立派な若伯爵
「ローランド伯爵、今お時間はございますか?ぜひ伯爵が資金援助されているシェルターについてのお話をお伺いしたいのです」
王宮でローランド伯爵を見かけた私は、このチャンスを逃してなるものかと話しかける。彼は王都にある女性用シェルターの運営に携わっている。暴力や貧困から逃れてきて、行き場のない女性たちが一時的に滞在する施設だ。実際の施設運営は福祉関係の仕事に慣れた人に任せているらしいが、伯爵が運営資金のほとんどを拠出していて、たまには施設の運営も手伝っているらしい。街角に立つ女の子たちにも声をかけ、希望する子は無料で入所させているそうだ。
「伯爵、まだ若いのに本当に本当にご立派ですわ」
「いえ、私は何も。母の遺志を継いだだけですので」
「それでも、本当に熱心でいらっしゃいますもの」
そう、かれはまだ二十代半ばで若い。コバルトブルーの髪に水色の目、レオほどの男前ではないけれど端正な顔立ち。しかもまだ独身なので、ご令嬢方にも人気がある。
「ぜひ施設を見学させていただけないかしら。それに、寄付もさせていただきたいわ」
「光栄でございます、妃殿下。すぐに運営責任者に連絡をとって、日時を調整させていただきます」
「サルムの施設を見に行くのか?」とレオに聞かれて、私はウキウキしながら「ええ」と答える。
「楽しみ。王太子妃になって一番やりたかったことは、困っている国民のためになることだもの。施設を見せてもらえれば、きっとたくさんヒントが見つかるはず。ね、彼のシェルターに寄付していいよね?」
「構わないが…」
「ありがとう!ああ、本当に楽しみ。詳細に報告してあげるから待ってて」
「張り切りすぎて迷惑をかけるなよ」
シェルターでは十数人の女性が生活をしていた。養父に暴力を振るわれて逃げてきた女の子、罪を犯して牢に入って罪を償って出てきたものの仕事に就けない女性、地方から王都へ出稼ぎにきたものの雇い止めに会ってしまった女性、ほとんど学校に通わずに育ってきた子など、さまざまな事情を抱えた女性たちが集まっている。小さな赤ちゃんを連れた若い母親も何人かいる。それぞれの事情を聞いて、涙が出そうになる。なぜか最近涙腺がゆるくていけない。
「伯爵…」
「サルムとお呼びください」
「サルム様、ここでは何か職業訓練のようなことはされているのですか?」
「ええ、小さいのですがあちらに作業場が」
運営責任者が読み書き計算や一般常識などを教え、手先が器用な入所者は作業場で先輩から針仕事なども教わるらしい。
「ただ、一番上手だった入所者が先月就職が決まって退所しまして…」
「あら、就職はおめでたいけれど、教える人がいなくなっては大変ですわね」
「そうなのです。今いる女性たちではなかなか彼女ほどには…誰か教えに来てくれないかと探しているのですが、なかなか見つからなくて」
「あ」
いるじゃない。ちょうどいい知り合いが。
「それなら私に心当たりがございます。彼女に来てくれるか聞いてみましょう」
「それはそれは!妃殿下、ありがとうございます」
「けれど妃殿下、なぜこの施設にそこまでしてくださるのですか?」とサルム様。
「私が王都治安部隊にいたことはご存知でしょうか」
「ええ、もちろん存じ上げております」
「そのときに強く思ったのですわ。”困っている人たちを助けられる力が欲しい”と。今、私は力を持つ立場にいる。その力をいいことに使いたいのです」
「ご立派です」
「いいえ。だってまだ具体的には何もできていないのですもの。サルム様には頭が下がりますわ」
施設の課題もいくつか聞いた。なかなか就職が決まらずに長期に入所する人がいること。その理由として、就職先の実績がほぼ針仕事しかなく、他の業種にも広げたいがなかなか広がっていかないこと。施設のスペースに限りがあるため、入所希望者がいても断らざるを得ないことがあること等々。
「就職先の確保がやはり大きな課題ですわね。子どもがいる女性でも働きやすい職場がベストだけれど、どんなところがあるかしら」と帰りの馬車でベロニカに聞いてみる。
「家でできるとなれば、やはり針仕事くらいしか思いつきません」
「そうよね」
「子どもが急に熱出したりしたときに休みやすい職場というのは、なかなか難しいかと」
「助けになりたいけれど、どうしたものか」と思いながら窓の外を流れていく景色を眺める。あ、あれはレオと待ち合わせをしていたカフェ。懐かしい。
ん?んんん!?
「ちょっと止めて!」
「妃殿下、どうなさいました」
「ベロニカ、あのカフェでカフェラテを買ってきてくれないかしら。あの、今お客さんと話してる黒髪の店員さんに、馬車まで持って来るように言って」
「は…」
「お願い!」
「かしこまりました。行ってまいります」
しばらくすると、黒髪の店員が馬車までカフェラテを運んでくる。眼鏡をしていないから雰囲気が違うけれど…
「やっぱりリロイだった」
「やっぱりメグだった」
同時に言って笑いあう。
「ねえ座って。リロイ、なんでカフェで働いてるの?」
「ここ、父さんがやってる店のひとつだから」
「ここがレイダー家が経営してる店なのは知ってたけど、なんで店員?経営者の息子なのに」
リロイのお父様は徹底した現場主義のため、修行のためまずは店頭に立つことを求められたのだという。
「それに、慢性的な人手不足でね。猫の手も借りたいくらい忙しい。左腕しか使えない僕だって貴重な戦力と言われるくらい」
「そうなんだ…あ!じゃあさ…」
私はシェルターの女性たちのことをリロイに説明し、接客の上手な女性がいれば雇ってもらえないか交渉した。
「来てもらえるのはありがたいよ。子どもは背中にくくりつけといてもらってもいいし」
「やった!でも背中にくくりつけて立ち仕事って普通の女性にはちょっと辛いでしょ。腰とか膝とか痛めそう。それより誰か子守りの上手な人を雇って、働いてる間は従業員の子どもの面倒を見てもらうのはどう?シェルターに子どもと遊ぶのが上手な感じの人もいたよ」
「あ、それもいいねえ。それなら子持ちの人ももっとうちの店に働きに来てくれるかな。ちょっと父さんと相談してみるよ」
「僕の特製カフェラテが冷めちゃうから、早く飲んでよ」と見送られて、私は意気揚々と王宮に帰り着いた。




