「あなたはあくまで私のもの」
今日は戦勝記念日。婚約者となって初めて、レオとともに公式な場に出る。鏡の中の私は、薄い水色のドレス姿。オフショルダーに、エンパイアラインのシルエット。傷を隠すために長袖だ。リリナや侍女たちが今日に向けて磨き立ててくれた肌も髪も艶があって、自分で言うのもなんだけれど、とても綺麗だ。
けれど、今でもローズ様のことが頭の片隅にあって、表情がどうしても冴えない。名前も知らない貴族令嬢の「婚約破棄もあり得るかしら?」という言葉が蘇り、上手く笑えない。何度ローズ様のことを聞いてもレオは「俺を信じろ。そう言っただろ」というばかり。信じたいとは思うけれど、何もないなら、何故何も言えないのかがわからない。
本当は、ローズ様にまだ未練があるのだろうか。「やっぱり平民臭さの抜けない娘じゃなくて、名門貴族の令嬢の方が王太子妃にふさわしい」なんて思い始めたのだろうか。堂々巡りしていると、「用意できたか?」とレオが控室に入ってきた。
「綺麗だ」
「光栄でございます」
人前や公式な場ではさすがにレオに対して敬語を使う。ローズ様のことがあって、今はレオとの距離をとりたいから、敬語のほうが気持ちは楽だ。
「ここではまだレオでいい」
「いいえ、殿下」
「…まだローズのこと気にしてるのか。何もないと言ってるだろ」
だから、何もないなら何故何も言えないのよ。何もないのにあんなに頻繁に執務室に呼んだりする?あり得ないでしょ。少しイラっとしながらレオにエスコートされて会場に入ると、会場中の視線が私たち…というか私に突き刺さる。「ピンクの天使」であり、「初の平民出身の王太子妃」への好奇心が大広間に充満する。自分が珍獣にでもなったような気分だ。
人垣の中に、ロナルド様とカレンドラ様の顔が見えてほっとする。ロナルド様は、今日は伯爵家の次男としてここにいる。班長やリロイは身分の問題でここには入れない。
なんやかんや国王陛下なり大臣なり軍のお偉いさんなりが挨拶したり乾杯の音頭をとったりで時間が進み、こういった場にはお決まりのダンスタイムになる。当然私は一曲目はレオと踊る。練習の時よりも強く引き寄せられる。
「殿下、少し右腕が痛いですわ」
「ああ…すまない、つい」
曲が終わり、私たちは離れる。他の貴族たちから誘いを受けて、誘われるままに踊る。みんな「ピンクの天使と踊れるなんて光栄」とか「本当にお美しい」とか褒めてくれるが、褒め言葉の全てが右から左へ通り抜けていく。だって、広間の向こう側ではレオがローズ様と踊っている。あれだけ「何もない」と言っておいて、またローズ様なの…?
レオとローズ様のダンスはとても優雅。息もぴったりで、さすが元婚約者という感じ。レオが何かローズ様の耳元で囁き、ローズ様が感激したような顔で瞳を潤ませる。レオ、何を言ったの?踊り終わった二人はそのまま一緒にテラスに出てしまった。テラスに向かいながら、ローズ様がちらりと私を振り返って得意げに流し目をくれる。まるでローズ様が今の婚約者のよう。
涙が出そう。でもこんなところでは泣けない。
二人を見送った私に、「マーガレット様、ぜひ私とダンスを」とロナルド様がダンスを申し込む。踊りながらロナルド様は耳元で小さな声で「メグ、大丈夫だから」と囁いてくれる。でも何が大丈夫だっていうの?あんなに愛されていたと思っていたのに、婚約した途端に手のひらを返されるようにこんな仕打ちを受けて。
「何が大丈夫なんですか、こんな状態で。ロナルド様も、今、殿下とローズ様のこと見てたでしょう?」
「もうすぐ終わる」
「何が終わるんですか」と聞こうとしたとき、テラスからローズ様の悲鳴が聞こえてきた。目をやると、ローズ様がレオの前で近衛騎士に押さえつけられ、「どうして!?何故ですか殿下!私は殿下と私のためにやったのに!」と叫んでいる。
ローズ様が近衛騎士に引き立てられて、大広間に連れてこられた。一緒に戻ってきたレオは、集まっている人々に「たった今、リード伯爵令嬢ローズが認めた。フォーネル侯爵令嬢マグノリアの殺害、コーラブリッジ伯爵令嬢カリオペとハルクレイブ伯爵令嬢エビネの殺害未遂を、実行犯に指示したことをだ」と冷たい声で告げる。
ざわめきが大広間に広がり、みんなの視線がローズ様に集中する。ローズ様は白い肌を真っ赤にして、グレーの目に怒りを漲らせている。
