出逢い
心の準備は万全なのに、仕事が始まって一週間は何の事件もなく穏やかに日々が過ぎる。王都が平穏なのはいいことだが、せっかく騎士になったのにまた訓練ばかりの日々では退屈だ。いや、そんなことを考えるのは不謹慎なのだけれど。ヘクトル隊長からは「つまらなさそうな顔をするな、新人。すぐに”これ以上なにも起こらないでくれ”と思うようになる」と声をかけてもらった。
隊長の言葉に少し気を取り直し、リロイやロナルド様、シュミール様を相手に、訓練に励む。シュミール様は後方支援担当だと侮っていたが、剣術はかなりの腕前だ。全然敵わない。ゼイゼイ息をする私に「まだ僕は本気出してないよ」と優しく笑いかけてくるのが憎らしいとさえ思ってしまう。学校で表彰されたところで、所詮は学生。実戦で鍛えあげられてきた先輩たちには到底及ばない。男女の腕力差だけの問題ではないと痛感する。
初めての休日、軽い筋肉痛を抱えながら、騎士の制服ではなく女物の服を着てダイニングに降りていく。仕事の日は化粧はほとんどせず、髪もシンプルにポニーテールにするだけだが、今日はメイドのリリナが気合いを入れて支度してくれた。
「外出用のドレスのお支度をさせていただくのは本当に久々ですわね。お嬢様がお屋敷に戻ってきてくださって本当に嬉しいですわ」
いつのまにか仕立てられていた新しいドレスに袖を通す。袖がふんわりとした長袖のハイネックドレス。上半身には異国風の花や鳥の刺繍が入っている。
髪型は編み込みが入って可愛らしい。そして私の目と同じ緑色の宝石がついた凝ったデザインのヘアアクセサリー。このアクセサリーはお父様が輸入したもののひとつだろう。とても綺麗で、宝石の質も高そう。
「メグお嬢様はやっぱりお化粧映えいたします。お肌がきれいですから。そのままでもお美しいですが、やはり女性らしい姿の方が…」
「リリナ、お父様に買収されたの?わざとらしいわよ」
「あら、本心ですわ。お嬢様のお支度をお手伝いさせていただくのは私の楽しみでございます。可憐なドレスもアクセサリーもこんなにお似合いで」
「確かにドレスとアクセサリーはとっても綺麗ね。それに肩と腕の筋肉が隠れてるのはいい感じだわ」
ちなみに、近衛隊や王城警備部隊のメンバーは全員宿舎で生活しているが、王都治安部隊のメンバーは、詰所と自宅が近い場合は自宅から出勤することが認められている。女子トイレが少なすぎ、食事も入浴も分刻みの宿舎生活には心底うんざりしていたので、私は快適な自宅から職場に通うことにした。ちなみにリロイも自宅…私の家の隣…から通勤している。
「騎士の制服より綺麗なドレスのほうが似合うよ。メグは肌が白くて目が大きくて、本当に美しい娘だよ」
「お父様、そんなこと言っても私は騎士を辞めたりしません」
「でもメグ、結婚のことを考えたらあんまり長く騎士をやるのはどうかと思うよ」
「結婚後も騎士を続けていいと言ってくれる殿方を探します」
「ああメグ…」
まだ始まったばかりなのに、もう辞めることを考えさせようとする両親と兄に呆れてしまう。
「ところで今日は何か予定があるのかな?」
「街のどこにどんな路地があるか見てきます。仕事のために頭に入れておきたいので」
「あんまり怪しげなところには近づかないようにね」
「大丈夫です。短刀と警棒を両足のふくらはぎに装着していきますから」
「ああメグ…」
すっかり物騒になってしまった娘に頭を抱える家族を残し、護衛も断って私は意気揚々と街に出た。我が家で雇っている警備よりも、自分の方が余程腕が経つ自信がある。
地図とにらめっこしながら、路地一本一本を見て回る。路地に実際入ってみて、路地と路地をつないで大通りまで出られる抜け道、地図には載っていない人ひとりがようやく通れるような細い抜け道もいくつか見つけた。犯罪者の逃げ道になりそうな道だ。酒場の裏で昼でも薄暗いところ、いかにも堅気でない男たちが集まっているところ…気になる点を地図に書き入れていく。
どすん!
