サヘル
ネリネ様はサヘル王国の王太弟と結婚されるために三カ月ほど前に国を出られた。そして今、私たちはネリネ様の結婚式のために、サヘルへ向かっている。国王陛下の体調が優れず、サヘル王国までの長旅には耐えられないということで、結婚式にはレオと私、そしてカロライナ様が出席する。
「サヘル王国にどんなイメージがおありですか、メグお義姉様」
「暑くて、資源が豊富で、情熱的な国というイメージでしょうか。あと民族衣装が…」
「ああ…美しいですが、露出が多いですわね」
「ええ。お腹も肩も腕も出ていますから、あれはもう裸でございましょう?布の面積が少なすぎます」
「メグお義姉様によくお似合いでしょうね。素晴らしい腹筋を堂々と眺められるのが楽しみで仕方ないわ」
「なんとか着ないで済む方法はないかしら」
郷に入っては郷に従え。サヘルでは、外国人も民族衣装を着るのがルールだ。サヘル王国に入る前に民族衣装に着替える。用意されていた衣装の中で一番露出が少ないものを選んで上着を被ったら、カロライナ様はあからさまに残念そうな顔をした。
「結婚式本番はもっと扇情的な衣装になりますから、今はこれで我慢いたします」
「そうなんですか!?これ以上どうやって…」
「お楽しみに」
「お兄様もね」とカロライナ様にいたずらっぽい表情を向けられて、レオは「うるさい」と横を向いた。
カロライナ様の言葉通り、結婚式に参列するときの衣装は驚くほど布の面積が少なかった。サヘルの民族衣装は上半身と下半身に分かれていて、お腹が半分くらい見えている。上半身はほとんど胸しか覆っていないので、肩も腕もほぼ丸出し。布が恋しい。この衣装の中で気に入ったのは、髪には生花を飾るということだけだ。
「あらお義姉様。胸の詰め物が少なくなったような…」
カロライナ様、いちいち言わないで胸にしまっておいてほしい。曖昧に微笑んで誤魔化し、私はクリーム色、カロライナ様は水色の衣装で会場へ向かう。護衛としてついてきたベロニカがカロライナ様を見つめて口を開けているので「ベロニカ、顔!表情管理しなさい」と小声で注意する。
先に会場に入っていたレオは、長い寸胴のワンピースみたいな男性用の衣装で、頭にはターバン。ワンピースにもターバンにも、金糸で複雑な柄の刺繍が施されている。
「殿下、とてもお似合いですわ」
「メグも良く似合っている。ネリネが見立てたそうだが、いい趣味だ」
似合っていようが何だろうが、私も男性用の衣装の方がいい。私は肩を竦めてレオの隣に座る。サヘルでは、椅子はほとんど使われない。床に敷かれた絨毯の上にそのまま座る。
ネリネ様と、夫となるサヘルの王太弟サウード殿下が入場してくる。サウード殿下はナウアート国王陛下の弟。ナウアート国王陛下には八人もの妃がいるが、子どもは一人もいない。それで、異母弟であるサウード殿下が次の国王となる予定だ。
それにしても…今日のネリネ様は圧倒的に美しい。紫、青、エメラルドグリーンの三色を使った花嫁衣裳。豪華絢爛な刺繍が随所に施されている。首、耳、額には宝石が煌めく。なんて素敵…まさに異国の結婚式。うっとりとした気分のまま宴を楽しんでいると、場を盛り上げていた踊り子のひとりが私の前にひれ伏した。
「?」
何事かと思っていると、頭を床につけたまま「妃殿下、どうかお助けください」とその踊り子は震える声で懇願した。
「私はロミテイの出身で、ピオニと申します。貧しさゆえに売られてここにたどり着き、年中無休で朝から晩まで踊らされ男の相手をさせられる奴隷のような生活を送っております。ロミテイに帰りたいのです。どうかお助けくださいませ」
なんてかわいそう。ピオニがシェルターの女性たちと重なる。ぜひ連れて帰ってあげたい。ピオニの手をとろうとしたとき、サヘルの宰相の厳しい声がした。
