誰似?
「ああああああ癒される…」
ベビーベッドで眠っている赤ちゃんをかじりつくように眺める私を見て、「メグ、顔が溶けてるよ」とリロイが笑う。
「本当に可愛いですね」とリロイ。「カレンドラ似に見えるな」と班長。「お母様似なら美人になりますね」と私。「待て待て、俺に似ても美人になるはずだ」とロナルド様が答える。
マグノリア様の事件がひと段落して久々の休日。今日はネイト班のみんなでロナルド様の屋敷にお邪魔している。カレンドラ様が第二子となる女の子ブロッサムちゃんを無事にご出産されたので、そのお祝いに来たのだ。暗い話題が多かった最近、久々の明るいニュースだ。
赤ちゃんの寝顔や、小さな指の先のもっと小さな爪や、羽のような抱き心地や、優しい匂い。荒んだ心が浄化されていく。ああ、ブロッサムちゃんは天使。
赤ちゃんから放たれる癒しのエネルギーを全身で吸収中の私に、「ねえ、マグノリア様の事件、顛末を聞きたいわ」とカレンドラ様。どのお友達がお祝いに来ても、みんなその話をして帰っていくのだという。ロナルド様が事件を担当していると知っているからだろう。王太子妃確実と目された若くて美しいご令嬢が殺されるなんて、興味を引いて当然だ。
「ひどい事件でした」と私。
マグノリア様殺人事件は、彼女に想いを寄せてストーカーしていた男が、開いている窓から忍び込んで犯行に及んだということで決着した。
「彼女も僕のことが好きだったのに王太子妃候補になって絶望していた。だから殺してあげた。相思相愛の僕に殺され、王宮での囚われの身にならずに済んで、彼女も喜んでいる」などと嬉々として語る犯人の姿は異常だった。
「彼の雰囲気にも供述にも腑に落ちない点がある」というのが班長や私たちの意見だった。彼の精神状態がおかしいのは当然だし、実際に犯行に及んだのも彼なのは確実だったが、計画を立てたのは別人のような気がしたのだ。だから本当はもっと捜査を詰めたかったのだが、黒幕がいるという証拠は何もなかったし、王宮からせっつかれていたため上層部の判断でそそくさと幕を引いたのだった。ヘクトル隊長は「ネイトの勘は当たるからなあ」と言いつつも、「彼が殺したことは間違いないから」と、事件終結で判を押した。
「こんなおめでたい場で暗い話よりも!ロナルド様、カレンドラ様、私たちからのお祝いを受け取ってください」
「そうね。まあ、素敵だわ!皆さんありがとう」
それぞれ思い思いの出産祝いを手渡す。私からはお父様に頼んで取り寄せてもらった、上質な素材を使った、肌に優しい赤ちゃんの服。リロイは女の子が好きそうな、妖精やお姫様が出てくる絵本。ロベリアの後任ギルバート様は、キラキラ光る飾りがついた、いかにも赤ちゃんの興味を引きそうなおもちゃを。そして…
「班長、これはさすがに予想外です。酷いですよ」
「赤ちゃんにこれは危なすぎます。どうかしてる」
リロイとギルバート様は酷評し、カレンドラ様は戸惑い、ロナルド様は班長らしいと笑っている。
班長が贈ったのは、ブロッサムちゃんの名前が彫られた小さな剣。「ちゃんと切れるぞ。俺の娘が生まれた時もこれだった」と班長は得意げだ。
「班長、私はこれ素晴らしいと思います!」
「そうだろう」
「私も次からこれにします。どこで買えますか?」
「メグ、正気?」とリロイが目を丸くする。
「だって騎士らしい!ブロッサムちゃんもこれで遊んで騎士になるかもね。楽しみだね」
私の言葉に「騎士は勘弁してほしいわ。危険だもの」とカレンドラ様は眉をひそめる。
「カレンドラ様、やりがいのある仕事ですよ。女性騎士も増えています」
「立派な仕事なのは認めるけれど、危険なのも事実でしょう。酷い光景も見るし」
「確かにそうですね」
「毎日毎日、夫が無事に帰ってくるか心配しながら暮らしているのよ。子どもまで騎士になったら、神経が持たない。あなたのご両親はよく承知されたものだと思うわ」
両親やお兄様やアーサーも、「もう帰ってこないかもしれない」と思いながら毎朝私を送り出しているのだろうか。自分の夢に突き進むあまり、「小言がうるさい」と思うだけで真剣に取り合ってこなかったことに少し心が痛む。
「親としては子どもを危険に晒したくないもの。あなたも自分の赤ちゃんを産めば、きっとそう思うはず。子どもは欲しいんでしょ?」とカレンドラ様に聞かれて、ふと想像する。私の赤ちゃんはどんな顔だろう。髪の色は私と同じピンク?そして緑の目?それとも未来の夫に似るのだろうか。
金髪に紫の目の赤ちゃんが頭の中でぴょこりと可愛い顔を出すので、必死で打ち消す。あり得ない。もしリロイに似るなら黒髪黒目だし。金髪に紫の目なんて。
「その顔」とカレンドラ様が吹き出す。
「何ですか?」
「子どもの顔、想像したでしょう。未来の夫に似た子どもの顔」
「やめてください…」
お隣りさんだから帰り道はリロイとずっと一緒だ。カレンドラ様から「未来の夫」なんて言葉が出たから、なんだか気まずい。殿下とマグノリア様の婚約が正式発表されたら覚悟を決めてリロイの申し出を受けるつもりでいたけど、マグノリア様があんなことになって、宙ぶらりんのままになっている。
「メグ。赤ちゃんの顔、想像したの?」
来た。嫌な質問。
「まあ…うん」
「僕に似てた?」
答えられない。
「別の誰かに似てた?金髪に紫の目の」
言い当てられて、ようやく口を開く。
「ごめん、リロイ。私、やっぱりあなたの気持ちには答えられそうにない」
「わかった。正直に言ってくれてよかった。メグのそういうところが好きだから」
「諦められるように努力するよ」とリロイは寂しそうに微笑んだ。
翌朝、出勤した私たちを待っていたのは、マグノリア様の次の王太子妃候補だったカリオペ様が乗った馬車が事故を起こし、カリオペ様が重体だという知らせだった。