音がして地図から目をあげると、軍服、左目に眼帯、左手に松葉杖の男性が倒れている。彼の左からやってきた馬車に気づくのが遅れ、あやうく轢かれそうになってしりもちをついたらしい。
「大尉!大丈夫ですか」
襟の階級章を見てそう呼び掛け、立ち上がるのに手を貸す。引き上げると、彼は一瞬痛そうな顔をした後、驚いた顔に変わった。隻眼だがとてもハンサムな軍人で、思わず心臓がドキンとする。切れ長の紫色の瞳、鼻筋は通り、背が高くてメリハリのある骨格。黒い髪は整えられ、軍服にはしわ一つない。
「お嬢さん、力が強いな」
「鍛えています。騎士ですので」
「騎士!?」
「ええ、おかしいですか」
「いや、おかしくはないが…この体格でよく務まるな」
新人だし女性だし小柄なのは確かだが、学校では剣術で表彰もされたし、棒術も得意なのだと自慢すると、彼は感心したようだ。「立ち話も何だし、お礼に飲み物でもどうかな」と誘われ、ちょうどひと休みしようとしていたところだったので、一緒に近くのカフェに入る。一瞬警戒はしたけれど、彼に怪しそうな雰囲気はないし、いざとなれば武器も携帯しているから大丈夫。手負いの彼など一撃で倒せる。
「どの部隊に所属しているんだ」
「王都治安部隊です」
「ああ、ヘクトルの部下か」
「はい。ヘクトル様をご存じですか」
「まあな」
おかしい。彼は見た目からしておそらく二十歳そこそこだから、ヘクトル隊長よりも二十歳近く年下のはず。いくら大尉でも、ヘクトル様を呼び捨てなんて。礼儀がなっていないのか、よほどいい家の出なのか。
「直属の班長は誰だ」
「ソブル男爵ネイト様です」
「ああ、公平だが、上司にも部下にも厳しい男だ。優秀だから、彼にしっかりついていけば成長できるが。しかし大変だな」
「ええ…お詳しいですね」
「治安部隊には知り合いがいるのでね」
問われるがままに、平民出身であること、父の名前、今日は抜け道を探して歩き回っていたこと、騎士になってから事件が起きなくてまだ訓練ばかりなこと、騎士になりたいと思ったきっかけ、結婚してもずっと騎士として働き続けたいこと、騎士学校での笑い話などを話して聞かせる。彼に質問されると全て正直に答えないといけないような、そんな有無を言わせぬ雰囲気がある。威圧感というわけではないのだが、何だろう…ヘクトル様やネイト様とはまた違う威厳がある。
「ところで名前を聞いていなかったな」
「マーガレットです。あの…大尉のお名前は」
「レオだ」
レオ…はどう考えても愛称だ。たぶん本名はレオナルドとかレオルとか、あるいはレオンかもしれない。本名と家名を聞こうとする私を、大尉は「ただのレオだ。戦友はみなそう呼ぶ」と遮る。「これ以上聞くな」と言われた気がして質問を飲み込み、「では、私はメグです」と自分の愛称を教える。
「メグ、また会えるか」
「えっ?」
「今は怪我のために休んでいるから、暇で仕方ない。話し相手が欲しい」
ああ、そういうこと。ドキッとしてしまった自分を恥じる。
「メグと話すのは楽しい。また仕事の話を聞かせてくれ」
「私でよろしければ。いつでも…とは言えませんが、休みの日には。急ぎの事件がなけれは、火曜日が休みです」
「じゃあ火曜日はここで待ってる。来れたら来てくれ」




