近衛隊長
私は近衛隊の人事評価書に目を通した。確かにベロニカの評価は著しく低い。過去に遡って調べてみると、何期か続けて低い評価を受けた後に退職している隊員が何人か見つかった。治安部隊や軍隊で優秀だとして近衛に異動してきたはずなのに、最低ランクの評価をつけられている。
退職した彼らをこっそり王宮に呼んで話を聞く。「話したくなければいい」と前置きしたが、ほとんどの元隊員が進んで話してくれた。やはり隊長のクレイトンに、恋愛対象が同性であることを知られてから、厳しい評価を受けるようになったらしい。
「妃殿下にこのようなお話を聞いていただけて、有り難いです。同じような思いをする隊員が出ないように願っています」
「ええ、そのために頑張るわね」
「また王宮に来られて嬉しいです。今は家業を継いでおりますが、国王陛下の護衛を務めていたことは今でも私の誇りです」
「そう…陛下にも少しあなたのことを伺ったの。優秀でよく気がつく隊員だったと褒めていらしたわよ」
「陛下が…私のことを覚えていてくださっているなんて…感激です」
退職後三年経っても国王陛下に覚えられているような優秀な隊員まで、退職に追い込まれていたなんて。クレイトン、絶対追い出してやる。「私は厳しいですが公正公平です」みたいな顔して、こんなことをしていたなんて許せない。人事評価と聞き取った内容をまとめて、レオと国王陛下に報告する。
「五年分の人事評価書全てに目を通したのか?」と陛下が目を丸くする。
「はい、陛下。クレイトンが隊長になったのが三年前でございます。それ以前とそれ以降を比較する必要がございましたので」
「しかしひとりで…」
「調べている内容が内容だけに、隊員に調べさせるのは抵抗がございまして。クレイトンに同調する者がいる可能性も考慮して」
「それで最近寝室へ来るのが遅かったのか」とレオ。
「俺にも言ってくれれば手伝ったのに。ひとりでやるなんて」
「殿下も最近はご出張などがあり、ご多忙でしたので」
「だからって。隠し事するなんて」
「隠してはおりません。もし何をしているのかお尋ねがありましたら、正直に答えましたわ」
「夫婦喧嘩はやめろ」と国王陛下に制されて、私たちは口をつぐむ。私がまとめた資料を読んだ陛下は「身近でこんなことが起こっていたのに気づかなかったとは」と深いため息をついた。
「クレイトンを辞めさせるのは決定だが、この資料だけで彼は自分が不当な評価をしてきたと認めるだろうか」
確かにどうにかして言い逃れはできそうだ。「それなら罠にかけましょう」とレオがいい、陛下に何か耳打ちした。
クレイトンは陛下の執務室に呼ばれ、「実は、同性愛を認める法律を廃止したいのだが」とかまをかけられた。喜んで自らの差別意識をペラペラ喋り出したクレイトンに、私が集めた証拠を突きつける。するとクレイトンは反省の言葉を口にするどころか、開き直った。
「貴婦人を愛してこその男性騎士。同性愛など騎士道になじみません」
それは少女が好んで読むおとぎ話に出てくる騎士だよ。近衛兵の頂点に立ついい大人が、今もそんな幻想にとりつかれているなんて。
「クレイトン、時代錯誤が過ぎます」
「しかし妃殿下…」
「いや、メグが正しい。勤務や訓練における成績で正当に評価するべきだ。性的指向は関係ない。隊長ともあろうものが、新しくなった近衛隊の内規を読んでないのか」とレオにピシャリと口を封じられ、クレイトンは歯噛みしながら、今の今まで部下だった騎士たちに連れて行かれた。
クレイトンがいなくなったことで、ベロニカは近衛隊に残ることを決め、彼女の辞表は私がビリビリに破いて捨てた。
「カロライナ殿下のことは…」
「誰にも言わないわ。ベロニカ、あなたが私に頼まない限りね」
「そのようなことは!絶対にございません!」
「そ?何ならカロライナ様付きに変わってもいいわよ。寂しくなるけど」
「いえ!遠くから時折眺めるだけで充分幸せなので!って何を言ってるんでしょうか私はっ!?」
ベロニカの可愛い反応に、私は幸せな気分になる。今はベロニカの片思いだろうけど、二人がいつか本当に結ばれたら全力で応援する。
そういえばクレイトンの後任はどうなるのだろう。そう呟くと「もう決まってる。今抱えてる仕事がひと段落してから異動してくると返事があった」とレオが言う。
「今度の人は大丈夫でしょうね?」
「ああ、メグもきっと気に入る。保証する」
「へえ。随分自信があるのね」
数日後、「この度近衛隊長を拝命しました」と挨拶にやってきたのは…
「は、班長っ!?」
国王陛下ご夫妻もいる前で大きな声で呼んでしまい、慌てて口を押さえる。
「ソブル男爵ネイトでございます。私の命に代えましても…」
驚きすぎて班長の挨拶が頭に入ってこない。班長はまだ三十代半ば。前任のクレイトンは五十歳手前だったから、かなり若い。かなりの飛び級で、何人もごぼう抜きにしてこの地位まで来たはずだ。いくら班長が優秀でも、まさかこの若さで近衛隊長になるなんて。それに…
挨拶の後、部屋に来てもらって班長に「大丈夫なんですか、班長?」と聞く。
「妃殿下、ネイトとお呼びください。治安部隊の一班長からいきなり近衛隊長など異例ですから、経験不足は否めませんが…」
「いえ、それはあんまり心配してません。私が言っているのはベル様のことです。あと二人の時は気持ち悪い敬語はやめて下さい。命令です」
「大丈夫だよ」と班長は苦笑する。
「週一確実に休んで家に帰れるから、ベルもそっちもほうがいいらしい」
「そうですか。それならよかったです」
ネイト班はロナルド様が引き継ぐらしい。ロナルド様とシュミール様の班かぁ…面倒臭そうだけど楽しそうだなとニヤニヤしていると、「二人で密談か」とレオが入ってきた。
「レオ、もしかして私のために班長を隊長にしたの?」
まだ王宮の中で信頼のおける人が少ない私のために…?
「違う。俺は人事に私情を挟まない。適任だからだよ。人を見る目があって部下に慕われ、公平で公正だ」
「確かに…」
「まあ確かに、暴走しがちなメグを押さえつけるのも、元上司のネイトなら簡単だろう。血の気が多い王太子妃だからな、よろしく頼むぞ」とレオは班長の肩を叩いた。




