嫉妬に狂う貴婦人
「エビネ様、この度はご結婚おめでとうございます」
「妃殿下、お祝いを賜り光栄でございます」
エビネ様は相思相愛だったとお相手と結婚された。手先の器用なラフィア伯爵令息カーマイン様。地方公務と重なってしまい結婚式には参列できなかったので、今日王宮でお祝いの気持ちを伝えている。
「これからも王都で生活を?」
「ええ、しばらくは王都におります。夫は王都で仕事がございますので」
「でしたら、これからもいつでもお会いできますわね」
「ええ、妃殿下」
「妹のローレル様もお喜びでしょう。ローレル様は、本当にお姉様のことが大好きですもの」
「ええ。慕ってくれているのは嬉しいのですが困りますわ。今は私が生活している屋敷に入り浸りですので」
簡単に想像できて笑ってしまう。ローレル様は、エビネ様と私より二つ年下の十六歳。エビネ様と同じ赤紫の髪に緑の目の美人だ。顔立ちは清楚なエビネ様に対して、可愛らしくて華やかな印象。ハルクレイブ邸の警備に入っていた時に何度かお話をしたことがあって、そのときからとにかく「お姉様大好き」「お姉様を守って」「お姉様に何かあったら一生許さないから」というオーラがムンムン出ていた。
「笑い事ではございません、妃殿下。もう十六歳ですから社交界にも出て結婚相手を探さないといけないのに、あんなに毎日私にべったりでは」
「でもそこが可愛いのでございましょう」
「ええ、まあ…」
「姉の性ですわ。私も弟のアーサーには弱くて」
「ほほほ」とエビネ様は笑って帰っていった。そのほんの数週間後、ローレル様が遺体で発見されて、カーマイン様がローレル様を殺したとして逮捕されるなんて、どうやったら想像できただろう。
「ロナルド様、お忙しいところお呼び立てしてすみません。ローレル様の事件、担当されてるんですよね?」
「ええ、妃殿下。どうか敬語はおやめくださいませ」
「二人きりの時は以前のままでお願いします。班長ともそうですから」
「あ、じゃあネズミ」
「それはやめてください」
ロナルド様によると、カーマイン様はずっと容疑を否認しているらしい。「ロナルド、証拠はあるのか?」といつの間にか私の部屋に入ってきた班長が聞く。
「っていうか、これでもかっていうくらい証拠だらけです。ローレル嬢がカーマイン様の上着のボタンを握ったまま亡くなっていたり、目立つところにカーマイン様の身分証が落ちていたり。そりゃもう怪しいほどに証拠だらけ」
「でもカーマイン様は否認なんだな?誰かがカーマイン様を犯人に仕立てあげようとしている、と?」
「ま、そういうことです。でも一応カーマイン様にも動機はありまして」
信じがたいことに、カーマイン様は義理の妹であるローレル様と男女の関係だったというのだ。
「信じられない。エビネ様と相思相愛で結婚したのに…エビネ様はカーマイン様のために王太子妃の椅子を蹴ったんですよ!王太子妃候補だったほどの方と結婚してすぐに浮気だなんてどうかしてます。しかも妻の妹とだなんて」
「いやメグ、男ってのはな…」
「いや、そういう話聞きたくないです」
とにかく、カーマイン様の浮気相手がローレル様だったことはカーマイン様も認めている。カーマイン様が犯人だとすれば、別れ話がこじれたか、エビネ様と離婚しろと迫られて殺したか…どちらもありそうな話だ。
「エビネ様から話を伺って、誠実そうな良い方だと思ってたのに…カーマイン様って最低の浮気男ですね」
「男の性だよ。ローレル様みたいな美人が手の届くところにいたら…」
「そういう言い訳って最低!カレンドラ様にいいつけてやるから」
「妃殿下、お慈悲を」と冗談めかして言いながらロナルド様は帰っていった。ぷりぷりしている私に、レオは「えらくお怒りだな」と苦笑する。
「ロナルド様ったら、美人がそばにいたら手を出したくなるのが男だっていうのよ。信じられない。最低よ」
「間違ってはないと思うが」
「実際、俺のそばには極上の美人がいて、俺はその美人に手を出したくて仕方ない」と言って、レオは私の顎を持ち上げてキスした。
「その上目遣い」
「身長差があるからどうしてもこうなるのよ」
「最高だ」
その数日後、カーマイン様が自供したらしいと、ロナルド様から連絡を受けた班長が教えてくれた。
「否認から一転、急にどうしたんでしょうね」
「ローレル様の喉の中に引っかかってたネックレスを見て顔色が変わって自供したらしい。自分が殺したと。まあそういう場合はたいてい…
「ネックレスの持ち主を庇ってる、ですよね」
でも、それって…それって、もしかして。
「ローレル様の喉から見つかったネックレスを見たいのですが」
「心当たりがあるのか?」
「ええ」
