罪悪感
「メグ、どうかしたか?心配事でもあるのか」
「何もございません。ただ、少し疲れております。久々にしっかり身体を動かしましたので」
「そうか。なかなかの腕前だった」
「お褒めいただき光栄でございます。ぜひまたお手合わせいただきたく存じます。今度は卑怯な手なしで」
「まだ言うのか。根に持つな」
食事中、エレクタからの手紙のことを考えていたら、レオに気遣われてしまった。隠し事なんてしたくはないけれど、あれは私とソニー、そしてエレクタの問題。レオに話して無駄に心配させたくない。
エレクタへの返事には、「一度会って話をいたしましょう」と書き、実家から持ってきた宝石を同封した。しばらくの生活費くらいにはなるだろう。ソニーを殺したことについては自分の中で何とか折り合いをつけようとしてはいたが、後悔していなかったといえば嘘になるし、今回のように家族の存在を突き付けられるとより辛い。家族への誠意を見せるチャンスをもらったと思えばいい。
翌週、エレクタが王宮にやってきた。赤毛にグレーの目の若い女性。私と同い年か、少し年上くらいに見える。「食べるものにも困る」とあったから、もっと痩せて薄汚れているかと思ったけれど、思ったより健康そうで服も新しい。今年流行している派手なドレスを着ている。カロライナ殿下が見たら「金魚みたい」とでも言いそうな赤くてテカテカのドレス。髪も赤いから、上から下まで赤い。
「よく来てくれました、エレクタ」
「妃殿下、お招きいただきありがとうございます」
彼女から、私への敵意はあまり感じられない。どちらかというと媚びているような印象を受ける。自分の父親を殺した人間に媚びる?なんだかおかしい…
「あなたのお父様のこと、お話ししたくて。もしかしたら生きて捕らえられていたかもと思ったことが…」
「いいえ、そんなことはいいのです」
「え?ええ!?」
「あ…何を言っても父は生き返りませんので」
「…ええ、そうですね」
「それよりも、あの…もう少し援助いただけませんか?切迫しているのです」
エレクタはお針子をしているがまだ見習い期間を終えたばかりで給料が少なく、家賃が払えずに住んでいる家を追い出されそうになっているのだという。滞納している三ヶ月分と、今後三ヶ月分を援助してほしいと頼まれ、戸惑っていると「弟も妹もいるのです。このままではみんな揃って路上で寝るしかありません」という。「私は我慢できます。でもまだ幼い弟や妹にそんなこと…」とハラハラ涙を落とすエレクタを見て、釈然としない思いを抱きつつも、私はまた宝石を彼女に渡して帰らせた。
「今日メグの部屋に来ていた全身赤の女性は誰だ?」
夜、ベッドに入るとレオに聞かれてギクリとする。見てたか、誰かから報告を受けたかしたのだろう。
「古い知り合いの娘だよ」
「何の用で?」
「彼女のお父様のことで少し」
「ふーん…メグ、何を隠してる?」
レオの勘の良さは班長並み。
「大したことじゃない。ね、それよりキスして」
「話を逸らす気か」
「本当にしてほしいの。お願い」
「まったく…その上目遣いをやめろ」
「嫌なの?」
「抑えられなくなるからだ」
翌週、またエレクタがこの前とは違う派手な服を来てやってきた。ソニーの息子、つまり彼女の弟は成績がよく、上級の学校へ進学させたいのだが、学費が払えそうにないのだという。
何かがおかしい。そもそも先週渡した宝石は、六ヶ月分の家賃を払っても十分にお釣りが来て、入学金と初年度の授業料くらいにはなるはずだ。
「エレクタ、それは本当に弟の学費のためのお金なの?」
「もちろんでございます。妃殿下が私たちの父を殺したせいで、弟は夢を諦めそうになっています。父さえ生きていればこんなことには…」
エレクタが涙を流しているところへ、扉がノックされた。
「メグ、俺だ」
「殿下、どうぞ」
エレクタを見たレオは「ああ、ちょうど来ていたのか」と呟く。
「ちょうど?」
「諜報部がまとめた彼女の調査資料を持ってきた。読め」
自分のことが調査されていたと聞いて、エレクタの顔色が変わる。資料を読み始めてすぐ、その理由がわかった。
彼女は自分がお針子だと言ったが、それは一年前までの話。今は仕事を辞めて賭博師の男と一緒に暮らしている。弟と妹がいるのも弟が優秀なのも本当だが、母方の叔母に預けっぱなしでエレクタは全く彼らの面倒を見ていない。お金が必要なのは弟や妹のためではなく、男に貢ぐため。
そもそも彼女はソニーの実の娘ですらなく、妻の連れ子。ソニーに暴力を振るわれて育ち、常々「あんな男、死んでせいせいした」と言っていたらしい。私からお金をせしめるために、ソニーの養女であることを利用しただけだ。彼女から受けた違和感の理由がわかった。
「薄々気付いてたんだろ、罪悪感を利用されてるだけだ。誠意を示したいのはわかるが、その方法は金だけじゃない」と言われて、私は小さく頷く。
確かに私がソニーを殺したのは事実。私がしたことのせいで家族が苦しんでいるなら助けたいと思ったのも事実。でも、こんなのは違う。
「エレクタ、本当に弟のために使うならば、先週渡した宝石の残りに加えて一年分の学費は援助するわ。でも、それで終わりよ。それ以降の学費については、優秀ならば授業料が免除されたり、奨学金をもらったりすることもできるでしょう」
するとエレクタは頬を染めて口調を荒げた。
「使い道はどうでもいいでしょう!?お金がいるの!」
「私はあなたたちがよりよく生きていくためなら援助は惜しまないつもりでした。けれど今のあなたに条件なしでお金を渡しても、あなたや弟たちの生活がよくなるとは思えません。あなたは堕落し、弟たちには何の得にもならないわ」
エレクタは顔をさらに赤くして拳を握りしめている。私は彼女の手を両手で握った。
「エレクタ、賭博師と別れてやり直しなさい。彼はあなたを金づるとしか思っていないのではないの?彼にけしかけられて、私に手紙を書いたのでしょう?」
何も言わないエレクタに「腕を見せなさい」と命じる。おずおずと袖をまくった彼女の腕には、丸い小さな火傷の跡。男につけられたんだ。暴力を振るわれ、お金を持ってこいと言われ、それでもその男に縋って。哀れな。
「この資料を見るとあなたは優秀なお針子だったそうですね。また仕事をする気があるなら、父の取引先のお店を紹介することもできます。求められる技術は高いけれど、お針子でも、贅沢しなければきちんと生活していけるだけの給料がもらえるお店よ」
「なぜ…」
「言ったでしょう。あなたたちがよりよく生きていくためなら支援は惜しまないつもりです。そして、単にお金を渡すとか、そういうことだけが支援ではないわ」
頷いて泣きながら帰っていくエレクタを見送り、「どんな気分だ」とレオが聞く。
「すっきりしたってわけじゃないけど、私にとってのあの事件がようやく終わった気がする」
騎士になってたくさんの人を殺してきた。全員覚えてる。その中でもソニーのことは「自分の未熟さゆえに殺してしまったのはないか」とずっと引っかかっていた。それがようやく一区切りついた。
「そうか」
「私が騎士のままだったら、彼女もこんなこと言いに来なかっただろうにね」
「そうだな。俺たちはスキャンダルやら何やら、常に弱みを探される立場だ」
「怖い」
「まあな。だから、常に正しくあれ」




