天災
今日は王都治安部隊と近衛隊が一緒に仕事をしている。カロライナ殿下が、王都内のコンサートホールで開かれる「子どもによる子どものための音楽祭」にお出ましになるためだ。近衛隊は殿下の警護を、私たちは治安部隊は殿下が乗った馬車が通る道路や、建物内の警備を担当する。
「ここ出入口多すぎじゃない?全部に警備がつかなきゃだから、必要な人数多すぎ。こんな警備しづらいところに王族が来ちゃうなんて」
「今更言っても仕方ない」
「拘束時間も長いし。イオ班まで来てたらカリオペ様の事故の捜査も進まないじゃない」
「殿下が出演する子どもたちとお言葉を交わされるんだから。子どもには一生の思い出だろ」
「そうだけど」
リロイに愚痴を言いながら割り当てられた出入口の警備にあたる。と、開演時間十分ほど前にカロライナ殿下がお着きになった。
音楽祭とホールの責任者が、恭しく殿下を出迎える。ふとカロライナ殿下がこちらを見た。口角は上がっているが目は笑っていない。スタスタとこちらに歩いてくる。予定にない行動に驚いた近衛騎士も慌てた様子で後からついてくる。まずいまずい、絶対何か言われる。
「マーガレット。よそ見をせずに仕事に集中なさい。あなたの仕事は私ではなく、出入口を注視することでは?」
「カロライナ殿下、申し訳ございませんでした」
よそ見をしていたのは確かだ。こういうときは逆らわずに素直に謝り倒すのが一番。殿下は、頭を下げている私の耳元に艶めく唇を寄せた。
「マグノリアの件、あなた何も関わってないでしょうね?」
思いもかけない言葉に「か…関わっておりません」と答える声が裏返って、何だか怪しく聞こえてしまう。「目を見て答えなさい」と言われて顔を上げると、カロライナ殿下はにこやかな表情。目だけが笑っていない。これはどういう技術なのだろう。
「関わっておりません。殿下、なぜそのようなお疑いをお持ちなのでしょうか」
「あなたはお兄様のことをまだ好きでしょう。それにあなたの班が事件の捜査を担当したそうじゃないの。証拠を捏造することもできたんじゃないの」
「そんな!誓ってそのようなことはしておりません」
近くにいたリロイにも会話が聞こえたようだ。持ち場は離れられないから、ただ心配そうにこちらを見ている。とそのとき、脚が震えているように感じた。カロライナ殿下があまりに恐ろしいから?いや、違う。これは…地震。
「殿下、地震です!」
「怖い!」
殿下が思わず目の前にいた私に抱きつき、私は殿下の頭を守る。大きなシャンデリアがすぐ近くに落下したのに驚いて悲鳴を挙げる殿下を抱きしめて、「大丈夫です。私がそばにおりますから落ち着いて」と声をかける。しばらくして揺れが落ち着いた。急いで制服の上着を脱いで、きれいにセットされた殿下の金髪に被せる。
「殿下、近衛騎士と一緒に非常口から外へ。お急ぎください」
「マーガレットはっ?」
「観客や出演者を誘導します。さ、お早く!近衛、行け!」
ホールの中は大混乱だった。観衆の誘導は別の班に任せて、控室にいる出演者の子どもたちを誘導しに行く。あそこは警備があまりいないから、大人が少ない。きっと怖がって混乱しているはず。早くいかないと。
「リロイ、行こう」
「ああ」
控室の子どもたちは怯えていた。そこにあったトライアングルを鳴らしてこちらを向かせる。
「さあ、一緒に外に出るよ。お父さんお母さんのところに帰ろう。落ち着いて、他の子を押さないで、列になって」
会場内の地図は頭に入れてあるし下見にも来たから、非常口の場所はすぐわかる。もうすぐ外に出られる。外に出て建物から離れたら一安心。そう思ったとき、「お兄ちゃん、お姉ちゃん!レイトンがいない!」という声がする。控室にいたはずの弟が着いてきていないという。
