最下位の候補者
「そっか、リロイが…とても残念だ」
テーブルの向こうには囚人服のシュミール様。
「ええ。本人は"命があっただけでも"と言ってますが」
「前向きだね」
リロイの右腕は長い時間強く圧迫されていたため、壊死してしまった。リロイはもう利き腕が使えない。騎士としては致命的で、仕事に復帰しても現場には出られず内勤になる。迷った末、リロイは退職して実家の商売…彼のお父様は王都や主要都市でたくさんのカフェやレストランを経営している…を手伝うことを決めた。
「みんなの様子はどう?」
「落ち込んでます」
地震が起きてもう二週間。班長はリロイの後任を選ぼうとしているが、厳しすぎるほどしごくために誰が来ても三日と続かない。私も、後任が来るたびに「そこはリロイの席であってあなたの席ではない」と感じて、早く班長が追い出してくれないかなと思ってしまう。ロナルド様はいつもの元気がなくて冗談もあまり言わないし、比較的最近ネイト班に加わったギルバート様は、落ち込むみんなに遠慮しているのか口数が少なくなっている。
「メグはどうなの?」
「自責の念が消えません」
リロイじゃなくて自分が男の子を探しに行っていたら。いくら考えても仕方がないが、やはり考えてしまう。
その上、こんな私の気持ちに関係なく、私は「身の危険を承知で、崩れそうなホールから大勢の子どもを救い出した女性騎士」として一部で祭り上げられていて、髪色にちなんで「ピンクの天使」とまで呼ばれている。誰かにそうやって褒められるたびに「本当に勇敢だったのはリロイなのに」と後ろ暗い気持ちになる。リロイにそういうと「最初に子どもを助けに行こうと言ったのはメグだよ。それにみんな、黒髪眼鏡の男性よりもピンクの髪の女性の方が好きだ」と笑っていた。
けれどシュミール様は見抜いている。
「聞いて欲しいのはその話なの?違うんじゃない?」
「過去のことをいくら言っても仕方ないことは、メグもわかってるでしょ。これからのことを聞いて欲しくて来たんじゃないの?」と言われて、顔が歪むのが自分でわかる。本当は、リロイの想いに応えるべきか相談したくて来たのだ。
「そっか、そういうことになってたんだね。リロイがメグに好意を寄せてるのは気づいてたけど」
「でもね」とシュミール様。
「愛してる人がいてもいいっていうのはリロイらしいけど。でも、同情とか罪悪感で返事をするのはまた別の話。リロイは納得しないと思う」
「そうですよね」
「それも、本当はわかってたでしょ。リロイに失礼だって」
「はい」
それでも、誰に「その感覚が正しい」と言って欲しかったのだ。
「頭が整理されました。リロイのことはこれからも友人として支え続けます。幼馴染の親友として」
「よかった」
「ところでこれ、班長…ネイト様に渡しておいて。カリオペ様の事故の件、前に使ってた情報屋が調べてくれたんだ。なぜか未だに僕に忠義立てしてくれてて」とシュミール様から手渡された封筒を班長に渡す。
「何が書いてありましたか」
「怪しい人物の目撃情報。使えそうだな。イオに渡しておこう」
事故を起こしたカリオペ様の馬車は、車輪が外れるように細工がしてあったことがわかっている。事故は仕組まれていたのだ。担当のイオ班は頑張っているが、犯人の目星が未だについていない。
いつもなら事故じゃなく事件だった時点で「うちの班にやらせろ。こっちのほうが早い」と交渉に行く班長だけど、今はおとなしい。使えそうな情報を素直にイオ班に渡すなんて。リロイがいなくなって班員が一人少ないという物理的な制約もあるし、何よりシュミール様やロベリアに続いてリロイまで班を離れ、気落ちしているのかもしれない。
交通事故のせいで、カリオペ様は未だに重体だ。回復しても重い後遺症が残るというのが医者の見立てらしい。だから、王太子妃は、三人いた候補者の最後の一人、ハルクレイブ伯爵家のエビネ様になるだろうと噂されている。
「進展あるといいですね」
「だな。さあ、そろそろ交代の時間だ。ハルクレイブ邸の警備に行くぞ」
「はい」
「ロナルド!どこだ!?行くぞ!」
マグノリア様の事件の犯人は捕まっているから、カリオペ様の事故を引き起こしたのは別人だ。けれど、王太子妃候補が二人続けて事件に巻き込まれるなんて偶然とは考えられない。エビネ様も狙われるかもしれないので、ハルクレイブ家にはカリオペ様の事件の犯人が捕まるまで警戒を怠らないように警告してあるし、治安部隊からも警備を派遣している。
それで、ネイト班にも週に二回ほどハルクレイブ邸の警備担当が回ってくるのだ。
ただひとり残った王太子妃候補のエビネ様は、「この人が三人の中で最下位だったなんて信じられない」と思うほど、美しくて謙虚で聡明な方だ。赤紫の髪に、薄いグリーンの瞳。毎回「よろしくお願いしますね」と隊員に声をかけてくれ、全員の名前を覚えてくれた。
「まあ、あなたがあの”ピンクの天使”なのね。カロライナ殿下からお話を伺ってますわ」
初めて挨拶した時にいきなりこう返され、「王太子殿下を誑かした身の程知らず」とでも聞いているのだろうかと身を固くすると、「素晴らしい騎士だとおっしゃってましたわ」と笑顔が向けられた。「地震のときに守ってくれて、本当に心強かったそうですわ。殿下ったら、頬を真っ赤にして目をキラキラさせてお話ししてくださいましたの。そう、まるであれは恋する乙女のような…」とそこまで言って、エビネ様は何かに思い当たったようにはっと言葉を切ったのだった。
「ごめんなさいね。最後の方は忘れてくださいませ。でも褒めていらしたのは本当よ」
「光栄です」
エビネ様はこちらの忠告を守り、全く外に出ず、親しい友人も屋敷に招かずに過ごしてくださっている。本を読んだり刺繍をしたり、使用人相手にお喋りをするだけの単調な日々。ありがたいと同時に、仕方がないこととはいえ申し訳なく思ってしまう。
「マーガレット。もしネイト様にお許しいただけるのならば、少しだけお茶にお付き合いいただけないかしら。いつも同じ使用人相手では、もうお喋りすることもなくて飽きてしまって」
班長が頷き、私はエビネ様のお茶に同席することになった。
「エビネ様。治安部隊の指示通りお過ごしいただき、ありがとうございます」
「まだ死にたくはありませんもの。ね、マーガレットのことを教えてくださいな」
フリン家の商売のことから、騎士になったきっかけ、騎士学校のこと、今まで担当した事件のことなどを話すと、エビネ様には別世界なのだろう、驚きながら楽しみながら聞いてくださる。地震のことはあまり話したくないと思っていたら、空気を察してくださり、すぐに話題を切り上げてくれた。とても気配り上手で聞き上手な方だ。本当に素敵な方…王太子妃にふさわしい方…




