第一候補の死
「ヴァレオ王太子殿下。王都治安部隊のマーガレット・フリンです」
「入れ」
アルトの最期について聞きたいと、ヴァレオ王太子殿下に呼ばれた。事件の報告をするならば捜査に当たったイオ班長が来るべきなのだが、アルトが死んだ時に一緒にいたのが私だから、私が来るようにと指名があったのだ。
久々にお会いする殿下は、以前よりほんの少し痩せたようだ。紫の目に悲しそうな光が宿っている。
「わざわざすまない」
「いえ、とんでもありません」
「早速だが、アルトのことを聞かせてくれ」
問われるがままに答える。彼が私の身代わりになって死んだこと、犯人が自殺したロベリアだったこと、赤毛の男もすでに捕らえたこと、動機は私への嫉妬だったことなど。
「騎士を辞めさせようとして私の剣に細工したのにうまくいかず、思い余って今度は殺そうとしたものと思います」
「そうか。嫉妬深い女だな」
「申し訳ありませんでした、殿下。私が不用意に彼と会ってしまったばっかりに。命を狙われるかもしれないと危機感を持って行動していたら、優秀な近衛騎士を失うこともありませんでした」
「フリンは悪くない。悪いのは犯人だ。いいな」
「はい」
「ふう」と息を吐いて「彼は確かに優秀だった。熱心だったよ」とおっしゃる殿下。こんな風に言われていることを知ったら、アルトは心から喜ぶだろう。
「彼は殿下にお仕えできることを心から誇りに思っておりました。会えばいつも嬉しそうに誇らしげに…殿下の…ことを…話して…」
アルトのことを思い出して涙が溢れそうになり、堪えながら言葉を続ける。わかりにくい励まし方、憎まれ口、ニヤリとした笑顔、彼の全てが懐かしい。でもだめだ。殿下の前で泣くなんて。何とか堪えて前を向く。
「泣いていいぞ」
「いえ。お気遣いありがとうございます」
「そうか。ではもう下がれ」
「はい」
「フリン」と呼ばれ、用が済んだらあっさりと退出を命じられたことに安心すると同時に、がっかりした気持ちがほんの少しだけ湧いてしまって、自分を叱りつけたくなる。何を期待していたというのだろう。
優しく「メグ」と呼んでもらえると思った?
抱きしめるまではいかなくても、肩くらい抱いてもらえると思った?
馬鹿みたいだ。今日は仕事で呼ばれたのだから、殿下は仕事の話しかしない。そういう切り分けはきちんとしている方だ。
下がろうとすると、入れ替わるようにカロライナ殿下がやってくる。ちらりと私に目をやり、扉が閉まる前にはっきりした声で「お妃候補の三人についてお話が」とヴァレオ殿下に告げる。私にも聞かせようという意図が感じられる。
「その話ならもうしたはずだ。妃を迎えるつもりはない」というヴァレオ殿下の声が聞こえた後、扉が閉められる。微かに聞こえてくる続きに、勝手に耳が集中してしまう。
「妃を迎えないなどあり得ません」
「結婚しても、相手を不幸にするだけだ」
「またそんなことを言って!跡継ぎはどうなさるのですか」
「兄上かお前たちの子どもを据えればいい」
「私たちに子どもができないということもあり得ます。実際リヒトールお兄様にはもう期待できませんし、ネリネだって外国の王太弟に嫁ぐのですから、よほどたくさんの子どもを生まないと簡単には…」
そうか、王太子妃候補は三人にまで絞られているのだ。そこまで絞られていれば、婚約が内定して正式発表されるのもそう遠くはないはず。いくら王太子殿下が拒まれても、妃を迎え後継者を得るのは王太子、そして国王の重要な仕事の一つだ。
それに…それに。どんな始まり方であれ、一緒に過ごしていれば相手に情が湧いてくるものだ。殿下はきっと、相手に冷たくしたり蔑ろにしたりするようなことはなされない。婚約者や夫婦として、ともに時を過ごすことを大切にされるだろう。そうしているうちに、ヴァレオ殿下も妃殿下を愛するようになるはず。王太子妃に選ばれるような方は、美しくて教養もある才色兼備なご令嬢なのだろうし、長く一緒に過ごしていれば愛するようになってもおかしくない。
殿下が私以外の女性を愛する…そう考えて、胸がジクリと痛む。
しばらくして、フォーネル侯爵家のマグノリア様が王太子妃の最有力候補だという噂が囁かれるようになった。十六歳になったばかりのマグノリア様。何かの機会に一度だけお見かけしたことがある。ふっくらした顔つきにピンクの頬がとても可愛らしい方だった。いかにも良家のご令嬢といったおっとりした雰囲気を纏う方。今はまだ少女っぽさも残るが、これから見違えるほど美しく成長されることだろう。
婚約が正式発表されたら、私の覚悟も決まるかも。そうなったらリロイに返事をしよう。
そう思った矢先、フォーネル侯爵邸への出動要請があった。前日まで元気だったマグノリア様が急に亡くなったというのだ。持病もない若い女性だけに病死とは思えず、ご家族が治安部隊に連絡したらしい。
ベッドに横たわるマグノリア様。この状態で死んでいたそうだ。ただ眠っているだけのように見えるけれど、触ると冷たい。
「こんなに若くて美しい方が」
まだ十六歳。これから王太子妃、王妃としての輝かしい未来が待っていたのに。殿下も動揺しておられるだろう。
「おい、感傷に浸ってないで仕事しろ。それがマグノリア様のためだ。王宮も注視してるぞ」
そうだった。気持ちを切り替えて事件性の証拠になるようなものを探す。ふと、ベッドの端に置かれている枕がほんの少しベトついているのに気づく。匂いを嗅いでみる。この匂いは、父が扱っている外国産の高級化粧品。マグノリア様の顔からも同じ匂いがする。
枕本体を抜いて、カバーだけを太陽の光に透かしてみると浮かび上がる。
「顔だ」
マグノリア様の顔の形。この枕で窒息させられたのだ。
「殺人だな」




