お受け取りいただきたい。

王太子殿下も妃殿下も、きっと気に入っていただけるはず。

----



ナウアート陛下からだ。早速箱を開けようとした私を、「待て、警戒しろ」とレオが制する。「では私が」とベロニカが箱に耳をつけたり振ってみたりしてからそっと蓋を開けると、民族衣装一式とワイン、そしてお酒が飲めない私のためだろう、葡萄ジュースが入っていた。


「なんて豪華」


緑色の衣装の上半身には小さな宝石が縫い付けられている。スカートのウエストにも宝石が煌めき、アクセサリーには繊細な模様が彫り込まれている。「見てみたい」とレオがいうので渋々着替える。


「綺麗だ」

「ありがとう。でもレオ以外にはこんな姿見られたくない」

「俺も、メグのこんな姿は他の誰にも見せたくない」


いつの間にか、テラスにフカフカの絨毯と灯りが設えられていた。


「ここで飲めということらしい」

「では」


陛下が派遣してくれたのだろう、侍女がどこからか現れてワインとジュースの栓を開け、毒味をしてからグラスに注いでくれる。


「…美味い」

「ジュースも濃厚で美味しい。サヘルの葡萄はさすがね」

「土産はこれにしよう」


ワインとジュースを飲みながら試合の話をする。カロライナ様が「速すぎて何が起こったのか見えなかった」といっていたこと。レオにはちゃんと見えていたこと。「後先考えず陛下の提案に乗るなんて」としっかりお灸も据えられた。


「あまり飲みすぎるのはよくない。これくらいにしよう」


レオは深酒はしない。お酒は嫌いではなさそうだが、常に節度を保っている。いつでも王太子なんだな、ハメを外さない…酔ったらどうなるんだろうと思ったとき、ガサリと背後から音がした。


振り返る間もなく、身体を抱えられる。私の身体を抱えた男は、そのまま二階のテラスから一階に飛び降りた。


「なっ…何!?離しなさいっ!」


必死で暴れるけど、強い力で押さえつけられている。そのまま木箱に詰められて、ガチャリと鍵が閉まる音がした。ああ、これ、最悪。狭いところは苦手なのに。誘拐されたときの記憶がムクムクと雲のように広がって、叫び出したくなるのを必死で抑える。大丈夫、きっとレオやアサファやベロニカが助けに来てくれる。「大丈夫、落ち着け落ち着け」と必死で耐えるけれど、木の匂いが私を蝕む。誘拐されたときも同じような匂いがした。怖かった。助けてお父様、お母様、お兄様…誰か助けて…怖い、怖いよ。


私は叫びながら木箱を引っ掻いていたらしい。箱が開けられたときには、声は枯れ、指先は真っ赤に染まっていた。


「ナウアート陛下…」


豪華な絨毯が敷かれた床に転がる私に、陛下が駆け寄って抱き起こす。


「妃殿下、大丈夫か?」


何、これは?陛下の顔が見えた瞬間、彼が試合に負けた腹いせに私を攫ったと思ったが…とても心配そうにしてくれている。どういうことだろう。


「とにかくこれを」と差し出された水を払う。飲めるわけがない。


「毒や薬は入っていない。毒見しよう」


「ほら」と陛下自ら水を飲む様子を見せられて、ようやく水を飲む。落ち着いた私に、陛下は「すまなかった」と謝った。本当に申し訳なく思っているようなその態度に、警戒が少し緩む。


「これは一体、どういうことなのですか」

「私の母上…王母の暴走だ」


ナウアート陛下のお母様は先王の正妃。ナウアート陛下を出産後に夫の寵愛を失い、もうけた子どもはナウアート陛下ただ一人だけ。最愛の息子が王位についたはいいものの、その彼は八人もの妃を娶ったのに子どもが一人も産まれずに、結局は異母弟のサウード殿下が王位を継ぐことになる。王母様には、自分から夫の寵愛を奪った身分の低い女の子どもが国王になることが我慢ならないのだという。


「私は、子どもができないのは自分の体質のせいだと諦めている。サウードは優秀だし、彼が王位を継ぐことにも納得している。けれど、母上には何度申し上げてもだめだ。私の妃たちには"お前たちが悪い"と辛くあたり、一方では次から次へと私が気に入りそうな女を連れてくる。もはや病気だよ」


それで、ナウアート陛下が私に興味を示したのを見て、陛下のふりをして陛下好みの服を贈って私に着せ、さらに攫ってここへ連れてきたらしい。


「すまなかった。ジョストでも、勝つつもりなどさらさらなかったんだが…ただあの哀れな踊り子を宰相が文句を言えないかたちで解放し、ついでに妃殿下の実力がどれほどか見たかっただけで」

