夫婦
次の日の夜、月明かりの下、白い服を着た私は北廊下で幽霊を待つ。やって来たクレオメ様は、私に気付いて足を止めた。
「クレオメ様。望んでおられないのなら、もうこれ以上、無理に西塔には行かれなくても」
クレオメ様が息をのむ気配がする。そしてため息。
「マーガレット様はご存知なのですね」
「ええ。好奇心が過ぎて…申し訳ございません」
クレオメ様は話し出した。夫婦で何度も話し合い、最初はクレオメ様も「子どもを得るため」と納得していたこと。けれど実際にダニエル様と夜を過ごすと、どうしても辛くて、もう耐えられそうにないこと。
「ダニエル様がどう、ということではないのです。とても良い方です。そもそも私たちが無理を言ってお願いしたのですし。けれど…」
「クレオメ様がリヒトール様を愛しておられるから…」
「ええ。愛のない行為はただただ虚しくて悲しいだけ。王家の血を引く子どもを授かるという目的があったとしても、私にはもう…」
暗がりから「クレオメ…」と声がする。レオに車椅子を押されたリヒトール様が廊下に姿を現した。
「クレオメ、すまない。私はこれがクレオメの…そして私たちのためだと信じて…そんなに辛い思いをさせてしまったなんて」
「殿下…」
「私は殿下の子ども以外は欲しくありません。それがわかったのです。痛いほど」と車椅子の上の膝に縋って泣くクレオメ様を、リヒトール様も「すまない」と泣きながら抱きしめ続けた。
「兄上、人が来ます。寝室へお戻りください。あとはお任せを」
クレオメ様に寝室から持って来た柄物のストールを被せ、二人を寝室へ戻らせる。私とレオはここでひと芝居。
「いたぞ!幽霊だ!」
振り返ると、近衛隊の隊員たち。「幽霊なんていない」「確かめに行こう」と肝試し感覚でやってきたのだろう。私はひらひらと指を動かし、彼らに手を振って見せる。
「ん?ええっ!マーガレット妃殿下!?が幽霊っ!?」
「あら、バレてしまいましたわね」
「妃殿下、なぜこんな時間にこのようなところに…」
「お転婆な妃殿下がまたなにか企んでいるのか」という顔でみんなが私を見つめる中、「俺と待ち合わせだ」と暗がりからレオが現れて私の肩を抱く。
「ヴァレオ殿下!」
隊員たちはみんな直立不動になる。さすがレオの信者たちだ。「殿下。”待ち合わせ”とは…」と誰かが意を決したように聞き、レオはコホンと咳払いして答える。
「まあ…あれだ。いつもとは違うシチュエーションで、と思ってな」
「ああ…そういうことでしたか…」
隊員たちの顔にニヤニヤが広がっていく。リヒトール様とクレオメ様、そしてダニエル様を守るためとはいえ、こんな嘘は恥ずかしすぎる。何か他に適当な作り話はなかったのか。彼らの視線が痛い。痛いよ。
「騒がせて悪かった」
「いいえ、とんでもありません!私どもこそ、お邪魔して申し訳ございませんでした。私たちは引き上げますし、誰もここには近づかないようにします。どうぞ、心ゆくまでお楽しみください」
「するか!ニヤけるのをやめろ!一切想像もするな!」と心の中で叫びながら彼らを見送ってひと息つくと、レオが後ろから私を抱きしめてくる。
「今日は本当に西塔に泊まるか?」
「泊まりません!」
「じゃあここで?」
「はい!?もっとあり得ない!何考えて…」
「たまには場所を変えてみるのもいいだろ」
「いや、そもそももう真夜中だから、普通に帰って寝る!」
寝室に戻って、レオに抱きしめられながら眠る。きっとクレオメ様もリヒトール様と抱き合いながら眠っているだろう。そう考えたらふっと笑みが溢れる。
「どうした?」
「クレオメ様もこうやって抱きしめてもらっているかなって思って」
「そうだな」
「子どもは諦めなきゃだけど、お二人にはこれで良かったんだと思う」
「ああ」
夫婦や家族の形はそれぞれ。誰がなんと言おうと、世間体がどうだろうと、本人たちが幸せな形が一番だ。
と、ふと、最初はレオにクレオメ様の相手の依頼が来ていたことを思い出す。もしレオが承知していたら…とレオとクレオメ様の姿を想像してしまい、「ああああああ」と叫びながら頭を振って、浮かび上がってきたイメージを振り払う。
「今度はなんだ。忙しいな」
「何でもない!」
「何でもなくはないだろ。すごい声だったぞ」
「聞かないで、見ないで、忘れて、もう寝て」
悟られたくなくて、顔を見られまいとレオに背中を向けるけれど、簡単に向きを変えられて顔を覗き込まれる。この紫の瞳は、私のことはなんでもお見通し。
「メグ以外の女性とはしない。これから先、一生」
「でも、例えば、私が子どもを産まずに早死にしたら…」
「早死になんてさせないが、もしそうだとしても、メグ以外とはしない」
「愛がなければ快楽も虚しいだけ。でもメグとは違う。喜びに満ちてる」と耳元で囁かれる。ああ、そういってもらえて嬉しい。
「嬉しい」
「何が。メグ以外とはしないことが?」
「違う。私とは喜びに満ちてるって感じてくれてること。私も同じように思ってるから」
そういって私はレオに口づける。
「愛してる、レオ」
「…あんまり煽るな。もう夜中の三時なのに」
「いや、そういうつもりじゃないって…キスしただけ…ちょっと!」
「もう遅い。メグのキスがどれだけ俺を煽るのかわかってないのか」
翌朝、赤い目をした私とレオは、リヒトール様とクレオメ様が申し訳なさそうにする目の前で、「噂の幽霊がメグだったと!?人騒がせが過ぎる」と国王陛下にたっぷり叱られた。部屋に帰ってから「父上に叱られるなど、久しぶりだ」と楽しそうにするレオに、恨み言のひとつも言いたくなる。
「もっといい嘘はなかったの?」
「ああいう噂ほど広まるものはないからな。他の噂が入り込む隙もない」
「まったく。私たちがどんな目で見られてるか」
「務めに熱心だと思われてるよ」
「もう!」
「実際そうだろ」
「…レオはもっと硬派な人かと思ってた」
「メグにだけ見せる顔があるんだよ。メグも俺にしか見せない顔があるだろ」