ロナルド様が持ってきてくれたのは、やっぱりあのネックレスだった。先日エビネ様が王宮に来てくれたとき、確かに胸元で光っていた、カーマイン様が手作りしたペンダント。ローレル様がエビネ様に殺される前に引きちぎって飲み込んだんだ。ローレル様を殺したのは、エビネ様。カーマイン様は妻であるエビネ様を庇っている。
「メグ、顔色が悪いぞ」
エビネ様、なんてことを。
エビネ様は大切なお友達。「王太子妃になれ」「レオと二人で国民に新しい時代を示せ」と背中を押してくれた人。優しくて、聡明で、気配り上手で、エビネ様のいいところを挙げたらきりがない。ローレル様のこともあんなに大事にして、可愛がっていたのに…二人に裏切られたことで、理性を失ってしまったのだろう。一瞬、このまま黙ってエビネ様を庇おうかと考えてしまい、ロナルド様の声で我に返る。
「メグ…?」
「ロナルド様、少し時間をください。自首するよう、犯人を説得しますから」
私は、誰が見ても思いつめた顔をしているはずだ。そんな顔で食卓についてレオに何も聞かれないはずがないが、給仕がいる前では話せない。寝室に戻ってから、エビネ様がローレル様を殺したことを告げる。
「あのエビネが」
「そう、信じられないよね」
レオは私を抱きしめて揺すってくれる。
「本当はまだ信じたくない」
「明日、エビネに話をするときに一緒にいたほうがいいか?」
「ううん、ひとりでやる。そのほうがエビネ様も話しやすいと思うの。彼女がしたことは許せないけど、友達だから、ちゃんと彼女の話は聞いてあげたい」
王宮にやってきたエビネ様は、私の顔を見て全てを悟った。
「妃殿下、ご存知なのですね」
私が頷くと、彼女は「私が妹を殺し、その罪を夫に着せました」と自白した。
「夫も妹も許せませんでした。私を裏切った。私は二人のことを愛していたのに」
「ええ」
カーマイン様がエビネ様を庇って、自分が殺したと嘘の自白をしたことを告げると、エビネ様は少しだけ微笑んだ。
「彼なりの罪悪感ですわね。少しは私への愛が残っていたのかしら。でも、今さら遅いわ」
「エビネ様、どうか自首してください」と頼むと、エビネ様は意外なほどあっさり頷いた。
「ええ、けれど一旦家に戻って身辺を整理してからにさせてくださいませ。ロナルド様に、三時に屋敷に来てくださるようお伝えいただけますか」
「ええ」
私はエビネ様を抱きしめて「あなたがしたことは許されないけれど、あなたのことは今でも大切なお友達だと思っております」と伝える。「妃殿下、ありがとうございます」とエビネ様は声と身体を震わせた。
私は直感する。エビネ様は死ぬつもりかもしれない。
そんなことはさせない。
ロナルド様に三時を待たずにすぐにエビネ様が住む屋敷に向かってほしいと伝え、信頼のおけるアサファとロベリアもエビネ様の屋敷に向かわせる。「身辺整理を手伝うよう妃殿下に命令された」とでも何とでも言って、死なないよう見張れと。
アサファとロベリアの隙をついて死のうとしたエビネ様はすんでのところで自殺を阻止され、「生き恥を晒すなら死んだほうがマシ」と泣きながらロナルド様に連れて行かれたらしい。
アサファとロベリアの報告を聞き、リリナが淹れてくれた濃いめのお茶を飲もうとするけれど、涙が溢れて止まらなくなって全然飲めない。思い出されるのは、エビネ様とのいい思い出ばかり。優しい笑顔、声、上品な仕草…彼女がいなければ、私は今ここにはいなかった。泣き続ける私を心配して誰かがレオに伝えたのだろう。レオが部屋にやってきた。
「大丈夫…ではないな」
「友人を牢に送ることになるなんて」
「仕方ない。彼女がしたことは許されない。夫と妹に裏切られたことには同情するが、人を殺していい理由にはならない」
「わかってる」
「時々は会いに行ってやれ」
「うん、ありがとう」
エビネ様の裁判が終わって刑が確定してから、エビネ様に会いにいった。彼女は思ったよりも落ち着いていた。
「毎週、カーマイン様が会いに来てくださるのです」
「私はここで、彼は外で、それぞれの罪を償おうと言ってくれましたの。そして、”ずっと待ってる”って」とエビネ様はほんの少しだけ表情を和らげる。
「そうですか」
「裏切られて傷つけられて妹まで手にかけて…それでも私は、また彼の元に戻りたいのです」
「おかしいかしら」という彼女に、なんと返していいのか。「私ならそんな男の元には死んでも戻らない」とは思うが、でも、もしそれがレオだったら?
「愛していたけれど、実はひどい男だった」と一言で諦めきれるだろうか。レオがローズ様に心変わりしたかもしれないと疑ったときの、「それでもレオに縋りたい」という本音が蘇る。
「今度は幸せになれるように願っております」
「そう言ってくださったのは妃殿下が初めてですわ。ありがとうございます」