「メグ、子どもたちを連れて先に出ろ。探してくる」
「リロイ、次の揺れがあるかも」
「でも戻らないわけにはいかないだろ。先に行け。すぐ見つけてくる」
「わかった。気を付けて」
「メグも」
子どもたちを外に出し、人が集まっている広場に連れて行く。ここにいればきっと探しにくる親に会える。「出演者の子どもの親はここへ」と大声を出して手をあげると、何人かの親が気付いて、子どもの名前を呼びながら走ってくる。そして、驚いたことにカロライナ殿下もまだここにいた。私を見つけて駆け寄ってくる。
「マーガレット、さっきはありがとう。私、あなたのこと誤解して…」
王族の言葉を遮るなどあってはならないが、今は緊急事態。一刻を争う。
「殿下、光栄でございます。ですが今は急いで戻りませんと。これにて失礼いたします」
「戻るって、ホールへ?どうして!?」
「子どもと仲間がまだ中におります。では」
救助隊はまだ来ていない。自分でやるしかない。ホールに急ぐと、ロナルド様が並走してくる。「リロイがまだ中に。はぐれた子どもを探しています」と伝えてホールに入ろうとしたとき、また揺れが来た。先ほどより明らかに大きい。ホールの外壁が剥がれてバラバラと落ちてくる。リロイ、無事でいて。揺れが収まるのを待って中に入ろうとすると、ロナルド様に制される。
「また揺れるかも。危険すぎる」
「でも」
「俺がいくから、メグは戻れ。絶対リロイも子どもも連れて帰るから」
カレンドラ様とブロッサムちゃん、そしてご長男の顔が頭をよぎる。
「だめです。私が行きます。中はきっと瓦礫で進みにくい。狭いところなら得意です。ネズミですから」
「でも力仕事は無理だろ」
押し問答している時間が惜しい。「全員で行くぞ」と後ろから班長の声がして、三人で目を合わせてホールに入る。
中はさすがに、さきほどまでよりひどい。シャンデリアはほぼ全て落ち、折れている柱もあり、歩くのにも苦労する。
「リロイ!誰かいるか?」
誰の声もしない。声をかけ、耳を澄ませ、その繰り返しで歩いていく。今また揺れが来たら…気が急く。と、呻き声。
「メグ…」
「リロイ!大丈夫っ!?」
「どこが痛い」と冷静に班長が聞く。
「右腕です」
「胸はどうだ。呼吸は苦しくないか。脚は」
「大丈夫です」
リロイの身体は瓦礫の下敷きになっていて、身動きが取れない。三人で上の方の瓦礫から取り除いていく。急いで、でも慎重に。
「すぐどけるから。大丈夫だよ」
「僕より子どもを。あそこに…声をかけても返事がなくて」
リロイが目をやった方角に男の子が倒れている。駆け寄って「レイトン!」と呼ぶが返事はない。呼吸を確認して「息はある!気を失ってるだけだと思う」と叫ぶと「よかった」と弱い声がする。
「メグ、まず子どもを外に出せ。戻ってくるときに飲み水があれば持ってこい」
リロイを置いていけないという気になるが、まずは子どもを安全な場所に連れ出さなくては。力仕事なら男性の方が早い。
「すぐ戻ってきます」
外に出て男の子を他の隊員に預け、到着した救助隊に声をかけて、班長の指示通り飲み水を持って一緒に戻る。班長は「飲める限り飲め」とリロイに水を渡す。
救助隊の装備があれば、救出がスムーズに進むと思ったが、それでも瓦礫が多すぎて時間がかかる。ようやくリロイが助け出されたときには、私たちが彼を見つけてから一時間半ほど経っていた。
「リロイ、よかった」
「メグ、戻って来てくれてありがとう」
「当たり前でしょ。あとでお見舞いに行くね」
「あ、班長とロナルド様もありがとうございます」
「俺たちはついでか?」
班長が「俺たちが見つけてから一時間半経ってる」と救助隊に伝え、私たちは担架で運ばれていくリロイをほっとしながら見送った。