「踊り子ごときが、求められてもいないのに高貴な女性に直接話しかけるなどあってはならぬ」
その場が凍りつく。
「私は気にいたしません」
「妃殿下、そういう問題ではございません。王太子妃ともあろう方が、彼女の穢れた手を取ってはならないのです。踊り子はこの国で最も身分の低い女たちで…」
穢れた、だと?彼女たちを金で買って好きなように扱う男たちがいるからだろうが!宴があればこのように彼女たちを呼んで踊らせて、いやらしい目で思う存分彼女たちの身体を見て、結局は蔑むのか。
「身の程知らずのこの無礼者をつまみだせ」と宰相が命じる。「お待ちください」と宰相に詰め寄ろうとしてレオに止められたそのとき、新郎の兄であるナウアート国王陛下がグラスをスプーンで叩いて合図をした。
「おーい、ジョストの時間だぞ」
一気に凍りついた空気が緩み、場が盛り上がる。ジョストというのは、一騎討ちでの馬上槍試合のこと。サヘルの結婚式では、新郎側、新婦側それぞれから代表が一名ずつ出て、金銀を賭けて試合を行うのが定番の余興なのだ。
ナウアート陛下は、私がまだ宰相を睨みつけ、ピオニの手を離さないのを見て少し口元を緩ませた。
「マーガレット妃殿下、提案がある」
「なんでございましょう」
「ヴァレオ王太子殿下と私が試合をする予定だったが、殿下の代わりにあなたと試合をしたい」
「私と!?」
「あなたは勇猛果敢な騎士だったと聞いている。もしあなたが私に勝てば、この踊り子はあなたの好きにしていい」
「やります」
「こら、勢いで決めるな!陛下は必ず交換条件を出して来る。決めるのはそれを聞いてからだ」とレオが小言を言う。陛下はニヤリと笑った。
「王太子殿下の言葉通りただではやれないぞ。妃殿下が負けたら私の望みを叶えてもらう」
「陛下の望みとは、なんでございましょうか」
「私と一夜をともに」
そういって陛下は私にウインクをする。私は目を丸くして絶句し、レオもカロライナ様もネリネ様も、思わず立ち上がる。
「陛下、それはいくらなんでも…出来ることと出来ないことがございます」
「”ロミテイの騎士に二言はない”と聞いていたが違うのかな。それとも勝てる自信がないか?」
「ぐっ…」
結局私は引き下がれず、レオたちの猛反対を押し切って、陛下とのジョストに臨むことになった。動きやすいように、ベロニカの制服を借りて着替える。
「負けたらどうなるかわかってるだろうな。俺は許さんぞ」
「わかってる。負ける気はない!」
「まったく…どこからその自信が来るんだ」
「この制服から。騎士の制服を着た私は無敵な気がする」
「間違いありませんわ。久々の制服、やっぱり最高」とそばにいたカロライナ様がうっとり呟き、「お前たちはことの重大さをわかってるのか」とレオが首を振る。
「負けたら全速力で逃げるからな。アサファに馬を準備させてる」
「大丈夫。負けない」
騎乗して深呼吸し、剣を構える。ジョストでは槍を使うことが多いが、今回は私が得意な剣にしてもらった。会場にいる全員の視線が、庭にいる私と陛下に集中する。間合いをはかるようにくるくると馬を回らせる。なかなか隙がない。単なる女好きかと思っていたが、さすがは国王、武術の鍛錬は欠かしていないらしい。
「騎士の制服か…さっきの衣装のままのほうが良かったが」と軽口を叩きながらも、つけいる隙を与えてくれない。
祈るような目で見ているピオニと目が合う。大丈夫、絶対連れ帰るからね。
私は陛下に向かって駆け出した。背が高く、力も強いであろう陛下。受けに回ったら勝機がないし、持久戦も不利。
だったら自滅覚悟で中に入り、一振りに賭ける。
と見せかけて、陛下が振る剣をかわして馬の背からジャンプする。ひらりと空中で一回転して、呆気にとられて動きを止めている陛下の背中に木刀を立てる。
「陛下、私の勝ちでよろしいですね?」
「ああ、完敗だな。見事だ」