「そ、そうだったのですか!?ではなぜあんな…極端な条件を…」

「もう一押しすれば、尻に火がついて本気で向かってくるだろうと思って。あの迫力と目に宿る炎は想像以上だったが。ヴァレオ殿下が惚れるはずだ」


「しかしそのせいで怖い思いをさせて本当にすまなかった。さあ、傷の手当てをしよう」と、陛下は慣れた手つきで自ら消毒してくれる。


「母のこと、どうか許してもらえないだろうか。サウードが結婚したことだし、私は退位する。母上を連れて田舎に引っ込んで、静かに暮らす」

「退位まで…」

「いや、母上のためにも、妃たちのためにも、新たな被害者を生まないためにも、それが一番だ。このままでは母上はサウードやネリネにも何かしかねない。外交問題すら引き起こしかねないことがわかったことだし」


「陛下のお戯れも外交問題を引き起こしかねませんでしたわ」と言うと、「酒も入っていたし、あれくらいはサヘルジョークだと思ってくれ」と微笑みかけられる。


「だからお酒は嫌いですわ。お酒の場なら許されるなんて甘い考えだと言わざるを得ません」

「妃殿下はしっかり物を言う方だな。すまない、妃殿下がおっしゃるとおりだ。肝に銘じておくよ」

「私の殿下のように、いつでも節度を保っていただきませんと」

「"私の殿下"か」


「さあ、手は終わった」と、傷ついた私の両手を、陛下の大きな手が包む。ただの女好きのチャラチャラした国王かと思っていたら、ピオニを解放するために一芝居うったり、こんな風に手当てしてくれたり、本当はきっと優しい人だ。


「頬も少し擦りむいてるな。消毒しておこう」

「陛下、ありがとうござ…」


バタン!と大きな音がしてレオとサウード殿下が部屋に飛び込んできた。


「メグ、大丈夫かっ!?…って、何してる!」

「え…」


今、陛下の左手が私の両手を包み込んでいて、右手は私の頬に添えられている。私は慌てて手を引っ込めて「てってっ…手当てを!していただいてただけ!」と説明する。


「本当か?声が枯れてるが…」

「えっ!?いやこれは木箱に入れられて怖くて叫んでて…」


レオが私をギュッと抱きしめるのを見た陛下は「ふふふ」と笑いを漏らし、レオに睨まれる。


「すまない。母がこのような騒ぎを引き起こして、私が笑える立場ではないことは承知しているが、二人の仲の良さについ。羨ましいほど良いご夫婦だ」


そして陛下はレオとサウード殿下にも事の次第を説明し、自分は近々退位すると告げた。


「そんな、兄上。早すぎます」

「サウード、お前なら立派にやっていける。素晴らしい妃と姻族を得たのだしな。相談には乗るからいつでも来い」


寝室に戻ってようやく一息つくと、「他にどこを触られた」とレオが聞く。


「どこも。陛下は本当に、手と頬を手当てしてくださっただけだよ」

「本当か?」

「本当よ。陛下は女としての私に興味なんてなかったの。ただ剣の実力を見たかったんだって」

「そんなわけない。メグに興味を持たない男なんているわけない」

「買いかぶりすぎ」

「メグは自分の魅力をわかってない」


一晩中レオは私の手と頬に代わる代わるキスして触って、露わになっている肩にもお腹にもたくさんキスをして、ずっと私を離さなかった。


ロミテイに帰る馬車の中、私はピオニのことを考えていた。彼女は王都から遠く離れた村の出身。村に帰りたいと言うので、少し遠回りして送っていった。「いい働き口がある」と騙されて彼女を手放した母親は泣いて彼女を迎え、何度も何度も彼女に謝り、ひれ伏して私たちに礼を言った。彼女は家族のもとに帰れたけれど、彼らの貧しい暮らしが変わったわけではない。それにピオニはサヘルで虐げられ、傷を負ってしまった。


「何を考えてる?」とレオが聞く。


「ピオニのこと。被害に遭ってから、辛い思いをしてから救い出しても遅いなって。被害に遭わないように予防しないと」

「そうだな」

「どうしたらいいかなあ…貧しい家庭が行き詰まって子どもを手放したりする前に救わないと」

「治安部隊や地方に派遣してる役人に家庭を回らせてみたら」


「そんなことできるかしら」という思いを込めて、無言でレオを見る。


「できる。メグなら」

「そうかな」

「手に入れた力をふるえ。剣のように、遠慮なく。暴走してると思ったら俺が止めてやる」

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