「殿下、何故私を捕らえるのですか?私は何も悪いことはしておりません!私は、私たち二人のために良かれと思って…」
「人を殺し、傷つけたというのか」
「だって、殿下と私は相思相愛なのに、間に入ろうとするから!彼女たちが悪いのです」
レオとローズ様が相思相愛?ローズ様は止まることなく喋り続ける。
「私たちは絶対に結婚すべきだったのに、父が勝手に婚約を辞退したのですよ。殿下が私以外と結婚するなんてあり得ません。殿下だって、私のことを愛していたから、長く婚約者をお決めにならなかったのでしょう?戦地にお手紙を送った時、”私も婚約辞退は残念だ”と返事を下さったではありませんか」
「それ以外どう答えられたというんだ。そのあとに”だが辞退を受け入れる。ローズも前に進め”と書いたはずだが。私たちの関係はもう終わっている」
ローズ様は頭が首から外れてしまうのではというくらい、激しく頭を振る。動きが異常だ。屈強な近衛騎士が引きずられるほどの力でレオに歩み寄ろうとする。
「いいえ、いいえ!殿下は今でも私を愛しておられます!それなのにマグノリアだのカリオペだのがしゃしゃり出てきて!だから、私たち二人の間を邪魔することなどできないと思い知らせてやったのです」
「エビネが身の程をわきまえて辞退したと思ったら…今度はこの平民が!身の程知らずも甚だしい!満足に挨拶ひとつできないくせに」と叫んで、ローズ様は今度は私を睨みつける。彼女の目に宿るあまりの狂気に一瞬私が怯んだ瞬間、彼女はどうやってか近衛騎士に押さえつけられていた腕を振りほどき、騎士の剣を奪って私に向かってきた。
でも所詮は素人、隙だらけ。私は簡単に避けて彼女の腕を上からたたきつけて剣を落とす。彼女の腕をとって豪快に一本背負いで投げ飛ばして馬乗りになり、いつものようにドレスの下に隠していたナイフを彼女の喉元につきつけて動きを止める。不思議と右腕の震えは止まっている。
「マーガレット様、お見事」とロナルド様の大きな声、そして拍手。拍手がどんどん広がり、大広間を包み込んだ。「苦しい、どいて!」と、肺の上に乗られたローズ様が呻く。
「マグノリア様はもっと苦しかったの。カリオペ様は今も苦しんでる。エビネ様だって…怪我はなかったけれど感じた恐怖は消えないわ。人が斬られるところを目の当たりにしたのよ。普通の貴族令嬢なら一生見ることがないようなものを目にしてしまったの。彼女は一生苦しむ。その苦しみがあなたにわかる?」
「その通りだ、ローズ。お前がやったことは決して許されない」というレオに、まだローズ様は縋る。
「殿下!殿下はこの平民に騙されているのです!」
「いや、メグはいつも私に正直だ」とレオの声はあくまで冷静だ。
「彼女は、私が初めて心から愛した女性だよ。残念だが、君と婚約していた時とは比べ物にならないほどの結びつきを感じている」
「嘘よ…嘘!殿下は私だけを愛しているの!殿下は私のものよ!こんな…こんな…ドレスの下に短刀を隠している平民女が王太子妃だなんてあり得ない。私の方が王太子妃にふさわしいわ」
平民平民うるさいよ。平民だろうが何だろうが、私は真っ当に生きて、国と国民のために働いてきた。何も恥じることはない。恥じるべきなのは、あなた。私は深呼吸して、お腹の底から声を出す。
「ローズ様、私は確かに平民です。未熟者ですし、誰もが認める立派な王太子妃かと問われれば、自信はございません。けれど少なくとも、あなた様のように嫉妬にかられて人を殺すようなことはいたしません」
「なんと落ち着いて、頼もしい王太子妃ではないですか。ねえ皆様?」とロナルド様の大きな声。そして「その通りです、ローズ様」とエビネ様の声もする。
「あなたが雇った男が私を殺そうとしたとき、マーガレット様は自らの危険を顧みずに私を守ってくださいました。殿下のことを愛していながら、婚約者候補だった私のために命を落とす覚悟で。本当にご立派な方…ヴァレオ王太子殿下の隣に立つにふさわしい方ですわ」
会場にまた拍手が広がっていく。
「おかしいわ、こんなの!平民出身の王太子妃だなんて」とまだ叫ぶローズ様を「おかしいのはローズだ。もういい。連れていけ」とレオが遮って、ローズ様は大広間から連れ出された。
ロナルド様が私の耳元で「最後のお手柄だな」と囁き、「黒薔薇の花言葉知ってるか?」と聞く。またそれ?ロベリアのときも誰かに聞かれた。
「薔薇ですから、"愛"とか?」
「ぶぶー。黒い薔薇は…」




