シェルターの裏側
エレクタから「至急話がしたい」と連絡があったのは、彼女がシェルターで教え始めてから一ヶ月ほどしたころだった。彼女が「信じられないようなことなのですが」と前置きして話し始めたのは、本当に信じられないような話だった。
ひとりの女性が、自分が連れている子どもは伯爵に乱暴されてできた子どもだとエレクタに打ち明けたそうだ。その女性のことは私も覚えている。キャラメルブラウンの髪が美しい若い母親、ポピー。子どもの髪は伯爵と同じコバルトブルーだった。
先日「伯爵があなたのことを気にかけている」と言った時の妙な反応は、このせいだったのか。急いで王宮に戻らずに、もっとちゃんと話を聞いてあげていれば良かった。
「ポピーは"他にもシェルターの中に被害者がいる"と。曜日ごとに相手をする女性が決まっているそうです」
「最低…嘘でしょ…」
「私も信じられなくて、シェルターにいる小さな子どもの顔を確認してまわったんですが、コバルトブルーの髪や水色の目の子が多くて」
「確かにそうだったわ。なんてことなの」
彼女たちを救うふりをして、さらに傷つけていたなんて。彼女たちはシェルターから追い出されたら行くところがない。家族の暴力から逃げてきた女性ならば、外に出れば命の危険すらある。だから逃げることも抵抗することもできず、耐えるしかない。ひどすぎる。
あの爽やかな笑顔の人でなしめ。
冷静になろうと思っても怒りが全身に回って、身体が勝手に震えてくる。まんまと騙されていた自分にも腹が立つ。どうして気づけなかったんだろう。もっと注意深く見ていたら、何かおかしいと気づいたかもしれないのに。態度が変だと感じても「心に傷を負ったせいかな」とだけ考えていた。まさか現在進行形で被害を受けていた人がいたなんて。せっかく彼女たちに話を聞きに行ったのに、自分が聞きたい話ばかり聞こうとしていた。それに、あのときポピーの話を詳しく聞いてあげていたら。でも今はそんな後悔をしている場合ではない。一刻も早く彼女たちを救い出さないと。
今夜伯爵の相手をする予定なのはポピー。彼女のベッドで待っていると、足音が近づいてきて、ノックもなしに扉が開けられる。シェルター内の部屋に鍵はない。「精神的に不安定な入所者も多いから、不測の事態に備えて」と説明されていたが、本当はこのため。伯爵が好き勝手に部屋に出入りするためだったのだ。
「ポピー?だめじゃないか。ちゃんと起きてご主人様をお迎えしないと」
虫酸が走る。今の今まで、心のどこかで何かの間違いであってほしいと思っていたのに、これは確実に伯爵の声。
「それともお仕置きされたいのか?」
くそったれが!ベッドが軋んだ瞬間、シーツを跳ね除ける。
私を見た伯爵は目を丸くしてフリーズしてから、慌てるでもなく言い訳するでもなく逃げるでもなく、ニヤリと笑った。
「これはこれは妃殿下。ポピーの代わりに相手してくださるのですか?やっぱり、私に気があると思いましたよ。いつも熱っぽい潤んだ緑の目で私を見上げていたでしょう。あの媚びを含んだ上目遣い…いつもゾクゾクしておりました」
こんの自意識過剰の勘違いクソ野郎…そんなわけないだろうが!
「あなたの悪事を暴きにきたのよ!」
警棒を伸ばして首に力一杯打ち付ける。
「ぐっ…」
咳き込みながら、彼は逃げるのではなくて、短刀を抜く。馬鹿か。伸ばした警棒と短刀じゃ、リーチが違いすぎる。胸を突いて突き飛ばし、ベッドから飛び降りてもう一度首へ一振り。そしてここはどうしても…使い物にならなくしてやる。伯爵の股間に渾身の一発。悶絶する伯爵を見下ろしていると、援護が必要になった時のためにと部屋に潜んでいたロナルド様が出てきた。
「見てるだけで痛い。下手したら伯爵は死ぬぞ」
「死んでも構いません、こんなやつ」
「殺さないように警棒にしたんじゃなかったのか」
「ふん」
「さて、縛り上げてやるか」と思ったとき、ロナルド様が扉の方を振り返りざまに誰かを撫で斬りにした。
剣を持っていた手首を落とされて「ひぃぃぃぃ!」と声を上げたのは、この施設の責任者。「通いで夜はいない」と聞いてきたので油断してしまった。彼が伯爵の悪事を知らないはずはない。やはりグルだったか。
「二人まとめて治安部隊の詰所まで連れていきましょう」
「そうだな」
その後、シュミール様の調査でこのシェルターの裏の顔も明らかになった。伯爵と責任者は「退所した」と言っては、入所者の女性を売り飛ばしていたのだ。売り飛ばされた女性も追跡できるだけして、可能な限り助け出した。彼のお母様が施設の面倒を見ていたときにはまともな運営をしていたのだが、彼女が三年前に亡くなってからは息子である伯爵の好き放題だったらしい。こうして、慈善家の皮をかぶった下衆は処罰を受けることになった。
シェルターは場所を移し、規模を拡大し、責任者にもまともで経験豊かな女性を据えて、再スタートを切る。料理やお菓子作りが得意な女性も多かったので、業務用のオーブンも設置した。ここで焼き菓子などを作ってもらって、王宮での私たちのおやつ用にいくらか買い上げることにしたのだ。施設の安定的な収入になり、入所者にもいくらかお金が渡る。退所するときの資金にしてもらえれば、と考えた。一般向けの販売もしたかったが、外部の人と触れ合うことに拒否感を抱く女性も多いので、それは断念した。
「みんなで協力してここを良い施設にしてまいりましょう」
こじんまりと関係者だけで行われた開所式。前の施設から移ってきたブルーベルやフィドラたちに向けて話しかける。エレクタは引き続き針仕事の先生をボランティアで引き受けてくれる。ポピーは近日中にシェルターを出てリロイの店で雇われることが決まり、リロイのお父様が大家になっているアパートを格安で借りられることになった。
「ポピー、あのとき話をちゃんと聞いてあげられなくてごめんなさい。あなたが勇気を出そうとしてくれたのに、私ったら…」
「いいえ、妃殿下。本当にありがとうございます」
私はポピーを抱きしめる。
「リロイは頼りになるいい人よ。困ったことがあったら、なんでも彼に相談してね」
「はい」
帰りの馬車の中、一緒に開所式に出席してくれたレオが「おめでとう」と言ってくれる。
「ありがとう。でもこれからよ。ようやくスタート地点に立っただけ」
「そうだな。これからに期待してる」
「見てて」
「メグのその顔が好きだ」
「顔?」
「希望とやる気と優しさと闘争心に満ちてる。そんなメグが好きなんだ」とレオが私の頬にキスをする。
「ただ、自分で犯人のところに乗り込むのはもうやめろ。今回はロナルドがついていたからまだよかったが、もう王太子妃なんだぞ」




