受容
家に王宮からの使いが来た。しかめつらしい顔をした初老の男性。
王家の皆様との顔合わせがあり、婚約発表があり、王宮からフリン邸に使者が派遣されて正式に婚約成立となり、結婚式と披露宴があり、その合間を縫って王太子妃としての教育のカリキュラムがどうだこうだと細かいことをいろいろ言って、こっそり「胸の詰め物を大量購入、言葉遣いの矯正が必須」とメモをとって帰っていった。「そのメモ、見えてるよ」と言いたかったがぐっと我慢だ。家族と私はもうその使いと話しただけで「王太子と結婚するのって、想像よりずっと大変」とぐったりしてしまった。
「お父様、私は途中から意識が飛びそうでした」
「私もだよ」
「ああいう煩雑な儀式やしきたりや手続きがはびこる世界に慣れていかないといけないのですね。今までは剣ですぱっと解決できたのに」
「どっちがいいのやら」
翌日から早速王宮での王太子妃教育が始まる。貿易商の娘だけに、経済や外国についての知識や外国語の素養はあるのだが、政治や外交は複雑で難しい。そして王族としての立居振舞や儀礼などの知識は皆無。最初の一週間で音を上げそうになるが、逃げだすわけにもいかない。
そして今日は王家の皆様との顔合わせ。レオは「みんな歓迎している」と自信満々だったし、エビネ様からも「カロライナ様がべた褒めでした」と聞いてはいるけれど、やっぱり心配だ。服装や髪形は、エビネ様やその侍女にも相談に乗ってもらって決めた。エビネ様は「そんなに神経質にならなくても」と笑うが、私や家族には彼女やハルクレイブ家が持つ「貴族としての常識」がないのだし、何か失礼があっては大変だもの。
顔合わせ当日、グリーンのドレスで王宮へ向かう。腕にまだ生々しい傷が残っているため…というかもう腕や足は訓練や仕事中の怪我で傷だらけなのだが…長袖だ。グリーンは王都治安部隊の制服の色でもある。着慣れているし、瞳の色と同じだし、一番私らしいと思ってこの色を選んだ。アクセサリーは大好きだった祖母の形見をリフォームしたもの。髪はハーフアップにしてある。
「今日は一段と綺麗だ」と、出迎えたレオが褒めてくれる。嬉しいけど、それよりも緊張が勝ってうまく笑えない。それに、今日はドレスの下の武器をつけていないので、重みが足りなくて落ち着かない。慣れって怖い。
「マーガレット・ヴィクトリア・フリンでございます」
勢ぞろいの国王ご一家を前に、さすがに声が震える。国王ご夫妻、リヒトール殿下ご夫妻、カロライナ殿下、ネリネ殿下、そして実在すると思っていなかった王太后様もいらっしゃる。全員のオーラがすごい。「これが王家」と気圧されていると、カロライナ殿下が満面の笑みで駆け寄ってきて私をハグする。いい匂いがして柔らかい…けどこれは一体!?
「カロライナ殿下!?あの…」
「本当に嬉しいわ、メグお義姉様!」
マーガレットではなく、メグお義姉様?
