手紙
王太子妃の毎日は忙しい。私が未熟なせいもあるが、結婚前と同様に毎日何かしらの講義が組まれている。その他に陳情を聞いたり、国内のいろんな施設を視察したり、式典で挨拶したり。時間が細切れで、落ち着いて筋トレする時間もない。最近はスケジュール確認を聞きながらスクワットしたりといった「ながら筋トレ」ばかりになっていて、自分の筋肉が心配だ。
久しぶりに一時間ほど時間ができた。これは貴重。じっくり筋トレをするかどうするか悩んだ末、最近剣を振っていなくて鈍っているから、剣術の稽古をすることにした。王太子妃付きの近衛隊員に頼んで相手をしてもらう。
「アサファ、相手してくれる?」
「喜んで、妃殿下」
「手加減なしよ。これは命令」
「かしこまりました」
練習場でアサファを相手に稽古に励む。さすが近衛の精鋭、力が強くて動きが速く、一振りが重い。鈍った身体では防ぐのが精一杯。何とか勘を取り戻したところで、背の高いアサファの懐に飛び込んで胴を一本返す。
「防御も攻撃もお見事です」
「本当?手加減してない?ああ、疲れた」
ゼイゼイ言いながら情けなく床に四つん這いになって呼吸を整えていると、「もう終わりか?」と声がした。「まだまだ」と顔を上げるとレオ。
「メグも来てたのか」
「時間ができましたので、アサファに相手をしてもらっておりました。殿下も?」
「ああ、久々に。かなり鈍ってるはずだ」
そう言えばレオと手合わせしたことはない。
「殿下、よろしければ私と手合わせいただけませんか」
レオがアサファに目をやって、「どうだ?」と聞く。アサファは「妃殿下でしたら、王太子殿下の相手として不足ございません」と頷く。
「では容赦しないぞ」
「望むところですわ」
練習場にいた騎士たちは全員動きを止めて、剣を構えた私たちに注目している。「鈍っている」と言っていたけれど、レオは隙のない構えで、動き始めても速くて重い。芯で防がないと剣ごと吹き飛ばされそう。けれどやはり言葉通り鈍っているのか、何回か剣を交わすうちに大振りになってきた。これならアサファと同じように中に入り込める。
もらった!
喜び勇んで出て行ったら、待ち構えていたように簡単に振り払われて「これで終わりだ」と左手で短刀を突きつけられる。
「…!!」
わざと大振りして待ってたのか。やられた。
「勝負ありだな」
「こんなの卑怯よ!短刀を隠し持ってるなんて!」
私は思わずいつもの喋り方でレオに詰め寄り、アサファにも「卑怯よね?騎士の風上にも置けないわよね?」と同意を求める。けれどアサファはうっとりと拍手しながら「いいものを見せていただきました。妃殿下も殿下の攻撃をあれだけ防いだのはお見事ですが、やはりそこは王太子殿下…脱帽するしかございません」と言うだけ。周りの騎士たちも拍手している。ここにいる全員、レオの信者か。
「卑怯も何も、勝負は勝負だ。それに、常に実戦を想定して稽古しないとな」とレオは私の頭に手を乗せ、「メグはまだまだ甘い」と付け加えて、私の髪にキスする。あんまり腹が立ったので、そのままジャンプしてレオの顔面に頭突きを喰らわせた。練習場にいた騎士たちは青ざめるが、「王太子妃が頭突きとは」とレオは笑いをかみ殺す。
「お返しよ」
「だが、頭突きの前に身体に力が入ったぞ。あれだと”何かしてくる”と丸わかりだ。受け身を取ってダメージを回避する時間が十分にある。やっぱりまだ甘い」
「うるさいわね。とにかくもう一回勝負なさいな」
しかし「妃殿下はもうお部屋に戻られませんと。そろそろラッセル様がお見えになる時間です」とアサファに制される。確かに、今日はお兄様が来る予定だった。「次は負けないわよ」とレオを睨みつけながら、渋々練習場を後にする。
「メグ、王太子妃というのはそんなに汗だくになるものなのか?髪もボサボサだぞ」と、部屋で待っていたお兄様が呆れた声を出す。
「ちょっと剣術の練習をしていたのです。最近運動不足で鈍っていたので」
「相変わらず剣術に熱心だな」
「ええ、まあ。それでお兄様、ご用は?」
「これだよ」とお兄様がいくつか封筒を差し出す。
「私宛の手紙が屋敷へ?誰からですか?」
「差出人を見ろ」
"あなたに殺された男の娘"
「今月だけで四通も屋敷に届いたんだ。一通で終われば知らせるつもりもなかったんだが」
封を切って中を読んでみる。どれも大体同じ内容だ。
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マーガレット妃殿下
私は強盗を働いたとしてあなたに殺されたソニー・ベックの娘です。父は強盗などしておりません。強盗、そしてあなたを襲おうとしたという無実の罪を着せられて殺されました。
父を失った私たち姉弟は生活に行き詰まり、今日食べるものにも困っています。あなたに少しでも良心があるのならば、私たちに謝罪と救いの手を差し伸べるべきです。
エレクタ・ベック
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ソニー・ベック…彼の名を忘れたことはない。彼は、私が初めて殺した相手だから。彼を斬ったときの感触、飛んできた返り血、彼の体の下に広がっていく血溜まり、彼の血で赤く染まった自分の手は今でも鮮明に思い出せる。呼吸を整える私の両腕を掴み、お兄様が心配そうに顔をのぞき込む。
「メグ、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です」
「持ってこない方が良かったか?」
「いいえ、お兄様。知らせてくださってありがとうございます」
お兄様が帰ったあと、手紙を何度も読み返す。ベックがあの強盗事件の犯人だということは疑いようがない。証拠が現場に残っていて、彼はそれを取りに戻ってきたのだから。私が彼を殺したのも、やむを得なかった。殺さなかったら殺されていたのだから、正当防衛だ。治安部隊内の処理も正規のルートで滞りなく済んでいる。
でも「絶対に殺すしかなかったのか」「本当に生け捕りにできなかったのか」と改めて彼の家族から問われたら…もっと私が落ち着いて対応できていたら、殺さなくて済んだかもしれないという思いが湧いてくる。
私はペンを取って返事を書き始め、何度も何度も書き直してようやく封をした。