「そのドレスとても綺麗ね。騎士の制服が一番素敵だけれど、女装も似合ってらっしゃるわね」
「女装…」
私はそもそも女ですが。というかこの手のひらの返しようはどうしたことか。「どういうこと?」とレオを見やると、彼はニヤリと片側の口角だけあげて目をいたずらっぽく光らせる。レオらしいその表情は素敵だし大好きだが、私の首にかじりつくこのカロライナ殿下をどうにかしてくれ。レオは楽しそうな顔をして眺めているだけで、一向に何もしてくれない。
しばらく間があって、「カロライナ、マーガレットが目を白黒させて困っているよ」と国王陛下が助け舟を出してくださり、ようやくカロライナ殿下は名残惜しそうに私から離れた。彼女と目があって、「まるで恋する乙女のような」というエビネ様の言葉が蘇ってブルリとする。まさか…ねえ…
「マーガレット。私たち王家全員が、カロライナと同じような嬉しい気持ちでいるよ。国民の英雄、”ピンクの天使”を家族に迎えることができてね」
「そう言っていただけて、光栄でございます」
”ピンクの天使”はご遠慮願いたいが、陛下の言葉に安堵がこみあげる。
「平民であることを理由にヴァレオのプロポーズを何度か断ったと聞いている」
「はい、おっしゃる通りです」
「私たちも最初は戸惑ったが…二人の気持ちが一番大切だという結論に達してね。大切な息子に不幸な結婚はしてほしくない。時代は変わるべきだというヴァレオの考えも正しい。二人で新しい道を国民に示してほしい」
「はい」
「二人にしかできないことね」と王妃様。優しい言葉に不安が解消されて涙が出そうになる。こんな風に迎えていただけるなんて、思ってもみなかった。
末っ子のネリネ様は「これで私はようやくお嫁に行けるわね」と満面の笑み。病状がかなり進んでいるらしく車椅子に乗っている長男のリヒトール殿下は、咳き込みながら「素晴らしい夫婦になるよ」とお言葉をくれた。妃のクレオメ様が傍らで甲斐甲斐しくお世話をされている。お子様はいらっしゃらないご夫妻だが、仲は良さそうだ。前任の王太子妃であるクレオメ様には、何かと教えていただくこともあるだろう。
ご挨拶が滞りなく終わり、「私がぜひともご案内を」と主張するカロライナ様に王宮内を引きずりまわさ…案内してもらう。カロライナ様は「メグお義姉様メグお義姉様」とまとわりついてくる。
「メグお義姉様、どうかなさいましたか?お疲れですか?」
「いえ、殿下。以前王宮で殿下とお会いした時と…その、あまりに…」
「態度が違う?」
「ええ」
「そうですわよね、戸惑われるのも当然ですわ。私、あの態度を謝りたくて」とカロライナ殿下は急にしおらしくなる。
「地震のときに守っていただいて、お義姉様の勇敢な姿が本当に頼もしくて、こんな方に一生守っていただけたらと思ったのですわ。今まで感じたことのないような胸を高まりを感じて…」
「それは…あの…」ととにかく困りまくる私に、カロライナ様は美しい微笑みをくれる。さすがに兄妹、微笑み方がレオに似ている。
「わかっています、私の望みが叶わないことは。メグお義姉様はレオお兄様の妻になる方ですし、二人は相思相愛なのですから。けれどお義姉様が憧れの存在であることは変わりません。ずっとおそばにいてキラキラのオーラを浴びていたいの」
「はあ…」
カロライナ様の方がよっぽどオーラが強いと思うけれど、彼女にとってはそうではないらしい。思わぬ展開にめまいを覚え、ふらふらになりながらようやくレオの部屋にたどり着いたらもう夕方になっていた。
「ではここで。お兄様が"遅い"とイライラしながらお待ちだと思います」
「ありがとうございました」
「わからないことがあればいつでもお知らせくださいませ。飛んでまいります」というカロライナ殿下。本当に飛んできそうだと思いながら、彼女と別れる。
「ようやく終わったのか。カロライナはメグを独占しすぎだ」
「王宮が広すぎるから時間がかかったのよ。本当に大きいのね」
レオは私の月並みな感想には答えずに、ふわりと私を抱きしめた。「今日はまだキスできてなかったから」とキスをくれる。何度経験しても、レオとのキスには慣れることがない。すぐ鼓動が早くなって体温が上がってきてしまう。
「その顔、俺を刺激しようとしてるのか」
「私は何も…どんな顔してるの」
「最高に綺麗で可愛い。こんな女性が近くにいてまだキスだけなんて、我ながらよく我慢してる」
そんなことを言うから、ドレスの上から腰に回された手を変に意識してしまう。ドキドキしていると、レオが両手で私の頬を挟む。
「メグ。この先どんなことがあっても、俺がメグを愛する気持ちは絶対に変わらない。それは信じていてくれ」
「うん?どうしたの急に」
「いいから、とにかく信じろ」
「はいはい、いつも信じてるよ」
「”はい”は一回」
「はいはい」




